第三章 動き始めた運命 (3)
この時代の母さんの居所……当ては、たった一つしかない。
つまり、ばーちゃんちに行けばいい。
ばーちゃんちが俺の家があったトコからそう離れてないトコにあることが救いだ。
俺は、難なくばーちゃんちにたどり着く事が出来た。
ばーちゃんちの佇まいは俺が知っているそれと何ら変わりなかった。
ただ、庭に植えてある木々が俺が見慣れたものよりは多少背が低くて、家自体もかなりきれいだった。
植え込みの影からそっと中を覗く……。
ふと、玄関から人が出てきた。
じーちゃんだ。じーちゃんだよ~~~!!!
じーちゃん、かなり若い。頭もまだはげあがってねえ!
やっぱりここは過去なんだ。
俺、すんげーリアルで壮大な夢見てる!!もう、やりたい放題ジャンか!!
じーちゃんは、家の敷地内にあるじーちゃんが経営している工場へと向かった。
その工場は立替前なんだろう。俺が知ってるのよりかなり古かった。
「じーちゃん!!」
俺は思わず声を掛けた。
「は?」
不可解そうな顔をして、振り向くじーちゃん。
「俺だよ! 俺!! 魁だって!! わかんねえ?」
「何だね、君は? 君のような奴にじーちゃんなんて呼ばれる筋合いはないが」
じーちゃんはまじめな顔をしてそう言った。
「俺だってば! 俺! じーちゃんの孫の……」
「君がどうかしたかね?」
その雰囲気はあまりにもまじめで、というか敵意すらあって俺はそれ以上いう事が出来なかった。
リアルだ。
夢って言うと、多少強引な展開もあったりするのが常だけど、このじーちゃんからはそんな物は微塵も感じられなくて、ただ、見知らぬ若者に声を掛けられ、気分を害してるって雰囲気が、ひしひしと伝わってきて、そして俺はそんな初老の人に怒られてるって感覚以外は本当になくて。
普通の日常と変わらない。
そう、これは夢って言うより、普通の日常だ。
「すいません。人違いでした」
俺は誤り、そそくさとその場を立ち去った。
とりあえず角を曲がると、俺は大きくため息をついた。
夢なんだけど、夢じゃない。いや、夢なんだろうけど、夢特有の強引さはない。
そういう事なんだろうか……。
俺はもう一度ばーちゃんちに引き返した。
もう一度ためそう。もう一度試して、ダメだったら……。
10分程待つと、若いばーちゃんが出てきた。
俺は何も言わず、ニッコリと微笑んで軽く会釈した。
ばーちゃんには俺が解るだろうか?
でも、ばーちゃんもとりあえず会釈で返すって態度しか取らなかった。
「いい天気ですね」
「そうですねえ」
やっぱりか……。ばーちゃんも俺を知らない。
っていうか、夢にしちゃあ、ほんとにリアルなんだ。全てが。
風が頬にあたる感触。この町の、ちょっと古めかしい感じ。人々の様子……。
寒さとか、眩しさとか……俺が普段過ごしている日常と、そう言ったことさえ何ら変わりはない。
この感じからすると、夢にありがちな強引な展開は望んじゃいけないな。
俺は階段から落ちて、その衝撃でこの時代にやってきたって思って行動した方が良さそうだ。夢ではあるんだろうけど……でもここはリアルな過去の現実であって……。
ああ、もう訳わかんねえ。
とにかく!! アタフタしてもはじまんねえ。
これが夢であろうがなかろうが、ここにいる以上は俺は母さんを守るために全力をつくす!! それが今俺を取り巻く現状で俺がすべき事だろうし、こういう状況になった理由でもあるんだろう。
絶対にそうなんだ。
最後はそう結論付けて、俺は気持ちを切り替えた。
とりあえず物陰に隠れて母さんが出てくるのを俺は待った。
今、朝の9時前だけど母さんはもう仕事に行ってしまった後なんだろうか?母さんが出てくる気配はない。
結局、母さんはいくら待っても出てこなかったので、俺は家の近辺でその日一日母さんを待っていた。
夕方6時過ぎに、なんとなく人目を引く若い女の人がこっちへ向かって歩いてきた。
一瞬のカンでそれが母さんだと解った俺は、電信柱の影から飛び出して、さり気ないふりで母さんの方に向かって歩き出した。
淡い色のスーツを着て長い髪をなびかせながら歩いてくる。
沈みかけた夕日に、少し眩しそうにしながら。
きれいだ。ほんとに、きれいだ。
俺は思わずその場に固まった。
若い母さんは、溢れんばかりの美しさをたたえていた。
その美しさに圧倒されながら母さんをじっと見つめる。母さんは、そんな俺をすれ違う時にチラッと見ただけで、なんのためらいも無く家の中に入って行った。
俺はそれをじっと見送った。
そして感動やら何やらで、しばらくそこに立ち尽くしていた。
母さんはやはりここにいる。その事は確認できた。そして当然俺のことは知らない。
じゃあ俺は、これからどうすればいい?
俺は、母さんを守らなければならない。
あんなにきれいで、希望に満ち溢れた母さんを、あの忌々しい男から守ってやらなければならない。
母さんにピッタリ張り付いて行動を見守らなければならない。
あの男が母さんとどういう知り合いなのか、そこも確かめなければならない。
とはいえ……。
俺は今日、どこで寝りゃあいいんだ?
ここに、俺を知ってるやつなんて一人もいない。俺の家もない。急に朝になる気配もない。
とりあえず母さんの居所はつかめたから、今度は自分の事を考えなくちゃいけない。
この時代での、俺の生活……。
いつまでいれるかワカンネーけど、母さんの後を追いながら、それでも食ったり寝たりしなくちゃいけない。しつこいようだが、強引な展開は望めない。
金は少し大目には持ってるけど……。とりあえず、宿を探すか。
だけどもうちょっと、母さんを見ていたい。
写真でしか見ることの出来ない、若き日の母さんを。
俺がそっと中を覗くと、母さんがじーちゃん達と楽しく食事をしている。
どこにでもある、幸せな家族の風景だ。
俺はそれを、時間が経つのも忘れていつまでも見ていた。
俺が何とも言えない気持ちで見ていると、不意に、母さんが家から出てきた。
「じゃあ、また来るね」
母さんはばーちゃんに別れを告げ、こっちに向かって歩き出した。
何だどーいう事だ?
母さんは、ここに住んでるんじゃないのか?
俺は、気付かれないように母さんの後をつけた。
母さんは、ばーちゃんちから30分ほど離れた所にあるマンションに入っていった。
郵便受けで部屋番号を確認する。
どうやら母さんはここで一人暮らしをしているらしい。
という事は、俺はこの近くに本拠地を構えなければならない。
母さんの行動を逐一見張ってなければならない。
そしてあの男の手から、なんとしても守らなければならない。
とはいえマジで、この現実での俺は、どうやって生活したらいい? どうしたら……。
俺が郵便受けを睨みながら考え事をしていると、
「今晩は」
と声を掛けられてた。
俺はビックリして飛び上がりながら後ろを振り返った。
見覚えのある顔がそこにあった。
俺は思わずその人を指さした。
その人は、司おじさんだった。
「どうかしたかい?」
司おじさんは俺に不審そうな顔をした。
「いっいえ……」
俺は足早に走り去った。
司おじさんだって、俺を知ってるわけがない。
それにしても若い司おじさんは母さんと同じマンションに住んでいた。
母さんは若いころの事はあまり話したがらなかったから知らなかったけど、司おじさんとはこーいう知り合いだったんだ。
もしかして……これってすげーラッキーじゃねえか?
だってあの男と司おじさんとは知り合いだって言っていた。
って事は、司おじさんの行動も見てればアイツに会える確率がグッと上がるって事じゃねーか。
マジ、いい感じだ。