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1-9


 夢を見ていた。

 誰かの記憶のような、そんな妙に現実感があって実感のない夢。

 一人の少年が息を切らせながらススキ野原を走っている。

 後ろには一人の白髪の青年。夕香にはよく見知った顔。

「……」

 青年は、にやりと笑って腕を一閃する。少年の周囲にいくつもの亀裂が生まれてそれに足をとられ少年はススキの上に倒れこんだ。

「……貴様が」

 低い声。聞いたことのないあの青年の、恨みや、妬み、憎しみに満ちた声。

「……貴様がか」

 静かな声。だが、それゆえの凄みがある。

「都軌也!」

 一人の男の声と共に転びながらも青年の方を向いた少年の視界をふさぐように滑り込んだ体。

「何を言っているかわからない。どういうことなんだ?」

「うるさい。お前が、お前が!」

 青年が腕を一閃すると男が少年を抱きしめてそれを背中で受ける。

「父さん!」

「……逃げろ。都軌也」

 泣きそうな顔で顔のすぐそばにある若々しい面を見る少年は、男のその声音に首を横に振った。

「いいから、早く。……父さんは大丈夫だ」

 うっすらと強張った笑みを浮かべる男に少年は首を横に振って立ち上がって、涙をこぼしながら身を翻して逃げていった。

「親子愛か?」

「……あいつだけは守らなきゃならない。遼子と……」

 男が体に走る激痛に耐えながら立ち上がった。そして、静かに青年を見て剣印を突き出した。

「……」

 静かに見据える男。二人の空気が段々冷えを帯びていく。

「伝えたいことは、まだあった」

 ポツリと男。青年は剣印を横にないでそのまま飛び掛った。

 男の脳裏に閃く映像。それは、さっきの少年とその兄と妻と過ごした、幸せな、一こま。

「……あとは、任せた」

 そういい残して男はほのかに笑って、青年の攻撃をその身をもって受けた。

 

 ふっと、まぶたを開くと夕香は布団に寝かせられていた。耳には、何かを切る包丁の音。

ぼんやりと夢の名残を引きずりながら夕香は起き上がると、見慣れた、だけどしわくちゃなワイシャツを着た月夜がかまどを見ながら何かを作っていた。

「起きたか?」

 お玉を持って振り返るその姿があまりにも家庭的で、そんなイメージすら持たせない月夜の普段の生活のギャップに少し笑ってしまった。

「なに笑ってんだよ、そんなにおかしいか?」

 火に向き直りながらそういう背中に夕香は笑いをかみ殺しながら肩をすくめた。

「いや」

 その声は笑みに震えている。それを聞いて月夜はあきらめたようにため息をついて、お玉で釜の中身をすくって器にもって、どこから出したのか箸を二膳持って夕香の脇に来た。

「雑炊だ。これぐらいなら食うだろ?」

「何でも食べるよ?」

「くさや」

「うっ」

 夕香の引きつった顔をみて月夜はふっと笑って自分で作った雑炊をかっ込み始めた。

「熱いから気をつけろよ」

「あんたはどうなのよ」

「おれは平気だ」

 言いながら食べて夕香も一口それに口をつけた。

「どうしたのこの味付け」

「塩は、日常的に持ってるだろ? それと、あとは食材がいいんだよ」

「へえ」

 味付けは塩だけらしいが、それでもいつも作っている雑炊とはまた違っていた。どこか染み入るような旨味がある。

「……」

 月夜の表情がどこか優しい。食べながらその表情を見ていると月夜は口元に手をやって首をかしげた。

「なんかついてるか?」

「ううん。別に」

「じゃあなんだよ、人の顔じろじろ見てて」

「べつになんでもないよ」

「……そうかよ」

 そう言ってそっぽを向いた月夜の顔が少し照れているようにも見える。目がおかしくなったかなと思いながら、首をかしげると観念したように月夜はため息をついた。

「人に作ったものを食べてもらうのは久しぶりだったからな。……それだけだよ」

「それだけって……。もしかして一人暮らし?」

「ああ」

 現世の人間の術者は大抵実家から通うか、広い寄宿舎で家族ですんでいるかだが、異界の住人である夕香たち、化生の身の術者は寄宿舎を借りて一人暮らしをしている。

 まさか月夜もそうだとは思わなかった。

「お母さんとかは?」

「小学二年生のときに消えた。それ以来、父の手で育てられて、 父が殺されてからは、兄に世話をしてもらって、一人暮らし出来るようになってからはずっと一人だ」

「道明さんは」

「あの人は、金を出しているだけだ。兄貴は薬師で、少々狙われやすいから異界に居を構えている。 教官は……、たまに様子見に夜遅く入ってきて、家の酒を飲んで帰る」

「教官が出入りしてるの?」

 月夜の言葉に目を丸くしている夕香に月夜は肩をすくめてそっぽを向いた。

「別に、どうのって訳じゃないさ。たまに、ぶっ倒れて死んでたりするから、それがないように見に来てくれるんだ。まあ、俺はそれに晩酌の相手をしたり、つまみを出してやったりするぐらいだな」

「へえ……」

「意外にあの教官、面倒見がいいみたいでな。俺の生活はそんなものさ」

 饒舌な月夜から聞けた普段の生活。

 冷えた雑炊を口にかきこんで夕香は月夜に器を差し出した。

「おかわり」

「自分で取れよ」

「えー、近いんだからいーじゃん」

 そういう夕香に月夜は空になった器を取って残りのすべてをよそって夕香の前に差し出した。

「こんなに食べらんないよ」

「自分でやらないからだろうが」

 夕香に渡すと夕香はにっこりと笑ってそれを食べ始めた。

「確信犯か?」

「何のこと?」

 笑う夕香にじと目を送る月夜の頬は少しだけ赤くなっていた。照れているようだった。

「照れなくてもいいじゃん。おいしいんだから」

「照れてねえよ」

「照れてるじゃん」

 そんな押し問答をしばらく繰り返して二人は同時にため息をついた。

「やめよっか」

「ああ」

 いつの間にか空になっていた器をおけの中に入れて布団をどちらが使うかでまたもめていた。

「俺はいい、使え」

「あたしだって平気よ。病み上がりだから使いなさい」

「平気だって言ってるだろ」

 そういって月夜は部屋の片隅を陣取ってどこの空間に手を突っ込んだのか、何もないところから着物を出しそれを羽織り目を閉じた。

「ねー」

「いーから、そっちで寝ろって」

 目を閉じながら、そういう月夜に夕香は唇を尖らせて布団に寝そべった。

 そして、明くる日、夕香が起きると月夜は着ていた制服を脱いで、深い藍色の袴の姿でいた。

「汗で気持ち悪かったからな」

 そういいながら肩をすくめた月夜は近くにたたんである濃藍の羽織を羽織った。

「和服、着れるの?」

「一族の正装は一人で着れないとな」

 襟を正しながら羽織って月夜が澄ましたように言う。その顔を見て夕香が噴きだした。

「なんだよ?」

「いや、面白くて」

 そう返す夕香に月夜がすこしムッとした顔をしてそっぽを向いていた。

 子供っぽいそれに夕香の笑いが収まるどころか、むしろ悪化したのは言うまでもない。

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