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時旅人  作者: shion
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第五章 母さん…… (2)

「フッ……」

 

 疾風は部屋に戻り、ソファーに座り込み煙草をふかすとニヤリと笑みを浮かべた。

 断わられるはずなど無い。

 あの女が断わるはずがない。

 あの女は自分の役割というものをよく解っている。だから、あんな下種な男とだって会っていたのだ。そして根がまじめな上、家族思い……。

 キレイ事で生きてるような女だ。そんな義理堅い女が、自分の申し出を断わるはずがない。

 確かに少々強引な状況を作ってはしまったが、いや、あそこでオヤジの出現はこの上なくラッキーな事だった。あの工場が今どういった状況なのかは全て知っている。とっくにリサーチ済みだ。何気にこっちからその話は振るつもりで居た。その手間が省けた分、事がすばやく進む。

 根が好感触な俺だ。あの女は決して俺を嫌いではない。

 しかし……。引っかかる。小百合のあの表情。

 司か……。

 そう思うと、胸の辺りが大きくきしむ様な気がした。

「同じ条件か……」

 声に出して言ってみる。司ともあの女はキスをしていた。

 あいつが良いか……。

 普通の女なら、自分のような男よりも、ああいうものごしの柔らかい男の方がいいのだろうか? 朋美だって、そうだったんだから……。

 そう考えて疾風は首を大きく振った。

 考えたくも無い。あの頃の事。あいつに敗北した事など。

 しかし実際のところは、小百合がどちらを選ぶのかは、いや、自分の申し出を受け入れてくれるのかは、小百合の手にゆだねるしかない。

 あいつには負けたくない。

 それに、条件では圧倒的にこっちの方が有利だ。

 父親という切り札を手に入れた。

 他に小百合が迷うとしたら……。

 俺と司の友情を壊したくないからどちらも選ばないというパターンか。

 あの女なら考えそうな事だ。

 当り障り無くどちらからも距離を置く……考えられなくも無いな。

 しかしそれは許さない。そうしたら、それこそ父親の事を兼ね合いに出してやる。

 どっちにしたって早めに返事が欲しいもんだ。

 こういう事を待っているのは、あまり良い気持ちではない。

 疾風は天を仰ぎ見た。

 

 

 

 *           *          *

 

 

 

 小百合はマンションの庭の目立たない所に一人佇んでいた。

 今はどちらにも会いたくない。

 疾風と司……。

 近頃の小百合にはこの庭で考え事をするのが癖の様になっていた。

 なんとも心落ち着く、不思議な空間だった。

 

 私のとるべき道は……。

 疾風さんと司さんは親友同士。それを自分が壊したくは無い。

 でも……父を助けてくれるといった疾風。あの不快な男の手からも結果的には守ってくれた疾風。

 これをまったく同じ形で司に言われたら、疾風と司の立場が逆だったら、やはり自分は今と同じように悩むのだろうか。

 でも、今の現実はこうだ。

 父を救いたい。2人の友情を壊したくは無い。

 だったら自分の気持ちは?

 自分はどうしたいのだろう。

 

「小百合さんってば!」

 

 急な呼びかけに小百合はギョッとした。

 

「ああ、魁くん……」

 

「どうしたんですか? こんなところで。いくら呼んでも反応ないし。なんかあったんですか?」

 

 少年は相変わらず人懐っこい笑みを浮かべて自分を見ている。

 

「ええ。ちょっと考え事」

 

 そう言って少年に笑みを返す。

 

「どんな事? 小百合さんの悩みって」

 

「誰も悩みとは言ってないでしょ? それに……例え悩んでいても君のような少年に解る内容じゃないわ」

 

「やっぱ悩んでんだ。ふ~ん」

 

「…………で? あなたは何をしているの?」

 

「え? 俺? ここで小百合さんと一緒に考えてみようかと思って」

 

「何を?」

 

「小百合さんが何を思い悩んでいるのかを」

 

 そう言って少年は笑った。

 

「ふふ……あなたって面白い子ね。なんだか力が抜けてくるわ。そう言えばあたし、何を思い悩んでたんだっけ?」

 

 小百合は半ばあきれたように言った。

 

「小百合さんが忘れちゃうんじゃ困るよ。俺がここで考えてる事が無駄になっちまう」

 

「ふふ」

 

「へへ」

 

「不思議な子。何するわけでもないのに……あなたと居ると、なんだか良く解んないけど落ち込んだ気持ちが何処かへ行っちゃうみたい。それどころか元気が出てくるわ」

 

「そりゃどうも!」

 

「……ねえ、どうでもいいけどさっきから、あたしから一瞬たりとて目を離さないけど、あたしの顔になんか付いてる? それともあたしってそんなに物珍しいかしら?」

 

「いいえ」

 

「じゃあ、どうしてそんなに穴が開くほど見ているの?」

 

「うん……。ほんとにきれいだな~って思って」

 

「ま~たそんな事! 少年が真顔でそんなこと言うもんじゃありません!」

 

 ほがらかに微笑みながらなんの悪びれも無く言う少年の頭を小百合はコツンと叩いた。

 本当に親しみを覚える少年だった。妙に人懐っこくて、なつかれるとなんとも可愛くて。

 

「だってほんとの事だから。それに小百合さんって、俺のとても大切な人によく似てるんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん。俺の大切なその人は、小百合さんほど美人じゃないけどね」

 

「そうなの……」

 

 この魁と言う少年が、そんなに大切だというその人は、一体どんな人なんだろうと小百合は思った。

 

「だからなんとなく小百合さんってほっとけなくて」

 

「まあ! おねーさんはあなたの行く末が心配になってきたわ」

 

「なんで?」

 

「え? いまからそんなんじゃ、近い将来すんごい女ったらしになりそう」

 

「それはノープロブレムだね。俺って、育ちが良いから」

 

「へ~、そうなんだ~。ご両親は立派な方だったのね」

 

「いや、母さんがとても立派な人だったから」

 

「そう。でも、あなたを見てるととても愛されて大事に育てられたんだって、なんとなく解るな~」

 

「ほんとにそう思う?」

 

「ええ」

 

「それって……どういう感じ?」


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