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時旅人  作者: shion
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第一章 もしも出来る事ならば (3)

「あら桃夏ちゃん、いらっしゃい!」

 

「おじゃましてます」

 

「また魁の為に何か作ってきてくれたの?」

 

「はあ」

 

「いつも悪いわねえ。桃ちゃんなら、きっといいお嫁さんになるわね」

 

 母さんがニッコリ笑った。

 

「そんなこと無いですけど……」

 

「あら、絶対そうなるわよ! 魁、ちゃんと捕まえとかないとそのうち桃ちゃんどっかの気が利くクンに取られちゃうわよ!」

 

「何だよそれ……」

 

 俺は、さっき桃夏とキスしたことを思い出し、恥ずかしくなった。

 

「桃ちゃん、今日すき焼きやるんだけど、よかったら食べてかない?」

 

「え?いいんですか?」

 

「もちろん!! 魁と二人だけじゃつまんないし……。夏江さんにはあたしからTELしてあげるわ」

 

「はい、お願いします」

 

「あっ、もしもし夏江さん? 小百合よ。今日桃ちゃん家で夕食済ますから。そう、いいのよ~。じゃあね」

 

 

 

 母さんと桃夏のお袋夏江さんはすごく仲がいい。

 もともと俺たちが幼稚園の時に二人の方が先に仲良くなった。

 それ以来の付き合いだから、俺の家と桃夏の家は通ツウだ。

 俗に言う、家族ぐるみの付き合いだ。

 桃夏の家の人たちは、俺の家が母子家庭だって事、全然気にしないで付き合ってくれてる。中にはあそこの家は父親がいないからって、それだけの理由で毛嫌いするバカな親どもだっている。

 母さんは昔っからそんな事は気にするなって言ってたけど、俺は母さんがさも悪い女みたいに言われてすごく悔しかった。

 どーせトドみたいなババアのやっかみだったんだろうけど。

 だからそんな事を気に止めないで気さくに付き合ってくれる桃夏の家族みんなが俺は好きだった。

 

 桃夏と母さんが二人で台所に立って仲良くすき焼きの支度をしている。

 母さんは俺が桃夏以外の女の子を連れてきてもあんな風に仲良く接するんだろうか……

「桃ちゃんは半分あたしの娘みたいなもんよ」っていつも言ってるから。

 何となくそんなことを考えながら俺は楽しげな二人を見ていた。

 

 

 

 楽しく食事を終えて、俺は桃夏を家まで送っていた。

 桃夏の家は俺の家から離れる事約300メートル。

 別に送るほどの距離でもないが、とりあえず、俺の大事な桃夏に何かあったら大変だ。そう思ってもう何百回、いやヘタすりゃ何千回この道のりを送っている。

 

 さっきあんな事しちまったから、今日はその思いもひとしおだ。

 っていうか、今日から俺と桃夏の新しい関係が始まる。

 幼なじみから恋人へ……。

 何となくいつかはこうなるだろうって思ってはいたけど、何で今日だったんだろう。

 別に告るつもりなんて無かった。

 最近色々考えてて、確かに落ち込んでたから俺を気遣ってくれた桃夏の気持ちが嬉しくて、可愛くて、何か自然にああなったんだな……。

 

 俺は確かにモテたし、何人にも付き合ってくれって言われたけど、桃夏以外の女とは付き合おうと思ったことがない。

 もうイヤという程お互いを知り尽くしているし、何より桃夏は俺が他の女の子に目が行くなんて皆無なほど、可愛くて魅力的な女の子だった。

 

「何か恥ずかしいね……。こうやって歩くの」

 

 俺がつないだ手を可愛く握り締めて桃夏が言った。

 

「そうか? いいじゃん。俺たち付き合うんだから」

 

「魁は戸惑ったりしないの? 昨日まではただの幼なじみだったのに急に恋人になるって……」

 

「あんま思わねえ。いつかはそうなるだろうって思ってたし。別にそんな気張るなよ。何も変わんねえって。ただこうして手えつないだり、キスしたりするだけじゃん」

 

「もう! 魁のエッチ!!」

 

 桃夏がいつものようにほっぺたを膨らませた。

 

「ほらな。別に変わんねえだろ? 今までと。でも最初が肝心だから言っとくけど、ほんともうちょっと可愛い女になれよな」

 

「解ったわよ……。魁は素直で可愛い女の子が好きなんだ」

 

「そう。素直で可愛いお前が好きなの」

 

「もう……」

 

 俺たちは、付き合い始めて3回目のキスをした。

 

 

 

 桃夏を送り終えて、帰り道俺はまた例の事を考えていた。

 

 自分に乱暴したような男の子供なんて絶対愛せない……。

 

 確かにそうだ。普通の感覚で言えば、それが当然だ。

 母さんはどう思っているのだろう。

 今まで俺が生きてきて、母さんに愛されてないなんて思ったことは一度もない。

 母さんが俺にくれた愛情に、ウソは無かった。

 だけどあんな事を聞かされてしまうと、それは不可能なんじゃないかと思ってしまう。

 

 なんでそんな男の子供を母さんは産んだんだろう。

 どんな思いでそれを選択したんだろう……。

 その事を、母さんはいつか俺に話してくれるんだろうか。

 俺がもっと、大人になったら……。

 

 

 *         *       *

 

 

 ある夕暮れ時、俺は写真を見つめていた。

 たった二枚しかない俺の、オヤジってヤツの写真を。

 ニコリともしないで無愛想にこっちをじっと見てやがる。

 

 小さい頃、母さんに内緒でこっそりアルバムに貼ってあるこの写真をよく見ていたものだった。

 俺はこの人にどこが似てるだろう……なんて思ったりしながら。

 そして、どんな人だったんだろう、何故母さんと一緒にいないんだろう……。

 二人の間に何があったんだろう……子供ながらに色々考えたりした。

 全てを知った今となっちゃ、ただのゲス野郎ってしか思えないけど。

 ゲス野郎っていうか、サイテーなヤローだ。同じ男として、絶対許せない。

 人として子供として……何にしたって許せない事だけは確かだ。

 こんな男の血が俺の中に流れてるのかと思うと、ヘドが出そうだ。

 いや、俺に流れてる血の半分がこの男のものだという事実を思うと、自分自身を激しく嫌悪さえしてしまう。自分の存在自体がとてつもなく汚い物に感じる。

 この男の面影を宿している自分……。

 

「あんただけは絶対許せねーんだよ、このゲス野郎」

 

 写真に向かって吐き捨てる様に言ってみる。

 母さんの幸せを奪いあがって……未来を全部摘み取りあがって……

 お前なんかがいなきゃ、母さんは人並みに幸せになれたんだよ!

 母さんの人生を自分勝手な思いで踏み躙りやがって……

 何の罪も無い母さんに、ひでえ事しやがって……

 しかも都合が悪くなって赤ん坊だった俺と、母さんを捨てて一人で逃げやがった。

 ひとでなし、ろくでなし、悪魔、ゲス野郎……お前にならどんな汚い言葉でもいくらでも浴びせ続ける事が出来るぜ、俺は。

 性格温厚な俺がここまで思うんだ。

 ほんと、地上最強にサイテーな人間だぜ、あんたは。

 会って思いっきりぶっ飛ばして罵声を浴びせる事が出来たらどんなに気持ちいいだろう……。

 そう思うとあんたにとてつもなく会いたくなるぜ……。

 

 そんなことを思っていると、母さんの帰ってきた気配がして俺は慌てて写真をしまった。

 

 

「魁~、今日はあんたの好きなポークジンジャーよ!」

 

 母さんがいつものように明るく言う。

 

「その前にただいまだろ?」

 

「あっそっか、ただいま魁」

 

 その微笑みはホントに優しくて……ウソは無いんだよな……?

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

「ねえ魁、あんた何か悩みでもあんの?」

 

 食事中、母さんがおもむろに切り出した。

 

「何だよいきなり……」

 

「なーんかね……」

 

「そんなんねえよ、別に」

 

「そう、ならいいけど。聞きたい事があるなら言いなさいね。母さんいつでも答えるから」

 

「聞きたい事なんて……ないよ……」

 

 母さんは何かを察してるんだろうか?

 ホントは聞きたいよ……だけど、怖気付いちまうよ……

 母さんを傷つけるんじゃないかって……もし、俺のこと憎かったらって……

 

 

「ならそんな顔やめなさい。魁に似合わないわよ、しかめっ面は。あんたは笑顔の方がいいわ。あんたの笑顔にいつも母さん救われて来たんだから」

 

 そう言って母さんは優しく微笑んだ。

 まるで俺の心を見透かしているかのように……。

 

 

 

 いつもと同じ朝が始まる。

 ただ、この胸に残るモヤモヤは一向に解消する気配なんて無いけど。

 このままじゃ頭がおかしくなりそうだ。

 思い切って聞いてみようか……母さんに。

 司おじさんから全てを聞いて、オヤジがどんな人間だったかは解った。

 だけど、母さんの口からも聞いてみたい……。

 オヤジをどう思っているのか。俺を、どう思っているのか……。

 母さんはたぶん全てを話してくれるだろう。

 だけど、それを知った時、俺は今まで通りに母さんと接する事が出来るだろうか。

 母さんの愛をどこかで疑い始めている俺の心が、この、汚らわしい俺の存在自体が俺の中で何か変わるだろうか……。

 いや、今日こそ聞いてみよう。

 こんな思いのままいつまでもいる事なんて出来ない。

 全てを受け止めよう……。母さんの気持ちの全てを。

 過去に起こった事実の全てを。

 

 どんな思いで俺を産んだのかを……。

 

 

 

「行ってくるよ」

 

「いってらっしゃい」

 

 この何気ない会話が、俺が知る俺の"母親”としての母さんとの最後の会話になるなんて、俺は思いもしなかった。

 俺が、母さんの口からその事を聞ける日なんて、こなかった。


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