第三章 動き始めた運命 (2)
司は疾風の思いなど全く気付かずに、思いのほか疾風に友好的に接してきていた。
疾風ははっきり言ってウザったかったが笑顔を装い司と接していた。
許せないという思いがこみ上げる……。
コイツは昔からそうだ。いい人ヅラして平気で周りを自分勝手に振り回す。
そしてそれに気が付きもしない……。
欠点ばかりが鼻につく。
俺はお前を多分一生許せないだろう。朋美を俺から奪い、そして勝手に終わった。
その身勝手さと、親友だった俺を平気で裏切った、その心。
そして無責任な自分を棚に上げて今再び平然と当たり前のように俺の親友に戻ろうとしているその図々しさ。
自分にとって都合の悪い事は知らん振りするそのズルさ。
お前は二度も俺を裏切った。
俺から朋美を奪い、必ず幸せにすると言ったくせにあっけなく終わった。
俺の心にどんな傷を負わせたかなんてカンケーねえってか?
全部なかったことにしてまた親友やりなおそうってか?
上等だ。
俺もお前に同じ思いをさせてやる。
信じていた人間に裏切られるって事がどんなに傷付く事か、イヤという程味わわせてやるぜ……。
いや、これはある意味親切かもしれないな。
だってお前はそうして初めて自分の罪の重さに気付き、自分の身勝手さを知ることが出来るんだろうから。
その一方で司だから朋美をゆだねられるんだと納得させていた疾風は、朋美が自分でも司でもない全く違った男と婚約し、幸せになろうとしているんだと思うと胸が締め付けられるような思いにかられた。
ショックにも似たような気持ちでなんとも心が沈んだ。
だけど、その事で朋美を責める訳にもいかない疾風は、余計にそんな苛立ちの全てを、司に向ける事を選んだ。いや、自分がいなくなってから朋美は司に傷付けられたんだと思うと、こんな状況でさえも朋美が不憫に思えた。
きっと一人で辛かったろう。俺が傍にいてやれば……慰める事位出来たんだ。
自分はもう朋美に会うつもりはない。だから朋美の過去の分も俺が復讐してやる……。
疾風にとって朋美は今も、いろいろな意味で大切な女性だった。
「よう! 疾風! こっちだ!!」
「おう」
疾風は司に誘われていたマンションの住人のガーデンパーティーに来ていた。
手入れの行き届いたイングリッシュガーデン風の美しい庭で、14,5人程度の人たちが楽しく語らいながら食事をしている。
世帯数が10しかないマンションだが洋館の雰囲気をたたえていてとてもいい感じだ。
「ドーモ、いらっしゃい!」
品のいい外国人老夫婦がニコニコと微笑みながら飲み物片手にやってきた。
「Had better it speak in English?」
疾風は言った。
「イイエ~! ココはニホンネ。モウ40年クラシテル。ワタシタチココロハ日本人。日本語デ大丈夫デス」
老夫婦は気さくに笑った。その笑顔にNYでの仲間を思い出し、親しみを感じる。
「どうも。重森 疾風と言います。司に誘われて図々しく押しかけてしまいました」
疾風もつられて笑った。
「アレンさん夫妻だよ。こっちは奥さんのシンディーさん。二人はイギリス人なんだ」
司が言った。
「疾風ヨロシクね。ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
「疾風、こっち来いよ。みんなを紹介してやるから」
「ああ」
司に招かれ疾風は皆の方へと歩み寄った。
ハッキリ言ってどうでもいいパーティーだ。
だが疾風は司に誘われれば一切断らないでどんな事にも付き合っていた。
信頼させるところから始めなければいけない。
その信頼が大きければ大きいほど、裏切りの効力は増すと言うものだ。
疾風は笑顔で皆にあいさつした。
「どうも、コイツの悪友の重森 疾風です」
「どうも! 101の都築です。25歳。ヨロシク」
都築に阿部に宮本に……夫婦の中村、それに小田って女に倉本って女。
はいはい、覚えましたよ。人の顔と名前を覚えるのは仕事柄得意でね。
疾風は心の中で苦笑した。
どーでもいい住人達。だがきっとこの先顔を合せる機会があるだろう。
何しろコイツとは密に付き合っていこうと思っているからな。
心とは裏腹な笑顔で自分の仕事やなんかの話をしていると、面白いものが目に飛び込んできた。
はにかみながら司が会話をしている一人の女。
確か倉本って女だ。
美人……、紹介された時そう思った女。
甘くはないが大きな瞳。笑顔になると口角がきゅっと上がってキレイな歯並びが覗く。
儚そうではなくて、どちらかと言うとアクの強い小悪魔的な顔立ち。
そう、朋美とは……正反対のタイプの女。
でも司がこの女に好意を寄せている事は一目瞭然だ。
うっとりとした眼差しで彼女を見つめている。
これはいい材料を手に入れたぞ……。
疾風はほくそえんだ。
とりあえず情報収集だ……。
二人がどの程度の関係なのか、知る必要がある。
特定の女がいる感じはなかった。
だからこの女が間違いなく司の本命だ。
疾風は満面の笑みで二人に近付き、言った。
「ほんとに楽しいパーティーだな」
「そうだろ? 住人同士がこんなに仲がいいマンションなんて珍しいだろ?」
「ああ」
「ほんとにみんないい人たちで……全部が顔見知りだから私なんか一人暮らしなんですけど、安心していられるんです」
容貌とそぐわない様な明るさと親しみやすさでその女は言った。
「そうでしょうね。あなた程の美人なら」
疾風は爽やかに言った。
「おうおう! NYに行って女を褒める術を身に付けて来たんだな。お前がそんな風に言うなんて信じらんねー」
「ああ、しっかり叩き込まれてきたよ! 女性を見たら褒めろってな」
「あら、それじゃあなんだか思いっきり社交辞令ですね」
女はふざけて上目使いで疾風を軽く睨んだ。
その眼差しは案外魅力的ではあるなと疾風は思った。
だからって朋美とは正反対なタイプの彼女に惹き寄せられるようなものは何も感じない。いや、朋美とは正反対のタイプのこの女にあえて惹かれている司に、苛立ちさえ覚えた。朋美を否定されてるような気がしたのだ。
「いや失礼。そういう意味では……」
「そうそう! お世辞なんかじゃなく、ほんとに小百合さんは綺麗だよ、な? 疾風」
「ああ、そう思う」
「なんだか無理してません?」
本当に容姿とそぐわない気さくさでその女は笑う。
そこにイヤミな感じはない。
本当に自分の容姿など気にもとめていない様だ。
「無理なんかしなくても自然に言えますよ」
そう言う司の眼は本当にうっとりとしていてこの女に恋をしているんだと言う事が明確に伝わってくる。そして、朋美じゃない他の女にそんな顔をする司に腹が立つ。
「素直にありがとうと言っておきますわ」
その視線を返す女の方もまんざらじゃ無さそうだ。
でもこの二人がまだ恋人じゃない事は解った。
「あ~!! 司君!! こーんなとこでさぼってる~! 今日の焼き係は司君でしょ? みんな飢えてんのよ! さっさと働く!」
大きなお腹で中村波子が司をさらっていった。
「なんか取り分けましょうか。嫌いなものとかあります?」
司がいなくなると、残された小百合はそう言った。
「いや、別にないです」
「じゃあ、勝手に盛っちゃいますね。シンディーさんの作るのって、何食べても美味しいんですよ」
「そうですか、すいません。気が利くんですね、えっと……」
「小百合で構いませんよ」
「小百合さん」
疾風は静かに、でも瞳をしっかりと見つめてそう言った。
女の眼を見つめる事なんて朝飯前だ。それこそしっかりと叩き込まれてきた。
何しろこの女には俺に惚れてもらわなくちゃいけない。それなくして復讐は成り立たない。
「でも小百合って名前、君にぴったりだね。とても綺麗な響きだ」
眼を見つめたままささやくように言う。
「重森さんてNY帰りですよね?なんか外人さんみたい。日本の人はそんな風には絶対言わないから」
「そんな風にって?」
「そんな素敵な雰囲気をかもし出しながら……ささやくようには……でも嬉しいです」
「君はとても気さくな人なんだね。外見とは違って。
綺麗な人だから近寄りがたい気がするけれど話してみるとなんとも親近感が沸くよ。きっと、すごくモテるんだろうね」
「そんな事……。重森さんの言うとおり、私って近寄りがたいんだか案外男の人寄って来てくれないんです」
「俺のことも疾風でいいよ。確かに、君に気軽に話し掛けるには相当の自信と勇気が必要かも。気軽に話し掛けないでって感じするから」
「ハッキリ言うんですね。それもNY仕込みですか?
でも嬉しいです。私って、ほんとに人と打ち解けるのに時間が掛かるんです。だからむしろ疾風さんみたいに初めからドンドンいってくれるひと、貴重です」
「しかしほんとにここはいい所だ。俺も、こんなトコに住みたいもんだ」
「じゃあ住んでみるか? ほれよ!」
司が串刺しを2本持ってやってきた。
「おう! 美味そうだな」
「ここ部屋あいてっから俺から話してやってもいいぜ。そうしろよ。楽しくやろうぜ」
「そうだな……。そうするか」
「じゃあさっそくアレンさんに話しに行こう」
「ああ」
「ホントデスカ! アナタナラダイカンゲイデス!!」
こうして疾風の引越し先はいとも簡単に決まった。
疾風にはまさに絶好のポジションだった。司が惚れてる女までいる。
トントン拍子とはこの事か……。
疾風は渋る両親を半ば強引に説得し、10日後には引越しを済ませていた。
部屋は一番上の階の301号室。
3部屋しかない真ん中に阿部と言う40歳のインテリ男を挟んで、司と同じ階だ。
小百合と言うあの女は202。
とにかくあのガーデンパーティーにマメに顔を出して、小百合と打ち解けなければならない。そして……。