1-8
そして、数日が経った。
瘴気の毒気にあたって月夜は微熱を出したまま眠り込んでいた。時たま、目を開いてぼんやりとすることもあるが反応はなかった。
「日向?」
仮眠を取っていた夕香の耳に届くかすれた低い声。
ふっと、まぶたを開けると、熱で潤みながらもしっかりとした焦点を結ぶ漆黒の瞳が夕香を見ていた。
「起きた?」
「……ああ」
夕香が近くにあった水差しを手にとって月夜を抱き起こして水差しをくわえさせた。
「すまん」
まだ、腕に力は入らないらしくぐったりと夕香に身を預けながら水を飲む月夜に、夕香は深くため息をついた。
「大丈夫?」
「ああ」
相変わらず短い応答ぐらいしかしない月夜に、夕香は目を伏せながら横たわらせて水差しの水を交換に行った。
「お前こそ、平気か? 顔色が」
「平気よ。……ごめんね、瘴気すわせちゃって」
「いや、あれは俺も悪い。手加減抜きでボコったからな。気にするな」
のど元に手をやろうとした月夜だったが、夕香の手を握り締めていることに気づいて表情を変えた。
「いまさらよ。何日間こうしていると思ってるの」
「すまん」
そういって離そうとした月夜だが、手が強張って動かないようだった。
困った顔をする月夜に夕香はふっと一息ついてその硬く握り締めている月夜の細い指をゆっくりとはずして、指先から軽く揉み解してやった。
「すまん」
目をそらしながらされるがままになっている月夜に夕香は何も言わずに、冷たい手を揉み解していた。
暖かい手が手を包むのを感じながら、月夜はばつが悪くてそっぽを向いていた。
いつの間にか入っていた肩の力がゆっくりと抜けて、しまいには布団に体を預けていた。不思議と力が抜けてほっとするような、そんな気持ちが月夜の胸に宿っていた。
「藺藤?」
少し、心配そうな声。いつの間にか、まぶたを閉じていたらしい。
月夜はふっとまぶたを開けて覗き込もうとする夕香の瞳を見た。
「ほんと、大丈夫?」
首を傾げてくる夕香に、月夜はふっと表情を緩めてうなずいた。
意識しているのかどうだろうか、その月夜の表情は、泣きそうな優しげな表情だった。
「大丈夫だ」
そう答える月夜の声も優しい。夕香は瞬きを繰り返しながらその頬に手を伸ばした。
「日向?」
「……」
夕香は、月夜をじっと見つめながら手を伸ばして触れる直前で引っ込めた。
「ごめん」
うつむく夕香に、月夜はため息をつきながらふっと笑った。
「大丈夫だから、そんな心配すんなよ」
「うん」
小さくうなずく夕香に笑って、眠るとだけ小さく呟いて目を閉じた。久しぶりに、優しげなまどろみの中にすっと入り込めた。
すうすうと眠ってしまった月夜の表情のあどけなさに夕香を言葉が出なかった。
「……」
学校でも、もちろん今まででも見たことのない、温かくて優しくて子供の寝顔のようなその顔に夕香は、そっと息を吐いた。
「そんな、顔……、できたんだ」
ポツリと漏らした夕香は、無意識に唇をかみ締めていた。
こんな表情ができるぐらいの人なのに、いつもはなぜ、あんな冷たい声をして、冷たい表情をしているのだろうか。
そんな疑問がふつふつとわきあがり、それと同時に冷たい人間だと勝手に評価付けていた自分の浅さに嫌気がさしていた。
「……」
こぶしをぎっとにぎってふっと緩ませて夕香は、そっと月夜の髪を掻き分けて熱を測った。
手ぬぐいをぬらして額におく。
夕香は手持ち無沙汰な手を膝の上において、ふっと布団の中にあるだろう月夜の手を思った。
少しぐらいはいいよねと思いながら、布団に手を滑り込ませてその手をとると、入ってきた手をするりと受け入れて、月夜の手が夕香の手を握り締めた。
痛みを伴うほどの力でもなく、すがりつくような弱さでもなくしっかりと夕香の手を包んで握っている。
夕香は何も言わずに、その手に額を押し付けてその場にうずくまって仮眠を取り始めた。