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1-4

  二、

 つかの間。懐かしい夢を見ていた。

 そう、それは、父と、兄と過ごした幼き日々の思い出。 母親が家を去ってから、父親が殺される、その日まで続いた、暖かな日々。

 温かい、日の光りを感じながら、ゆっくりとまぶたを開いた。

「ああ」

 小さくうめいて月夜は、自分の目元に手をやった。 ひやりと冷たい雫。 月夜は泣いていた。

「また、か」

 ポツリ小さく呟いて、体を起こす。耳にたまっていた涙が一気に時雨れる。

 ぼたぼたと布団に落ちたシミに月夜はため息をついて、入っていたベッドからでて、寝室を後にした。

 まず、リビングにある携帯をチェックする。

 寝惚け眼をこすりながら月夜は頭をかきむしって、メールの中身が、今日の授業変更などを知らせる友人からの物と、十時に教官室に来るようにという業務命令のメールであることを確認する。

 それを見て月夜はまた、学校に顔を出せないなとあくびをかみ殺しながら、シャワーを浴びるために浴室に入った。

 しばらくして、ぬれた髪を乾かさずにタオルでガシガシと拭きながら、月夜が下着一枚で出てきた。

 日焼けのしていない引き締まった体は細いがそれでもしなやかで男らしい筋肉が程よくついている。

 黒いタンクトップとスウェットをたんすから出して着ると、キッチンにたって朝食を作り始めた。 誰に食べさせるわけでもない、一人だけの朝食。月夜にとって、もうなれたことだった。

 だが、それをさびしいと叫ぶ心がある。

「夢のせいだな」

 まだ、幸せだった頃の名残が残っている。だから、それが気になる。

 月夜はそう一蹴して、焼いたトースト一枚を水で流し込んで携帯を手にとって友人に今日もいけなさそうだと返信した。

「……」

 暗くなった画面を見つめる月夜にはどこか迷いがあった。

 ぐっと携帯を握り締めてそっとテーブルの上において朝食の片づけをした。

 そして、十時。教官室に呼ばれた月夜は、夕香の隣に立っていた。

 夕香は不機嫌そうに唇を尖らせている。目元のクマから寝ているのをたたき起こされたらしい。

 そんなことを思いながら月夜は震える手を落ち着かせるために、こぶしを握って現れない教官を待っていた。

 静寂に包まれる室内。二人が呼吸する音。風がざわめいて、青葉を揺らす。

 不意に、夕香が顔を上げた。目の前に教官が現れた。教官はどこかくたびれた顔で月夜と夕香を見て深くため息をついた。

「どうやら、私が遅刻したようだな」

 二人の表情を見比べて、教官がため息混じりに言った。月夜は軽く会釈を返して何も言わなかった。時計を見れば十時五分。よく失神しないでいたなと思っていると、教官がバンと机を叩いた。

「まったくお前らは、どうにかならないか?」

「なりませんね」

「どうにかしてやる。ついて来い」

 間髪入れない応答に月夜は口をつぐんでそっぽを向いた。教官は腕の一閃で教官室のある空間に裂け目を入れた。

「入れ。異界にいくぞ」

「どうしてですか?」

 夕香が首を傾げる。その顔を見て教官がにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 嫌な予感。二人が顔を引きつらせたのをみて教官が満足気にうなずいた。

「察しのとおりだ。稽古をつけるのはわたしではなく、お前らで、な」

 その言葉と同時に二人の顔が固まった。

「それって……」

「組み手ですか?」

「そのとおりだ」

 その言葉を残して教官は穴の中にひらりと入った。その後に夕香が続いて、月夜が最後に入って、穴はふっと消えた。

 入ると、景色が一転した。夏色の青々とした草原。柔らかな下草の生えた土と草の香が強く香るところだった。

 異界。

 それは、現世、月夜たちが日常生活を営む世界と鏡面対象に作られた、いまだ、古代の生活を続ける、妖の世。

 そこには、妖の隠れ里や、俗世を離れたがる術者が生活を営んでいた。

 そんなところだからこそ、多少の術や、人が死んでいたとしても驚かない。術師同士の組み手はよく異界で行われるのは、そういう理由があるからだ。

「ここは?」

「天狐の里の近くですか?」

 夕香が周りをきょろきょろとしながら首をかしげた。月夜はあくびをしてそっぽを向いている。

「ああ。子狐たちは出てきてないようだな。まあ念のために張って置くが」

 そういって人の出入りを禁じる結界を広範囲に張って教官はその場に腰を下ろして胡坐をかいた。

「ほら、はじめろ」

「はじめろって、いきなり言われても」

「何も持ってきていないだろう。だからだ。肉弾戦および術、能力での攻撃だ。

 頭、胸、股間など、急所と呼ばれるところをつく攻撃はなし。同じく背骨や頚椎を狙う攻撃もだ。 わかったな」

「……」

 了解といわなければ地獄がまっている。そう判断した二人は、無意識に互いに目を向けてうなずきあっていた。

「では、はじめ」

 鋭い教官の声と共に夕香の右ストレートが月夜を襲った。

 パンと左手で払って月夜は右手での掌底を夕香の額に叩きいれようと突き出した。

 夕香が身をかがませて払われた衝動をうまく利用して、右手で裏拳を月夜の腹に入れた。

 かるく、硬い感触。

 月夜の表情を見るが、そこまで堪えた様子はない。

 月夜は冷静に夕香の右手を抱え込んでがら空きになった背にこぶしを入れようと軽く身を引いた。

 するりと夕香の腕が抜けてこぶしの反動で少しよろめいたが、逃げようとした夕香の鼻先に月夜の回し蹴りが掠める。

 そのまま月夜は地面を蹴って上段蹴りを鋭くはなって反動を使いながら、裏拳を繰り出す。

 夕香も自然と構えてそれを受け流し受け止める。パシリと音を立てて受け止められた左のこぶしに月夜がにやりと笑った。

「急急如律令」

 低い声が響いた。と同時に、月夜の脇から、青い目の真っ白い大犬が飛び出し夕香に体当たりをした。

 ――犬神だ。

 犬神とは、家系に現れる使い魔であり、主に呪いをかけるのを得意とする犬の妖である。月夜はその犬神をだす一族の直系だった。

 月夜の犬神は大犬の姿だが、出現した人間の性情によって姿形が違い、また得意とする能力も違う。要は、人によって個性が違う犬が生まれつきに使い魔になるのだ。

 だが、犬神も問題になっている部分がある。それはは犬神を作る方法であり、その残忍さから月夜たちが所属する組織は新たに犬神の一族を出すことを禁じている。

「うまいな」

 ポツリ教官が漏らす。

 吹っ飛ばされた夕香は反動を受け流しながら、一回転して月夜に向かっていった。 腕の一閃で、使い魔である狐を出して、彼の大犬、犬神の相手をさせた。

 それでも補いきれない夕香が劣勢に立たされるのは見えていることだった。

 ここからだ。

 夕香は、目を細めて、優勢になっている月夜の瞳を見て舌うちをした。そして、隙だらけのわき腹を足で薙いだ。

 月夜の表情が一瞬寄る。息を詰まらせながらも目を細めて月夜は掌底と手刀と蹴りを織り交ぜた攻撃を続ける。

 教官に目をやると教官はうなずく。夕香は、腹を決めた。

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