第五章 母さん…… (4)
ああ、落ち込んじまう……。
何をやってんだ。俺は。
ガキなんだな。まだ。
というか、母さんの事となると、冷静ではいられない。
しかも、起ころうとしている事がことだけに……。
つい、ムキになっちまう。それが空回りしちまってる。
どうやって母さんに伝えればいい?
これから起ころうとしている、母さんにとってあまりに重大な出来事を。
正直に全てを話したところで信じてもらえるはずも無い。
それどころか、そんな事を話したら母さんは間違いなく俺から距離を置くだろう。
どうすりゃいい?どうすれば……。
どんな方法がある?母さんを守るために。
司おじさんをけしかけようか。さっさとかあさんをものにしちゃえって。
でも母さんは、今の段階では間違いなくあの男をいい人間だと誤解している。
しかも俺があいつを批難しちまったから余計に頑なになりつつある。
司さんが迫ったところで母さんは司さんを選ばないかもしれない。
もしかしたら、あいつにまんまとダマされて、あいつの事が好きなのかもしれない。
でも、司おじさんは母さんは無理やりにアイツにって言っていた。
すると、一概にあいつが好きだとも考えにくい。
……。
待てよ、司おじさんはアイツが母さんの実家の事を立てに無理にいう事を聞かせていたと言っていた。だからか。
母さんの、あのセリフ。
『疾風さんは傾きかけた父の会社を、大して面識がないのに助けてくれようとしてる立派な人だわ!』
アイツに恩を着せられて、あいつの事を愛そうとしているのかもしれない。
そうじゃないとこに心があるのに、そう思い込もうとしているのかもしれない。
だから俺がすべき事は、まず、母さんにあの男の本性をわからせる事。
そして、あの男の邪な計画を、なんとしても阻止する事。
その2点だ。
「あらあら、随分と怖い顔しちゃって。若き少年は大いに思い悩むってか!」
そう俺に話し掛けてきたのは、ここに夫婦ですんでて現在妊娠中のお腹大きな中村さんだった。
やたらと元気のいい人だ。
「ああ、中村さん」
中村さんは両手に重そうな買い物袋をぶら下げていた。
「ダメじゃないっすか! お腹が大きいのにこんな重いもの持っちゃ!」
俺は中村さんの荷物を自分の手にとった。
「あら、ありがとう。色々買い込みすぎちゃって」
ふ~と息を吐きながら中村さんはお腹を大事そうにさすった。
「もうじきなんですか?」
「え? まだまだ。あと2ヶ月近くもあるわよ。まったく、早く出てきてくれないかしら。ね~赤ちゃん。ママは早くあなたに会いたいでチュよ~」
そう言ってお腹に話し掛ける。
「やっぱかわいいっすか?」
聞いてみる。
「当たり前でしょ? 愛する人と自分の分身よ? 可愛くない訳ないでしょ」
愛する人と……。そうだ。愛する人の子供だからこそ可愛いんだ。
「そうっすね」
「たまにね、お腹の中で動くでしょ? そうすると、なんともいえない愛しさがこみ上げてくるのよ。ああ、あたしの中に、今新しい命が宿ってるんだってね。それに、10ヶ月近くもお腹の中にいるわけじゃない? その間に、ちゃんとははとしての心の準備が出来るって言うか……」
そう言えば、俺って妊娠に関して、一切解らない。
作り方は一応年頃の少年だから解るにしても、どれ位で生まれてくるのか、そう言ったたぐいの事は何も解らない。
「ねえ中村さん、正確な妊娠期間って、どれくらいなの?」
かなり恥ずかしい質問だが、俺は聞いた。それを聞いて、俺の誕生日から逆算すりゃあいい。
あいつが非道な事を決行しようとしている日にちを。
「君見たいな年頃の子にそんな事聞かれるとドキドキしちゃうわね~。でも、そういう事のきちんとした知識はとても大事よ。不必要に女の子をはらませたりしちゃ、いけないからね」
そうじゃねーけど……まあいいや。背に腹は代えられない。
「そいで?」
「そうね、まず、女の子の体というのには一定の周期で生理というものがあって、その生理が始まった日からあわせて大体14日目位に排卵というものがあってね、その排卵日に避妊しないでHをすると赤ちゃんができる訳。だから基本的には避妊しないとダメだけど、その日当たりは特に気をつけて。解った?」
「えっと……俺が知りたいのはそうじゃなくてその先というか……」
「何? 妊娠に付いて?」
「うん」
「あら、珍しいわね。その歳でそんな事に興味を持つの。でもまあいっか! それでね、まあ、その日にいけないとこをするじゃない? そして、妊娠したかどうかが解るのが、次の生理が来る予定の日から大体2週間、2週間生理が遅れたら、検査薬でもそうだし、産婦人科に行っても解る訳。それで妊娠は、最後の生理があった日から換算するから……妊娠がわかった時はすでに妊娠2ヶ月という事になるわね」
「なんかよくワカンネーけど……とにかく、誕生日から逆算すると、何日目がその出来た瞬間って事?」
「魁くん、なんかやらしい事考えてない?」
中村さんがいたずらっぽい目でおれを見た。
「考えてませんよ!」
「そうね、それを含めて10ヶ月を妊娠期間とするから……仮に予定日に産まれたとして、それに、妊娠期間の1ヶ月って4週だからあ……まあ、280日前くらいって事ね。OK?」
「OKっす。ありがとう、中村さん。丈夫な赤ちゃん産んでくださいね」
「もっちろん!」
中村さんが行った後、俺は自室に戻って早速その計算を始めた。
おれの誕生日が9月25日だから、そうすると……単純に考えて12月後半あたり。
って事は……日がねーじゃねーか!!!
今、12月17日。
うかうかしてらんねー! マジ。
これからは、母さんの行動を逐一見張ってなければならない。
特に会社から帰ってきてから、そして休日……。
こうなったら母さんにずっとくっついていようか。アイツと会う暇なんかない位に。
そして、なんとしてもそのあたりの日にちに母さんがアイツと会うのを阻止すりゃいい。
これで行くしかないな……。
* * *
あの女から返事が来ない。
もう、1週間になるか。
昨日、小百合の父親に金を用立て、今後の事を話し合ったから……
その話も小百合の耳に入っている事だろう。
ならばそろそろ返事をしに来てもいい頃だ。
ったく、何をグダグダとやってんだ……。
疾風は自室で奥歯をギリギリと言わせていた。
昨日の話し合いでの自分の振る舞いは完璧だった。
実際、小百合の父親は2人の交際にかなり乗り気だった。
とすると、さして躊躇する材料も無いはずだ。
小百合が司を、愛しているのでなければ。
あの女はあいつの事が好きなのか?
司に心があるから、俺への返事をしないのだろうか。
俺はまたあいつに負けるのか?
いや、俺は負けない。
仮にそうだとしても、あの女にその選択肢は与えない。
絶対に引き裂いてやる。
司、お前の幸せなど、全部阻止してやる。
俺はどんな事をしてでもあの女を手に入れる。
そしてお前は俺が味わった悔しさを、思う存分味わうがいい。
自分の罪の重さを、イヤという程思い知るがいい。
疾風は、決意を新たにした。