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時旅人  作者: shion
26/40

第六章 どうしたら…… (2)

 疾風と小百合が階段を上っていくと、険しい顔をした司がそこに待っていた。

 いつもの彼からは想像できないくらい厳しいその表情。疾風をまっすぐに見すえた瞳には憎しみの炎がめらめらと燃えており、体全体からは殺気すら漂っている。

 一方の疾風は司のそんな態度など屁でもないといった様子でシレっとしている。

 そんな疾風の態度に司の形相がさらに険しさを増す。

 みるみる間にあたりの空気がピリピリと張り詰めていく。

 

 

「司さん……。昨日はごめんなさいね。なんだか……」

 

 あまりにも険悪なこの状況を取り繕うように小百合は言った。

 自分に好意を寄せてくれていた司だったからこそこの態度なのであり、それが解るだけにそれ以上は何とも言いようが無かった。

 

「疾風、お前に話がある」

 

 司は小百合の事など一切見ないで冷たい目で疾風のみを見すえて言った。

 

「司さん、昨日のことは……」

 

「君に話はしていない。俺はコイツに話があるんだ」

 

 相変わらず疾風を捕らえたままの視線で司は話をさえぎった。

 有無を言わせぬ態度。

 

「でも……」

 

「いいだろう。小百合、君は自分の部屋に戻っていろ。もうすぐ引越しだから、荷物をまとめておくんだ」

 

 含み笑いとも取れるようなかすかな笑みを見せ、疾風が言う。

 

「…………」

 

「さあ、早く」

 

「でも……」

 

 あまりにも険悪なこの場から今自分が離れたら大変な事になると案じているであろうことが見て取れる小百合を、司は表情を少しだけ崩してこの日初めて見つめた。

 

「心配しないで。昨日みたいなまねはもうしないから。コイツと2人で話がしたいだけだから、席を外してほしいんだ」

 

「そういう事らしいから。小百合」

 

 疾風と司にそう言われ、小百合は仕方なしに自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで話すのか?」

 

 疾風の言葉に、司は静かに首を縦に振った。

 

「これで満足か? 疾風」

 

 底知れぬ憎悪を必死に抑えつつ司は言った。

 

「何のことだ?」

 

「とぼけるなよ。俺に復讐したんだろ?」

 

「復讐か……。フッ、さすが頭のいいお前にはお見通しだってか? ああ。そうだ。俺はお前に復讐したかった。これで解ったか? 自分のやった事の、罪の重さが。信じていたものに裏切られる気持ちが、どんなに惨めなものか!」

 

 同じような憎悪の色を瞳に浮かべながら疾風が言う。

 それは、再会してから初めてあの日の彼を彷彿とさせるあからさまな表情だった。

 

「何を言ってる!! 小百合さんはカンケー無いだろ!! 俺が憎いなら俺に復讐すればいい! 彼女は関係ない!! どうして彼女を巻き込んだ!! どうしてお前は……」

 

 思わず疾風のむなぐらに掴みかかる。

 

「お前が俺にした事をそっくり返してやっただけだ。そうでもしないとお前は解らないだろう? それに、あの女は自分の意思で俺といると決めた」

 

 その腕を乱暴に振り払いながら疾風が言う。

 

「それだってお前が脅してるからだろう?」

 

「ふっ、人聞きの悪い事を言うな」

 

「そうだろう! 彼女の実家の事……調べさせてもらった。金で恩を売って彼女を縛り付けたのか!!」

 

「確かにそう言った事実はあるが……それは大いなる誤解だ。あの女が俺といると決めたのはあくまでもあの女の意思だ。俺は強制していない」

 

「お前ってヤツは……」

 

「言い忘れたが、俺たちは一緒に住むことにした」

 

「もう彼女から手を引けよ」

 

「そういう訳には行かない。あとは俺とあの女の問題だ」

 

「お前は……お前は何度俺から大切なものを奪えば気が済むんだ!!」

 

「なんだと? 大切なものを俺から奪ったのはお前だろうが!!」

 

「お前は何も解っちゃいない。とにかく……俺はお前を絶対に許さない」

 

「俺も同じ事を思った。3年前と……日本に帰ってきて、お前と再会した日に」

 

 

 

 *           *           *

 

 

 

 俺は母さんの部屋を訪ねていた。

 母さんは、笑顔で俺を出迎えてくれ、笑顔で俺にお茶を出し、笑顔で俺に話し掛けた。

 

「何でだよ?」

 

「え?」

 

「何で笑顔でいられるんだよ……あんなひどい目にあったのに……」

 

 あの痛々しい母さんの姿が、俺の脳裏に焼きついて離れない。

 あの痛々しい母さんの姿を、俺は忘れる事が出来ない。

 

「魁くん……。だからあれは痴話げんかだって……」

 

「なんであいつをかばうんだよ……小百合さん!」

 

 なんでだよ……

 なんでそんな……

 イテーよ。

 母さん、母さん見てるとイテーよ……

 

「かばってなんか……。私たちはお付き合いをしてああなって……」

 

「そんな訳ねーだろ!! そんな訳……ねーんだよ! あれはどう見たって……。見ろよ! 自分の手首!! そんなアザになって! どうしたらあれが合意の下だったって言えるんだよ! 小百合さん! どうかしてる! ほんとは辛いんでしょ? 無理してるんでしょ? 今からでも遅くないからほんとの事……」

 

「魁くんいい加減にして!! これは私と疾風さんの問題よ。あなたがとやかく言うことじゃない」

 

「だって小百合さん……どう考えたって間違ってるよ……こんな……」

 

「ほんとに違うの……。ありがとう。心配してくれてるのね? でも、あたしは大丈夫だから。魁くんはほんとに優しいのね」

 

「小百合さん、じゃあ聞かせてよ。アイツの事、好きなの?」

 

「……好きよ」

 

 母さんが抑揚の無い声で答える。そしてその目はどこかうつろだ。

 

「じゃあどこが?」

 

「魁くん……」

 

「ほら、答えられないだろ? 何考えてんの? 実家のため? 金の為に、工場を守るために犠牲になろうっての? そんなの……」

 

「何よそれ! どういう意味? そんなんじゃないわよ!」

 

「でもあの状況を見たヤツなら誰だってそう思うよ。あの状況であいつをかばう理由なんてそれ以外考えられない。そうなんだろ? 誰にも言ったりしないから俺にだけはほんとの事話してくれよ、ね? 小百合さん!」

 

「魁くん、私は、そんな女じゃない」

 

 母さんがすごく真剣な面持ちでそう言った。

 

「ゴメン……」

 

「いいの」

 

「でも俺にはどうしても納得がいかないんだよ! 小百合さんがアイツと一緒に暮らすなんて……またあんな目にあったらどうするの? 危険すぎる!! 今からでも遅くないからそれだけは考え直してよ! 頼むから……」

 

「魁くん、ほんとにそういうんじゃないのよ。何も心配要らないわ」

 

 あくまでも気丈な態度で、母さんは俺の意見を退けた。

 明るく振舞ってはいるがその顔色は青ざめていて昨日のショックから立ち直ってなどいないことが容易に見て取れる。

 母さん……母さんを助けたいのに、俺はどうしたらいいんだ……。

 母さんを、なんとしても助けたいんだ。助けたいだけなんだ。

 いや、助けられなかったけど……

 じゃあ俺は、これ以上何がしてあげられる?

 何をしてあげられる?

 俺はどうすれば……退けない。絶対退けない。

 ここで踏ん張らなきゃ、母さんは俺を……。

 

「心配だよ。どう考えたって、心配だ。小百合さんがそれでも一緒に住むって言うなら俺、アイツの事殺すよ」

 

 そうだ。アイツを殺せばいいんだ。

 アイツの存在自体をこの世から消しちまえばいい。

 そしたら母さんは自由に……幸せになれる。

 

「魁くんはそんな事が出来る人間じゃないわ。それに……もしそんな事をしたら、私はあなたを許さない」

 

 母さんが厳しい口調で言う。

 

「そんなのわかんないよ。俺は、小百合さんのためならなんだって出来る」

 

 人殺しになったってかまわないんだ。それで母さんを、さらなる不幸から救う事ができるなら。

 

「そんな事してもらっても嬉しくも何ともないわ。私のためっていうなら、どうして私から婚約者を奪うような事をいうの? 私を哀しませるような事を。それに、私のためといって魁くんがそんな事したら、私は一生悲しみにくれながら生きなくちゃいけなくなるわ。あなたみたいな優しいいい子が私のせいでって……」

 

「小百合さん……」

 

 あなたって人は……

 

「私は大丈夫だから」

 

「じゃさ、もしこれから、何かイヤな事とかあったらどんな事でもいいから俺に言ってよ。俺、なんとか小百合さんの力になりたいんだ」

 

「魁くん……。ほんと優しいんだね、君は。でもどうして? 何でそこまであたしに良くしてくれるの?」

 

「この間の事もあるし……前に言っただろ? 小百合さんは俺の大切な人によく似てるって。俺、その人に何もしてやれなかったんだ。だからせめて小百合さんには、何かしてあげたい。いいや、小百合さんは、今となっちゃ俺にとって結構大切な人だから。って言ったって誤解すんなよ。なんていうかな~、そのう……そう! 姉貴みたいな感じ! 俺に姉貴がいたらきっと……」

 

「小百合さん?」

 

 俺は母さんの腕の中でそう言った。母さんは俺を抱きしめていてくれた。

 

「なんだか嬉しいな。魁くんが心を許せる存在だって言ってくれてるみたいで。ありがとう魁くん、こんなあたしでよかったらお姉さんでもお母さんでもなったげるから。寂しいときはいつでも甘えてきてね」

 

 母さんがウインクする。

 強い人だね。母さんは……。

 

「小百合さん……。って、俺が力になるっていってんのになんでそうなるかな~」

 

 俺はそんな母さんの言葉が嬉しくてふざけたように言った。

 あんな目にあったってのに俺への気づかいなんかしてくれて……。

 なんだか力が抜けてくる。

 でも、シャレになってねえよ、マジ。

 母さん、俺はあなたの未来のほんとの息子なんだから。


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