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時旅人  作者: shion
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第五章 母さん…… (3)

「不思議な子。何するわけでもないのに……あなたと居ると、なんだか良く解んないけど落ち込んだ気持ちが何処かへ行っちゃうみたい。それどころか元気が出てくるわ」

 

 母さんの言葉に、俺はなんともいえない気持ちになった。

 母さんはやっぱり俺を見ると元気が出ると言ってくれる。

 俺の母親の時も。そうでない今も。

 俺は母さんを笑顔にしてやることが出来るんだ。そんな風に、うぬぼれてみる。

 そして、そんな母さんだから、やっぱり大切なんだと思う。

 絶対に守ってやりたいと思う。

 

 そんな事を考えながら「そりゃどうも!」と、おどけてみる。

 

「……ねえ、さっきからあたしから一瞬たりとて目を離さないけど、そんなにあたしって物珍しいかしら?」

 

 母さんが少しあきれた感じで言う。

 

「いいえ」

 

「じゃあ、何をそんなに穴が開くほど見るのかしら? いつもいつも」

 

「うん……。ほんとにきれいだな~って思って」

 

 にんまりと笑いながら答える。

 

「まったく! 少年が堂々とそんなこと言うもんじゃありません!」

 

 母さんが俺の頭をコツンとこずく。若き日の母さんとこんな風にじゃれあうのはなんともくすぐったい感じだ。

 

「だってほんとの事だから。それに小百合さんって、俺のとても大切な人によく似てるんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん。俺の大切なその人は、小百合さんほど美人じゃないけどね」

 

 そう、俺の知る母さんは、今の母さんと比べると、正直ランクは落ちる。寄る年波には勝てないものだ。だけど、あの母さんも嫌いじゃないけどね。

 

「そうなの……」

 

「だからなんとなく小百合さんってほっとけなくて」

 

 ほっとく訳には行かないんだ。絶対に。

 

「まあ! おねーさんはあなたの行く末が心配になってきたわ」

 

 母さんの呑気な声で力が抜ける。

 

「なんで?」

 

「だっていまからそんなんじゃ、近い将来すんごい女ったらしになりそう」

 

「それはノープロブレムだね。俺って、育ちが良いから」

 

 だって、あなたに育てられたし。

 

「へ~、そうなんだ~。ご両親は立派ね」

 

「いや、母さんがとても立派な人だったから」

 

 これもほんとだよ。俺は母さんを誇りに思っている。

 

「そう。でも、あなたを見てるととても愛されて大事に育てられたんだって、なんとなく解るな~」

 

 母さんの言葉に固まる。

 若き日の母さんは、自分が育てた息子を、どんな風に育てられたと感じるんだろう?

 自分が手塩にかけて愛した息子を、少なくとも俺はそう思っている。いや、その俺が、どんな風な愛情を受けて育てられたと感じるんだろう?

 

「ほんとにそう思う?」

 

「ええ」

 

 絶対に聞いてみたい。この人の口から。

 

「それって、どういう感じ?」

 

「そうね……。上手く言えないけど……魁くんって、とっても素直じゃない? なんかその辺が……とても愛されて育ったんだろうな、というか、すごく愛しまれたんだろうな親御さんは。って感じかな」

 

「……」

 

「魁くん、ゴメン! ゴメンね」

 

 母さんが必死になって謝っている。なんでだ? なんで……。

 母さんがハンカチを取り出した。

 ああ、そうか。俺は泣いてるんだ。

 なんかカッコワリーけど、俺は……母さんにもらった言葉があまりにも嬉しくて、感動して涙を流してるんだ。

 本人がそういうんだから、というかそう感じるんだから、母さんの愛に一切曇りは無かったんだろう。俺は、愛されていたんだろう。そうだよね? 母さん。

 

「魁くん大変なんだったよね……。ゴメンね。思い出させちゃって……。辛いよね」

 

「俺こそ小百合さんの事困らせちゃって……」

 

「いいんだよ! そんなの。全然いいんだよ」

 

 そう言って、母さんはうつむいている俺をそっと抱きしめてくれた。いや、包んでくれた。

 あなたに答えを求めるのは違うって、解ってるけど……

 どうしても、あなたの口から俺はその言葉を聞きたい。

 

「小百合さん、俺は……本当に愛されていたんだろうか……」

 

「愛されていたわよ。絶対に。あなたのご両親は、あなたをとても深く愛して居たわ。私には解る。そう、感じるもの……」

 

「小百合さん……」

 

 俺は、母さんに思いっきりしがみ付いた。

 汚らしい存在の俺を、母さんは確かに愛してくれていた。

 こんな汚らしい俺を……。

 ああ、俺は何でこんなに汚れているんだろう……。

 汚れていることが、こんなにも辛かったんだ……。

 俺は、辛かったんだ……。

 皆に愛されて、望まれて、生まれたかった。

 何の犠牲も無く、タダ純粋な愛の結晶としてこの世に生れ落ちたかった。

 そこいらにある普通の家庭と同じように、恋に落ちた2人の間に、望まれるべくして命となり、宿りたかった……。

 母さん、母さん……今だけ甘えてもいいか?

 俺は、なんとしても母さんを守るから。

 それイコール"俺”と言う人間は、存在しない事になるんだから……。

 あの母さんとの日々を、失うんだから……せめて今だけ……。

 幼い頃からの母さんと過ごしてきた日々が、次々によみがえる。

 

 母さん、母さんは温かいな……。

 俺、母さんと一緒に居たいよ。ずっと一緒に、居たい。

 そんなこと思っちゃいけねーけど……やっぱ俺、母さんの息子として生まれたいよ……。

 自分の事だけ考えるなら……。

 母さんの幸せを、無視するなら……。

 だけどダメだ。

 俺は、母さんとあの男の間にしか、生まれ得ない。

 だから、そんな事、望んじゃいけない。

 それを阻止するために、俺はきっとここにいるんだろうから。

 

 

「サンキュ。小百合さん。もう大丈夫」

 

 俺は出来るだけの笑顔でそう言った。

 

「何かあったらなんでも言ってね。私でできることがあれば力になるから」

 

「ありがとう。小百合さんってほんと優しいんだね。そう言えばさ、悩んでたのって、小百合さんじゃなかった?」

 

「あら、そうだったわね」

 

 俺たちは、顔を見合わせて笑った。

 

「って事でさ、小百合さんの悩みって、何?」

 

「え? いいのよ。あたしのは」

 

「何でだよ。このまんまじゃ俺一人弱いとこ見したみてーでなんかやだし」

 

「ほんとにいいの! あたしのは!」

 

 そう言えば母さんは、そういう泣き言みたいな事は一切言わない人だった。

 こうして自分ですべてを抱え込んで、勝手に一人で決めちまうんだな。あなたって人は。

 だけどそうは行かないんだ。

 俺は今、どうしてもあなたが何を思い悩んでいるのか知る必要がある。

 あなたを守るために。

 

「もしかして、男関係?」

 

 おどけたように言ってみる。

 

「そういう単純なモノでもないわ」

 

「ふ~ん、それで?」

 

「それで、話はおしまい」

 

 結構手ごわい。ならば……。

 

「だったらさ、こうなったついでに俺が相談してもいい?」

 

「それならいいわよ」

 

「うん。あのさ、女の人って、こう……一見冷たそうでワイルドな男と、見るからに優しそうな男の人と、どっちがいいのかなあ?」

 

「え? 君、恋のライバルでもいるの?」

 

「まあね。そいで?どっち?」

 

「そうね……。実際のその人を見てないからなんとも言えないけど……。う~ん、やっぱ一概にどうとは言えないな。関わり方とかも解んないし」

 

「じゃさ、例えば小百合さんだったら、司さんみたいな人と、疾風さんみたいな人、どっちが好き?」

 

「え?」

 

 激しく動揺する母さん。やはり2人の事での何らかの悩みだったみたいだ。

 

「どっち?」

 

「なっ何であの2人で比喩するの?」

 

「あの2人が一番解りやすくて手っ取り早いから」

 

「そっそう」

 

「で? どっち?」

 

「どっちって言われても……解らない。っていうか、どっちもいいんじゃない?」

 

 かっかあさん、待ってくれ。母さんはそんな人なのか?

 

「何だよそれ。それじゃあ答えになってない」

 

「そうなんだけどね……2人には、というか、タイプが全然違うんだから、それぞれの良さがあるというか……。比べる事自体、どうかと……」

 

「それはそうかもしんねーけど、小百合さんはどっちがタイプなんだよ?」

 

「そうね、難しいわね……。魁くんならどう? 同性としてみて、どっちが好き?」

 

 母さんがさり気ないフリで言う。 

 

「俺なら絶対司さん。同性としてみても、俺が女でも」

 

「随分はっきり言うのね。それってどうして?」

 

「そんなの決まってる。あいつは……疾風って人は、いい人間には絶対に見えないから」

 

「どうして? 見かけがちょっと怖いから? 司さんより無愛想だから?」

 

「そうじゃないよ。俺にはほんとにいい人間には思えないんだ」

 

「でもそんな事無いのよ。彼は思いやりがあってとてもいい人よ。優しいし、責任感が強くて男らしい」

 

「優しくて責任感があるなら司さんだって同じじゃない?」

 

「それはそうだけど……」

 

「小百合さん、男の趣味悪いね」

 

 なぜかムキになってあいつをかばう母さんを見ていたら腹が立ってきた。

 あいつはほんとにそんなやつじゃないのに。

 母さんを、乱暴に奪おうとしてるのに。

 

「大きなお世話よ」

 

「大きかろうが小さかろうがこれだけは言わせてもらうけど、あいつには関わらない方がいいよ。絶対に。あんなヤツは小百合さんにはふさわしく無い。あいつ、絶対いい人間じゃない。俺には解る。とにかくあいつには関わっちゃダメだ。小百合さんは……」

 

「何言ってるの?違うわよ! 彼はあなたが言うような人じゃない! 彼は優しい人よ!」

 

「そんなの小百合さんの誤解だ! 大体小百合さん司さんと付き合ってるんじゃないの?」

 

「違うわよ! 何でそうなるの?」

 

「だってこの間、キスしてたじゃないか! いくらあいつに言いよられたからって、ちゃんと司さんを見てなきゃダメだよ!」

 

「確かにそういう事はされたけど、それは違うわ! 私は司さんと付き合ってる訳じゃない! それにさっきから散々な言いようだけど、疾風さんは傾きかけた父の会社を、大して面識がないのに助けてくれようとしてる立派な人だわ!」

 

「そんなことがあったなんて知らなかったけど……それだって、小百合さんを手に入れるための手に過ぎないかもしれないだろ?」

 

「そんな事……魁くん、ひどいよ。そんな風に言うなんて。とにかく彼はそんな人じゃない」

 

 そう言って、母さんは行ってしまった。

 

 ああ、俺は何をやってんだ……。

 これじゃあ司おじさんと母さんをくっつけるどころか余計に母さんをあいつへと走らせるきっかけを作っちまったじゃねーか……。

 というか、揺れているんだな、母さんは。

 

 あの男の目的は……別のところにあるのに。


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