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序章

 深い風の匂いが秋を告げる――。

 見渡すかぎりすべてにススキが生えたひろい野原に、一人の青年と少年がむきあっている。

 青年の年の頃は、二十代前半。

 少年の年の頃は、十歳前後ぐらいか。つまりは、小学生高学年から、中学生ぐらい。

 そして、その少年のつややかな黒髪が、ススキ野原を渡る風になびいて血のにじむ白い頬にかかる。

 一見すると二人は兄弟に見えるが、それではないとすぐにわかる視線を互いに向けていた。

 ――憎悪の目。

「……」

 少年のほそい肩がかすかに震えている。表情をこわばらせながら、青年をにらみつけている。

 それを無感動に見下ろす青年。表情のない整った顔が、不意に般若の面のように口の端をあげる。

 白く長い髪に白い衣。

 その右の袂には血染めにされて、右手からは血が滴り落ちている。

 そして、にらみあったまま動かない二人のそう遠くないところには、一人の男性が転がっていた。

 少年によく似た面差しは血の気がなく、力なく閉ざされた瞳は再び開くことはないだろうことがうかがえる。

 そう、横たわっている男性は、少年の父親だった。そして、青年は少年の父親を殺した犯人であり、また、少年をもその手にかけようとしていた。

 不意に少年が冷たくなってしまった父親に目を向けて泣きそうな顔をした後、青年に目を戻して、強く、強くにらみつけた。

 青年の口元からはするどい犬歯が覗く。それを見た少年の顔に、怯えと決意が見え隠れした。

 振われた紅い、鉤爪。

 引き裂かれる、布切れ。

 爪の軌道を読み、よけた少年の足が閃く。

 振われたままの青年の腕がはじかれ、反動で青年の体が吹っ飛ぶ。

 踏み込んで手刀。

 少年らしからぬ速度と鋭さに青年の表情が変わる。

 青年の胴に突き刺さる刹那、青年が、少年の手首をつかんだ。

「殺すには惜しい人間だな」

 低く抑揚にかけた冷たい声が少年の鼓膜を震わせる。つかまれた手首はびくともしない。

 少年の顔に絶望の色が見えた、そのときだった。

(のぞ)める(つわもの)闘う者皆(みな)(じん)(つら)ねて前を行く」

 鋭い少女の声と共に青年の手が解け、体が軽く吹っ飛ばされる。少年は気が抜けたようにへたり込んで、固いススキの上に座り込んだ。

「夏は来つ 根に鳴く蝉の 唐衣 各々の身の上に着よ」

 狐降伏の呪歌。

 少し離れたところでうずくまる青年の苦しげな声が風を伴って響く。

 不意に青年の気配がかすかな瘴気と共に消える。

 それを確認してから声の主、鮮やかな狩衣姿の少女が現れた。

「大丈夫?」

 くるみ色の髪が枯れ木色のススキ野原になびく。

 彼女の着た紅い狩衣と深紫の狩袴が奇妙に浮いて見える。

「父さん……」

 少年の呆然とした呟きが風にかき消されずに少女の耳に、届く。

 その呟きに、少女は目を見開いて、少年の視線の先にあるものを見止めて、目を伏せた。

「うん」

 少女は小さくうなずいて、涙が目の端に盛り上がっている少年の表情をじっと見ていた。

 不意に少年の体がかしぐ。

 前のめりに倒れる少年を少女が抱きとめる。

「なん……で……?」

 少年の小さな呟きに少女はその細い体を抱きしめながら、そっとやわらかい黒髪に頬を寄せた。

「ごめん、ね」

 そう少女は呟いて、一瞬でくるみ色の毛並みで四本の尾をもつ狐になり、少年を乗せてどこかに走り去っていった――。


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