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1-10

 そして、そんな他愛ない時を過ごした二人はその日のうちに長老の下に立ち寄っていた。あらかた回復したのでもう出て行きますといいに来たのだった。

「失礼します」

「ああ。君が蒼華が連れてきた客人だな。歓迎する」

「いえ、滅相もございません。ご迷惑をおかけしました」

 部屋の中にはいって端座した月夜に、若々しい長老は笑みを浮かべて首を横に振った。使いの者が月夜と夕香に茶を出す。それを会釈した月夜は長老に目を向けた。

「そんなことない。むしろ、迷惑を掛けたのはこちらだ。体のほうは、もう大丈夫か?」

「ええ。あらかた抜けたのでもう平気です」

「ならばよかった。あとで蒼華にはきつくいっておく」

 ちらりと夕香に目を向けた長老に月夜は首を振って目を伏せた。

「いえ、そんなこと……。たかが組み手で本気になった私が悪いのです。 ゆ、蒼華殿は何も悪くございません」

「夕香でよい。蒼華というのは、狐の名前でもあるからな。 ……それより、君は藺藤の生まれだといったな?」

「はい」

 一つうなずくと長老の顔つきが変わった。やはりかと月夜は心の中でため息をついて、姿勢を正した。

「君は、優也くんの子供だね」

「はい。一度、お会いしましたね」

「ああ。まだ、ほんの小さな子供だったのに……。それで、君は、継ぐのか?」

「具体的に何をどう、ですか?」

 なぞめいた笑みを浮かべる月夜に夕香は一人小さくなってお茶をすすっていた。

 さすが長老の家においてあるのはおいしいなとすすってゆらゆらと揺らめくろうそくの炎に目を移した。

「君は、宗家を正当なやり方で継ぐか?」

「私は、宗家を継ぎません。少なくても藺藤一族に伝わるふざけたやり方はしません」

 藺藤の一族は、代々、犬神を操る一族だ。

 組み手のときも出していたがあの白い大犬が月夜の犬神で、宗家になるためにまた何かをしなければならないらしい。

「それを聞いて安心した」

「あいつらには、いい感情は持ってません」

 きっぱりと、一族に対しての反感をいう月夜に長老はふっと笑った。

「何か?」

「いや、優也に似て頑固な奴だとね」

「父が?」

「ああ。かなりの頑固者だったな。藺藤一族につかないと決めたときも同じ目をしていた」

「そのときも?」

「ああ。君ではなくて、昌也君を連れてきてた」

 幼子だった昌也は眠そうに目をこすって、そこの位置に、と夕香の位置を指して、座っていたといった長老はくつくつとのどを鳴らして笑い始めた。

「もう、二昔も前のことか」

 月夜は目を丸くしている。父が、そこまで天狐の里に出入りしていたとは思わなかったのだ。

「気に入った。有事の際にはここに来なさい。何かあったら私がどうにかしよう」

 その言葉に一礼を返すと一気に雰囲気が和んだ。長老が格好を崩したのだ。

 そこでようやくこの長老がこの里を取り仕切る長だと実感できた。

「それはそうとどこまで進んだのかね。二人は」

「は?」

 にやけた笑いをする長老に理解が出来ないでいると、夕香が月夜の方を引っ張って身を乗り出した。

「だーかーら、そんな関係じゃないですからね!」

「おや、畝那はそういっていたが」

「爺の早とちりです。共同訓練生です」

「おやおや、面白くないね。その年になってもまだ、男の子とお付き合いしてないのは」

「……長老」

「あれ? 一応は気にしていた感じ?」

 月夜をはさんで、長老と夕香の舌戦が繰り広げられていることに月夜はため息をついて、目の前にあるお茶に手を伸ばしてすすった。

「でも、密室に二人きり布団は一枚の状況だったんだが……」

「こいつはそんな不埒なことはしません」

「いつ、そんなこといったっけ?」

「えっ!」

 勢い良く振り返る夕香に月夜はつとめて済ました顔をしてため息をついて、お茶を置いた。ことりという音がいつになく大きく響く。

「では、失礼します」

「もう行くのか?」

「現世の方に担当のものを待たせていますので」

「そうか、達者でな」

 立ち上がった月夜は長老の家を出て行った。その背中を見送ってから長老が口を開いた。

「まったく、気難しそうな男だな」

「あたし、あいつに嫌われてたんですよ?」

「狐がだめなのだろう。おそらくあ奴が殺したのは優也だぞ?」

「では、我ら一族が?」

「ああ」

 うなずく長老に夕香はそっと面を伏せて目を閉じた。

「命は、継続ですか?」

「ああ。見つけ次第、里に送れ」

「は」

 一礼をして、夕香も長老の家から出た。高床式の階段の下には月夜が腕を組んで待っていた。

「待っててくれたの?」

「教官に何を言われるかわからないからな。……世話、かけたな」

 ぼそと呟かれた最後の言葉に夕香が驚いていると、月夜が腕を一閃して空間に裂け目を入れて現世へと帰っていった。

 それが消えないうちに夕香も入ると視界は一転した。

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