第四章 それぞれの思い (4)
アレン夫妻のミニパーティーに出席しながら小百合は気持ちが高揚しているのを感じていた。
今夜、疾風が家に来るのだ。
昨日の晩電話があって
「明日の夜ならどうだろう?」
と、疾風に言われたのだ。
「ええ。いいですよ。アレンさんのパーティーには来るんですか?」
「ああ。ほんとは昼にでもとも思ったんだけど、二人そろって欠席したらアレンさんがっかりするだろうからね。それに、君の家に御呼ばれするなんてほかの奴にバレたら抜け駆けだって半殺しに合いそうだから黙っててくれるかな? 君ってこのマンションの男どもの憧れらしいから」
「あら、そんなこと知らなかったわ。でも、確かに変に言われたら嫌だから、黙っときますね」
「OK! じゃあ明日」
「はい」
アレン夫妻のパーティ-はいつも午前中から始まって午後までやってるから、今日は少しだけ早めに切り上げて買い物に行こう……小百合は思っていた。
「小百合さん、食べてないんですか?」
魁が話しかけて来た。
「え? ううん。そんなこと無いよ」
「ほら、これすごく美味しいですよ」
そう言って、自分に料理を取り分けた皿を渡してくれた。
「ありがとう。ここの生活にはもう慣れた?」
何かと自分に気を使ってくれる少年に小百合は言った。気を使ってくれるというか、なんだかとてもなつかれてる気がした。
「ええ」
少年はなんとも親しみやすい人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ねえ? 何をジーっと見ているの?」
ニコニコしながら自分を見ている少年に小百合は言った。
「え? ほんとに綺麗な人だなって思って」
「コラ! 大人をからかっちゃいけません」
「からかってなんか。ほんとにそう思うから言ってるんです」
「あなたって不思議な子ね。妙~に素直で人懐っこくって。親しみが湧くって言うか……なんだか他人って気がしないのよね。苗字が同じだからかしら」
それは俺があなたの未来の息子だからだよ……。
魁はそう言いたくなる衝動を必死で押さえた。
* * *
「なあ、小百合さんってほんと綺麗だよな」
パーティーの途中、司が不意に言った。
「ああ。そうだな……」
「俺さ……」
「あ、シンディーさん、この料理ほんと美味いっすね。どうしたらこんなのが作れるんですか?」
疾風は慌てて話を別の方へ振った。
今司に小百合に気があると聞いてしまうのはまずい。
手出しが出来無くなる。
あくまでも知らん振りで小百合と親しくならなければならない。
だから自分に小百合が落ちるまで絶対に司の気持ちを聞くわけには行かないのだ。
お前の気持ちに気付かなかった……すまない。
またはそんな事を言わせるまでも無く、小百合と付き合い始めなければならない。
そしてその想いを不動のものにしておかなければならない。
結婚してもいい位だと疾風は思っていた。
とにかく司が絶対手出しできないところまで小百合を自分に夢中にさせる必要がある。
あと少しだ……。
疾風は、そっと小百合に目をやり、目が合うと目一杯意味を持たせた、優しい微笑を小百合に投げた。
「何を笑ってるんですか?」
不意にそう言われた。
「え? ああ、別に」
当り障りの無い返事を疾風は返した。何だか自分に敵意のある態度だった。
いつ会ってもそんな感じだった。
やたらと挑戦的なのだ。いつもこの魁という少年の態度は。
何をしたわけでもない疾風はこの少年の態度が理解できなかった。
ただ、時折自分の策略を見透かしているかのような態度にはドキッとさせられた。
しかしそう思ったところでこの少年が自分の策略などどう考えたって気付いているはずも無いと疾風は高を括った。
実際、誰にも言う事無くこの計画は進んでいて、誰にも気付かれるはずなど無いのだ。
絶対手に入れてやる……この少年の態度などお構いなしで、疾風は今夜の小百合との食事の事を考えていた。
小百合がパーティーを早めに切り上げ、買い物に行こうとすると司と出くわした。
「お出掛け?」
「ええ。ちょっと買い物に」
「そう。もう元気になったみたいだね」
愁いを帯びたような目で見つめられて小百合はドキッとした。
この間の司の行動……。
不意に抱きしめられた事。
だけど今の小百合には、疾風の事のほうが重要に思えた。
自分を窮地から救ってくれた彼……。
彼に心ばかりのお礼をすることで頭が一杯だった。
いや、一杯にしておきたかった。
おそらく、この間の夜に自分がとった行動で実家の方にも何らかの動きがあるだろう。その事を考えるとブルーになった。
事実を話したら父親は自分を責めるだろうか?
自分のとった選択は間違っていたのだろうか?
そんなことは考えたくなかった。考えたところで答えなど見つからなかった。
だから今は疾風の事を考えて居たかった。
一見冷たそうに見えて実はとても優しい彼。
それこそ一流企業の御曹司である彼が自分の事などまともに相手にしてくれるはずないと解ってはいるが、いや、だから変な期待は抱かないでただ彼に御礼としたいと思っていた。
それに、あの事だってきっとその場しのぎのことなのだ。
あの男がどう出るのか、不安だった。
「いつも気に掛けれくれてありがとうございます。もう、大丈夫です」
小百合はニッコリと微笑んだ。
「そうは言っても何だか目が笑ってないんだよねー」
司がおどけた感じで言う。
「そんな事……」
「俺、知ってるよ。小百合さん、よく庭に出てボーっとしてるよね? 何か悩み事でもあるの?俺でよければ力になるよ」
その瞳には優しさと思いやりの色が溢れている。
「ありがとうございます。でも、ほんと大丈夫だから」
小百合はそう答えた。そうは言ってもらえても、実際のところはすがったりする訳にはいかないのだ。
誰かに何とかしてもらえるとなど、思ってはいけないのだ。
その場しのぎの疾風の行為に心躍らせたところで自分を取り巻く状況は何も変わってはいない。いゆあ、余計に悪くなっているはず。
司に言われ、考えないようにしていた事を小百合は再び考える羽目となった。
「ほら、またそんな顔してる」
そう言って司は小百合の頬にそっと触れた。と、不意に唇を奪われた。
「司さん……」
「俺はいつでも君の事を考えているよ。君の力になりたいと本気で思ってる。
だから何かあるなら……」
「あっあたし、失礼します」
小百合は走り出した。不意をつく司の行動にかなり驚いていた。
頬がほてって居るのがわかる。
なんと言う事だろう。
疾風と司。
お互いを親友だと称する彼ら二人に、キスをされてしまった。
まずい事だと小百合は思った。
自分の存在が原因で、彼らがもめる事になりかねない。
自分が大きく渦巻く復讐という名のうねりに巻き込まれつつあるのだという事を、このときの小百合はまだ知らなかった。