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時旅人  作者: shion
24/40

第五章 母さん…… (5)

 こうして母さんの事を見張って、日々が過ぎる。玄関から庭から、深夜になると部屋の明かりが消えるまで、俺は母さんを見つめ続けている。

 時々は、俺が母さんの部屋に上がりこんだり何だりしているが、さすがに毎日という訳にも行かない。

 それに、母さんは俺がアイツを非難するような事を言うのをすごく嫌がる。

 だからしょうがないから、それ以上言うのは止めている。

 俺が言う事によって母さんが余計頑なになったら、それこそ元も子もない。

 そんなもどかしい思いを抱えつつ、俺はこうして、母さんの部屋の明かりが消えるまで外からずっと見ている。

 冬の寒さがかなり身にしみるが、そんな事は言ってられない。

 母さんを、守らなくてはいけない。なんとしても、守らなければいけない。

 とは言っても、ほんとに寒い。

 若干熱っぽい気もする。だけど……ここで倒れる訳には行かない。

 母さんを……・守ってやらなく……ちゃ……

 

 

 *            *          *

 

 

 ピーンポーン

 インターホンが鳴る。

 疾風は待ちかねた来客を「どうぞ」と笑顔で出迎えた。

 

「今晩は」

 

 小百合が神妙な面持ちで入ってくる。

 

 コーヒーを入れた後、疾風は切り出した。

 

「で、ここに来てくれたという事は、俺は返事をもらえるのかな?」

 

 落ち着いた態度で疾風は言った。

 

「はい。いつまでもハッキリしなくてすいませんでした」

 

 小百合は自分を見ないでそう言う。

 

「いきなり謝られると、なんだか怖くなってくるな。それで、君の返事は?」

 

 その態度になんとなく嫌な予感を覚えつつも、疾風は明るく言った。

 

「ええ。まず父の事、ほんとにありがとうございました。お礼の言い様もありません」

 

「いや、あれは俺の気持ちでやった事だから。それに、こちらとしてもまったくメリットがない訳じゃないし。そんなに気にしないでくれ」

 

「そう言ってもらえると、気持ちが楽になります。それで、この間のお返事なんですけど……」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

 伏目がちに言う小百合の態度に心臓がドクンドクンと不快に脈打つ。

 あってはならない答えを突きつけられるようで、疾風の心には怒り、そして憎しみにも似た苛立ちがふつふつと沸きあがってくる。

 そしてその鼓動が回数を重ねるごとにどす黒いそれは疾風の心を黒く黒く塗りつぶし支配していった。

 

「やっぱり私……」

 

「断わると言うのか?」

 

 その言葉はあまりにも冷たい響きを放っていた。小百合の顔つきが変わる。

 

「疾風さん私……」

 

「断わる訳ないよなあ?君は、俺にとても好意的だった」

 

 冷たい笑みを浮かべたまま疾風はじりじりと小百合ににじり寄った。

 表情をこわばらせて後ずさる小百合。

 

「なあ、そうだろ?」

 

「はやて……さん……」

 

 もはやその目にはうっすら涙が浮かんでいる。

 

「どうして逃げるんだ? 何を泣いてる?」

 

 お前に断わるという選択肢など与えない。そんなことは許さない。

 お前はなんとしても俺のものにする。

 

「疾風さん、落ち着いてください! あたしは……」

 

「おどおどしているのは君の方だろ? 俺はいたって冷静だ」

 

 その言葉に小百合はきびすを返したように逃げようとした。その腕を掴み、ベッドルームへと小百合を押し込め、扉を閉める。

 

「疾風さん! 待ってください! 何を……」

 

 絶望的な眼差しで自分を見る小百合を冷ややかに見つめながら疾風は自分のシャツのボタンを一つ一つ外した。

 

「どうしてこんな事……」

 

 小百合が震えながらただ後ずさる。

 

「君がいけないんだろ? 君が……俺を選ばないから。あいつの事がそんなに良いか?」

 

 シャツを脱ぎ捨てながら疾風は言った。

 

「待ってください! アイツって・・・・・・何のことですか?」

 

「とぼけるな。あんたが俺の申し出を断わる理由はあいつなんだろ? 司が好きだから、俺を選ばないんだろ?」

 

 小百合を捕らえ、ベッドに押さえつけながら言う。

 

「ちっ違います! あたしは司さんの事なんて……」

 

 そういう小百合のシャツを、乱暴に引きちぎる。

 この女の口から司という言葉を聞くだけでも胸くそが悪くなる。

 俺は負けない。もうアイツには二度と負けない。

 

「黙れよ。だったらそれでも良いさ。親父さんを助けてやったんだ。せめて恩返しとやらをしてもらおう」

 

「そんな……お願いです、こんなこと止めてください……」

 

 涙を流しながら懇願する小百合を冷ややかな目で見つめる。

 

 司の小百合を見つめる視線を思い出す。

 愛に溢れた、優しさに満ちた視線。大切な者を愛しむようなその視線。

 そして何事も無かったかの様に振舞っていた日々の数々。

 自分のウラギリなど棚に上げ、いや、その罪さえも忘れて平気で笑顔を向けていた無神経な司……

 

 お前の大事なものなんて、ぶっ壊してやる。

 お前の大事な女を、俺の手で汚してやる。

 お前の大事なものを、俺がこの手で奪ってやる。

 

「やめてーー!! 疾風さん! いやーーー!!」

 

 疾風は小百合の叫びを唇で押し込め、乱暴に小百合を奪った。

 司への激しい憎悪の炎をたぎらせ、欲望のままに自分勝手にむさぼった。

 

 

 

 *         *         *

 

 

 

「は!」

 

 気が付くと、俺は自室のベッドの上にいた。

 

「魁くん、大丈夫?」

 

 シンディーさんが俺を心配そうに覗き込んでいる。

 

「え?」

 

「あなた、エントランスで倒れていたのよ。すごい熱だし……」

 

「今何時ですか?俺、どれ位寝てたんですか?」

 

「どれ位って……丸々2日よ」

 

 シンディーさんの言葉に、俺は呆然とした。

 心の中に嫌な予感が広がり始めた。

 いや、ある意味それは確信にさえ、近いものだった。

 とてつもなく嫌な予感がする……。

 

「ありがとうございます。もう大丈夫です!」

 

 そう言って、俺は母さんの部屋にダッシュした。

 

 明かりは付いている。でもインターホンをいくら押しても返事がない。

 体中に汗がにじんでくる。心臓がバクバクと高鳴り、わなわなと震えが止まらない。

 予感が確信へと、変わっていく……。

 いや、俺の本能が確信している。

 俺は急いでシンディーさんの所へ行き、部屋の合鍵の束を持ち出した。

 

「魁くん! どうしたの?何をそんなに慌てて……・」

 

 シンディーさんの言葉を無視して、俺は4階へと向かった。

 自分の確信を打ち消すように、母さんがそこに居ない事を祈りながら。

 階段を必死になって上っていると仕事帰りらしい司さんに出くわした。

 

「どうした? 血相変えて」

 

「小百合さんが……アブねえ!!」

 

「なんだよ? 小百合さんが危ないってどういう事だ?」

 

 俺の言葉に血相を変えて俺の肩を掴んで言う司おじさんの腕を乱暴に振り払った。

 

「こんなとこで呑気に話してる場合じゃ無いんだ!!」

 

 俺は階段を駆け上がり、アイツの部屋のカギをさがし、そのカギでドアを開け中に入った。

 クツがある。女物の。

 

 

 嫌な確信が、胸いっぱいに広がる。

 母さん……頼む。無事で居てくれ!!

 

 

 

 

 そして、真っ先に寝室らしい部屋のドアを開けた。

 俺がその行為にかかった時間は、ほんの一瞬だった事だろう。

 

 

 

 母さん……

 

 

「何だ! 勝手に人の部屋に上がりこんで……」

 

 

 上半身裸でベッドに腰掛けたままのアイツが、驚いたように言う。

 

 

 

 母さん…………

 

 母さん…………

 

 母さん…………

 

 

 

 俺の目の前には、放心状態でベッドに横たわっている母さんがいた。

 洋服を引きちぎられ、ところどころにアザがある。

 

 

 

 

 

 

 

 母さん…………。

 

 

 

 

 

「うおーーーー!!!!」

 

 

 俺は男に殴りかかった。

 殺してやる!こんな男、殺してやる!!

 殺してやる!!

 本気で、夢中で男を殴りつけた。

 

 

 俺は助けれなかった。

 助けれなかった。

 何で俺は……・こんな日に倒れちまったんだ!!

 みすみす母さんをこの男の毒牙にさらして……

 何で俺は……母さんを助けれなかったんだ!!

 

 

 

 

「魁くん、一体どうし……」

 

 遅れてきた司おじさんが言っている。

 

「疾風、お前小百合さんに何をしたんだ……。疾風ー!!」

 

 状況を見た司おじさんも殴りかかる。

 ヤツはされるがままだった。

 駆けつけたシンディーさんが止めなさいと止めに入る。

 

 

「やめてよ、やめてーーーーー!!!!!」

 

 母さんが叫んだ。その言葉に、皆が手を止めた。

 

「何をしているの……。そんな寄ってたかって……疾風さん、死んじゃう……」

 

 母さんの状態を見て、シンディーさんが驚いて駆け寄り、抱きしめる。

 

「小百合さん……」

 

「みんな出てって……。どうしてここにいるの……」

 

 放心したままで母さんが言う。

 

「出て行けるわけねーだろ!! かあさ……小百合さん何言ってんだよ! この男はあなたを……」

 

「警察に電話だ」

 

 司おじさんが厳しい口調で言う。

 

「なんでそんな……違うのよ……私たち、付き合ってて……ちょっとケンカしただけよ……」

 

「何を言ってるんだよ!これがケンカですむ状況かよ!」

 

「でもそうなの……私たち、婚約もしてるし……。何の問題も無いわ……だからみんな帰って……。お願いだから帰って!!」

 

「そんな事できる訳ねーだろ!! 何でこいつをかばうんだよ! 小百合さん!! 小百合さん!!」

 

 俺は母さんの肩を掴んで言った。

 

「小百合さん、今のあなたをここに置いて出て行くわけには行かないわ」

 

 そんな俺の手をやんわりと振り払いながらシンディーさんが言う。

 

「ほんとに……大丈夫です……から。ただの痴話げんか……です。皆さんにも私たちのこと言おうって言ってて……ねえ、疾風さん」

 

 母さんがすがるような目でアイツをみて言う。

 

「……ああ」

 

 少しの沈黙の後、ヤツは無表情に母さんを見つめながら言った。

 

「もう行って……。みんな出て行って。これは私たち二人の問題なの。あなた方が口を挟む事じゃない」

 

 弱々しくも真剣な目をして言う母さんのその一言で、俺たちは仕方なしに部屋を出た。

 いや、正確にいうと俺は出てかないと食い下がった。

 でも、シンディーさんにプライベートな事だからといさめられ、俺はなくなく部屋を後にした。

 

 何でだよ……何で……

 

 

 

 

 ああ、俺は助けれなかった……。

 

 

 

 

 

 

 母さん……

 

 

 

 

 何でアイツをかばうんだよ……

 

 

 

 母さん……

 

 

 

 何で俺は、あなたを助けれなかったんだろう……

 

 

 

 

 絶対に守ると誓ったのに……

 

 

 

 

 

 母さん……

 

 

 

 

 

 

 母さん……

 

 

 

 

 

 

 

 母さん……。


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