第一章 もしも出来る事ならば (2)
司おじさんにあの事を聞いてからというもの、俺は勉強もあまり手につかなくなってしまう位、その事ばかり考えるようになった。
母さんに事の真相を問いただしてみたい……そんな衝動にかられる事もしょっちゅうだった。
だけど『自分のルーツを探ってもろくな事がない』
誰かがTVで言っていた、そんな言葉を思い出しては妙に納得して、その衝動を静めている。
実際、母さんにその事を聞くにはかなり勇気がいる。
俺自身の不安もあるし、何より母さんを傷付けてしまうんじゃないかって思うと諦めざるをえない。
今は十分幸せに暮らしている……ならば、わざわざその事を問いただして辛い過去を思い出させて波風立てること無いじゃないか……。
それに、それを聞いたところで俺たちの、母さんの現状は何も変わらない。
失った時間を取り戻す事なんて出来はしないのだ。
それにしても一番気がかりなのは、今もどこかで生きているであろう俺のオヤジってヤツの存在だ。
司おじさんもどこにいるかは知らないと言っていた。
でも、俺はヤツに言ってやりたいことが山ほどある。
言ってやりたいって言うか、許しちゃおけねえ。ぶっ飛ばしてやりたい。
いや、もしも俺たちの目の前にヤツが現れたら、俺は確実にぶっ殺してやる。
捜してみるか……こんな17の、一高校生に何が出来るかわかんねえけど。
もちろん母さんには内緒で。
でももし母さんがあんな男と縁を切りたいのにこっちの居場所が解ってしまったら……
また母さんに何かするつもりだったら……
だけど、母さんをあんな目にあわせておいて自分だけがどこかでのうのうと暮らしてるのかと思うと無性に腹が立つ。
感情が複雑に入り組みすぎてどうしていいか解らなくなる……。
ピーンポーン
誰かがやってきた。
「はい」
「あたしよ。桃夏」
「何だお前かよ~」
「なんだは無いでしょ? 人がせっかくおいしいパンケーキ焼いてきてやったのに」
「パンケーキ? 食う食う!」
俺は桃夏を家に上げた。
「全くあんたって、ほんと甘いものに目がないわね。幸せそうな顔しちゃってさ」
桃夏がテーブル越しに頬杖をついて呆れたように言った。
「うるせーな! 俺に食わせたくてわざわざ焼いてきたんだろ?」
「なにがわざわざよ! ついでに決まってるでしょ! だいたいクラスの女子があんたがこんなデレっとした顔してパンケーキ食べてる姿見たら『幻滅~!!』って嘆くわよ」
「そんなん勝手に嘆かせとけよ。俺は隠してるつもりなんてねーし」
「あっそ……。じゃああんたのファンクラブの会長にその事言っとくわ!」
「なにそれ? ファンクラブ?そんなんあんの?」
「あるわよ~。総勢30人!!」
「くっだらねえ。俺は芸能人じゃないんだよ」
「そりゃそーだけどね……」
「なあ桃夏……もしお前だったら、好きでもねえ男の子供って産めるか?」
パンケーキを食い終わってソファーに寝転んで俺は聞いた。
「何言い出すのよ急に!」
桃夏がビックリして飲んでいた紅茶を噴いた。
「いや、女心ってどんなもんかなと思ってさ……」
「産むわけ無いじゃん!! 大体好きでもないような男と子供が出来ちゃうような事しないもん、あたし」
「だからそーじゃなくて……そのう……仮に、その男に無理やりに……」
「何? レイプって事?」
桃夏が俺のそばにきて身を乗り出して言う。
「はっきり言うなよ……。女のくせして」
「何よ! あんたが先に言い出したんでしょ?」
「それは……そーだけど……」
「でも、もしそんな目にあったら、それこそ絶対産みたくない。そんな男の子供、愛せるわけ無いもん」
「そーだよな……」
愛せる訳ねーよな……。そんな、自分に乱暴したような男の子供なんか……。
「何? それってまさか……あんたのこと?」
桃夏がビックリしたような顔をしている。
「んな訳ねーだろ!」
「じゃあ、何でそんなこと聞くのよ?」
「ん、ちょっとな……」
「ちょっとって?」
「うるせーな……ちょっと聞いてみただけだよ!」
「何でそんなことちょっと聞いてみるわけ?な~んか隠してる!」
「隠してねーよ!」
「隠してる!!」
「隠してなんか……」
「ねえ、私たちって幼なじみよね?その辺の友達よりよっぽどお互いの事解り合ってるよね? わたしには何でも話してよ……。なんか悩みがあるんだったらさ……」
「しつけーな! 悩みなんかねーよ! ちょっと小説でも描いてみようかと思って言ってみただけだよ!」
「ほんとにそーなの?」
桃夏が可愛らしく口をとがらせながら言っている。
「ほんとにそーだよ。でも、ありがとな」
俺はそんな桃夏が可愛くて微笑んだ。
「それならいいけど……ほんとに何かあったら話してね」
「ああ、解ったよ」
そう言って俺は、桃夏を引き寄せ、そっとキスをした。
「魁……」
桃夏が戸惑っている。
「俺、お前の事、なんか好きみたい」
「もう! いきなりキスなんかして! そーいうのはちゃんと告白してからやるもんだったでしょ? 順番逆じゃない!」
「そーだな……ごめん」
「やだ謝らないでよ……。それよりさ、私の事好きってそれほんと?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
「あたしも、魁のことずっと好きだった」
「そんなん解ってたよ」
「もう! 可愛くない!」
「お前に可愛くしてどーすんだよ! それよりあれだぞ。こうなった以上もうちょっと俺の前では可愛い女になれよな」
「うるさいわね……。解ったわよ……」
桃夏がまた口をとがらせる。
「その顔可愛いんだよな。お前」
ブツブツ言いながらでもいっつも傍にいて、なんだかんだ言って尽くしてくれる桃夏。
そういうお前って、結構可愛い女なんだよな……。
昔っから。
「もう、テレるじゃん……。でも嬉しい」
はにかむ桃夏が可愛くて、俺はもう一度キスをした。