2-1
序、
祭囃子が、とある神社の境内に、響き渡っている。
水干を着て張子の狐の面をつけた、黒髪の少女が、一人の巫女を伴って歩いている。
「あれが今日の舞姫様?」
「巫女さんも綺麗」
祭りに浮かれていた徒人は口々にささやき、舞姫と呼ばれた少女が通る道を開けていく。
「稲荷様もお喜びになるだろうなあ」
杖を持った一人の老人が呟いて、その黒髪の少女を眺めやり、巫女をみて目を見開いた。
「あれは、女形か」
巫女は、一人の少年。うまく化粧してごまかしているが、のど仏は隠せてはいなかった。
「術者の舞か。何が起こるのだろうな」
そういってにやりと笑う老人の目と、巫女の目がかちりとあった。
「おおこわ」
老人はそう呟いて、人ごみにまぎれていった。巫女は、立ち止まり老人が行く軌跡を眺めていた。
「お月」
呼ぶその声を聞くまで、静かな表情で、人ごみに飲まれていく小柄な背中を見つめていた。
一、
とある六月の日、月夜と夕香は教官に呼び出されていた。
「異界任務ご苦労だった。今のところ、不調などはないようだな」
「はい」
静かにうなずく月夜。夕香はそっぽを向いてあくびをしている。
「日向」
教官の声に姿勢を正してでかかったあくびをとどめて正面を向いた。月夜が、しっかりしろと腕を小突く。
「お前、舞えるか?」
「は?」
「は? じゃないだろ」
「あ、すいません。どういうことで?」
月夜の突っ込みに言い直した夕香が首をかしげる。胡桃色の髪がさらりと肩から胸に零れ落ちる。
「神楽だ。舞えるよな?」
「蛇とかの神様じゃなければいいですよ?」
「稲荷だ。最近、祠が壊されたり、神社が襲われる事件が多発しているから、警護を頼みたいそうだ」
「で? なんで、俺たちなんですか?」
もっともな質問に教官がすっと月夜を見て夕香を見た。
「藺藤。まずはお前は、一度音色師として修行したことがあるだろう?」
「ありますけど、神と神の力を合わせれば、何が起こるかわからないんじゃないんですか?」
質問攻めの体勢に入った月夜の裾を引っ張って夕香は少し高い月夜の目をみた。
「ねえ」
「なんだ?」
「音色師って?」
根本的な質問に月夜が絶句していると教官が一つため息をついてちらりと外に目を向けた。
外は青葉が茂って風にかすかに揺れている。
「この山を一つ越えた向こうに、金蛇村があるのは知っているな?」
「弁天様を祭っているところですよね?」
「そうだ。そこに伝わる、とある術者の一族だな。そこの一族は、音で神を鎮めたり、 魂を鎮めたり、まあ、人を攻撃したり出来る能力を持つ」
「へえ」
「へえじゃない。音を奏でて魂を鎮めるのが奏音師、音の調和を合わせて神の言葉を聴くのが響音師というが、
ごくまれに、その二つの力を併せ持つ人間が生まれることがある。そして、それを音色師という。 藺藤はその、一族、符水一族の前当主から奏音師の手ほどきか? それを受けた」
静かな説明に首をかしげると、月夜がそっと夕香に耳打ちしてきた。
「よーは、特殊能力を持つ術者の一族の前の当主から、特殊能力の扱い方を教わったんだ」
「なんで、月夜が持ってるの?」
「隔世遺伝だと。おれの曽祖父が符水のものだったらしい」
月夜の一族はいろんな能力を持つ人間がいるなと思いながら、夕香は首をかしげた。
「俺の能力はとても弱いものですよ? それでも、一族から外れたものにしては強いとはいわれましたが」
「今回の宗家の力は、類まれらしいからな」
「その周りにある分家の力も大きい。共鳴しているようですよ。聞いた話じゃ。京介君と凛君だっけ」
「問題のガキか?」
「ええ。ま、そんなことはいいです。で、神楽で、六月というと、晦日ですか?」
それた話を無理やり元に戻した月夜が夕香の肩に手を置きながら、首をかしげた。
「ああ、夏越しの祓に行ってもらいたいがいいか?」
「日向は、舞い手で、俺は?」
「奏じ手だ」
「譜面はありますか?」
「龍笛」
「大丈夫です」
墨痕鮮やかな紙を受け取り納得したようにうなずく月夜に夕香は首をかしげた。早い話についていけてないようだ。
「了解しました。引き受けます。報酬は?」
「破格だ。一か月分以上の生活費にはなるだろう」
「なおさら受けます」
語尾を強めた月夜に夕香は軽く頭を叩いて月夜を見上げた。そして、用件が終わった二人は並んで外に出て歩いていた。