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1-6

 しばらく歩いて、青いススキ野原を抜けて天狐の里の門に来た。

 そして、月夜を背負いなおして硬く閉められた門をむっとした表情で見てそれを思い切り蹴飛ばした。

「おい、あけろー」

「怪しげなものは通さぬようにと長老が」

「どこが怪しいのさ。さっさと開けな。私は蒼華だ」

「その証拠をお見せください」

「あーめんどくさい。ねえ、長老呼んで」

「今はできません」

 門番らしき人と壁越しに話していると月夜が小さくうめいて身じろぎをした。

 背中を覗き込むようにして月夜の顔を見たが、眉間のしわが濃くなっているだけだった。

「ねえ、病人はこんでるの」

 なりません。

 それだけを繰り返す門番にイライラが募り夕香が半身の構えを取って門を蹴り上げた。

「わたっ」

 一撃で門は開いて、門番をやっていた若い天狐が焦ったように夕香の前に出る。

「ここからは通しません」

「だーかーらー……。爺。こいつどうにかして」

 天狐の里内を元気よく闊歩していた一人の老人に夕香が目を向けた。

 その言葉に老人は夕香を見、その背中を見、通せん坊をしている若い狐を見て、顔を引きつらせた。

「奏竹。やめんか」

「ですが」

「その方は、姫にあられるぞ。お前も名は聞いたことがあるだろう」

「ええ、ですが……」

 奏竹と呼ばれた若い天狐に夕香はふっと人形を解いて胡桃色の天狐の姿をとった。

「え……」

 目を見開いて絶句して顔を強張らせた奏竹に夕香は深くため息をついて人間の姿をもう一度とった。

「ありがとう、助かった」

「いえ、その背中の人間は?」

「あたしがまたやらかしました。てことで解毒剤もらえる?」

「今、長老のところに」

「げ」

 顔を引きつらせた夕香からずり落ちそうになる月夜をさりげなく奏竹が支えながら老人と夕香を交互に見た。

「私が、伝令役を?」

「いやいい。あたしの不祥事だから。爺。こいつ、あたしの家に寝かしておいて」

「わかりました。他の門番はいるな? 奏竹」

「はい。では」

 夕香の背にいた月夜を抱き上げて片手で担いだ奏竹は爺と呼ばれた老人と共に里の奥へ歩いていった。

 その背を見送って夕香は門を振り返った。

「てことだから、閉めておいてね」

 そういって、夕香は長老の宅へと急いだ。大目玉を食らうことは目に見えている。

 高床式の住居の上を見て目を閉じて、覚悟を決めてから入り口の前に立った。

「失礼します。蒼華にございます」

 敷居をまたいだところで端座して頭を下げた。

「蒼華だと? 今まで何をやってきた」

「すいません。帰ってくるの面倒で……。それより、解毒剤あります?」

「お前、またやったのか? ここまでくるともはや懲罰ものだぞ」

 そういう、広い家の奥に端座していた一人の青年は呆れた顔をその端正な顔に浮かべていた。

 見た目の年は、二十の半ばを少し越えたぐらい。誰が彼を天狐の長老といって信じるだろうか。

 外見年齢に五や十を倍にした数を生きているらしい彼にたてつけるものはもはや神しかいないだろう。実際そうだ。

「ほれ」

 貝殻に入った練り薬を確認して一礼してから、家を出て夕香は家々の屋根を伝って里にある自分の家に急いだ。

「爺」

「ずいぶんすんなり戻ってきましたね」

「後でお咎めを受けに行くよ。どう? そいつ」

「元から、狐に対する抵抗力のようなものはあるみたいですよ」

「犬神筋だから?」

「犬神の一族ですか。ならばうなずける。解毒剤を」

 爺に貝殻を渡して夕香は隣に掘ってある井戸から水を汲み上げて手短にあったおけに入れて家に入った。

 おけから一すくい水を器にとって薬を溶かした爺は月夜の体を持ち上げて抱えると口元に器を持ってきてそのまま仰がせた。

「よい子じゃな。素直に飲みよる」

 口の端から水の筋がつうとこぼれ伝い胸元をぬらす。ほの白い首筋が水と汗で光っているようにも見える。

「しばらく寝かせておけば、時期によくなる。事の顛末はわたしから長老に話しておきましょう」

「ありがとう」

「滅相もございません。姫は、このもののそばに。それと奏竹のことは許してやってください」

「ああ、素直ないい子ね。別に気にもしてないわ」

「そうですか、ならばここで」

 爺は一礼を夕香に返して、夕香の家を出て行った。

 夕香は、それを見送りながら、汗に凝った月夜の前髪を掻き分けておけに垂らしておいた手ぬぐいを絞り、その額に乗せた。

 ピクリと月夜の眉がよる。荒い呼吸は落ち着いて今は浅くて速い寝息に変わっている。

「……」

 投げ出されている月夜の左手を無意識に手に取っていた。細い指先が冷え切っている。夕香はその指先をぎゅとつかんで少しでもぬくもりが移るようにと包み込んだ。

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