女子社員たちは、他責思考に呆れる。
今日の俺、いつも通り社員ダイニングで、いつもと違う弁当を食べるため、レンチンが終わった弁当を持って、いつも使っている席に着いた。
今日の弁当は、お袋が作ったやつだ。ものすごく怖い。
2日前からお袋が遊びに来ていて、家に泊まっている。俺はホテルに押し込もうとしたが、カミさんがお袋と観劇に行く約束をし、うちに泊める約束もしたのだ。
険悪な嫁姑関係とか無縁なくらい、仲がいいのでよかったけれど、何でお袋に弁当任せるかなぁ?! 絶対に俺が学生だったころの弁当で、記憶が止まってるはずだ。
そのため、この蓋を取ろうとしている今、とても心拍数が上がっている気がする。
「あーーーっ、ホントやだー!」
この声は、同じ部署の宮原。パーテーションを隔てた後ろに、今日も彼女がいるようだ。
きっと彼女の同僚である伊藤もいる。
「ホントに嫌すぎる!」
あれっ、伊藤からも同意の声?!
な、なんか、起きてたっけ? あ、俺午前は営業の外回り行ってたから、なんか起きてたのかわからない。
俺に電話やメッセージがないって事は、社外からのクレームではなさそう。
「なんで、あいつらなんかあったら「AIが言ってたんです」しか言わないの? 馬鹿の1つ覚えかよ!」
うわー、宮原ご立腹もご立腹。しかし、それは俺でも嫌だからすごくわかる。
「AIが言ったわけじゃなくて、選択した自分の責任ですよ。って伝えても、伝わらないのが不思議だわ」
伊藤さん、そちら他責思考ってやつです、ハイ。
って、弊社AI使用禁止ですが?!
「今日朝イチは客先直行してから出社したけど、旧新人のやつ「ご苦労様です」って言ってきたし!!」
「ありえないわよね。去年入社なのに。私もその場で「ご苦労様じゃなくお疲れ様でしょ」って、注意したけど」
去年の入社か。それで旧新人なんだな。先輩に向かってご苦労様はないよな。
きっと『ご』とか『様』がついてるから、問題ないって思ってるんだろうな。
「社会人マナーをAIで勉強しています。AIがそう言ってました。って返されてビックリしたわ。どこのポンコツAIシステムよってなるわよね」
あぁ、業務じゃなくて、個人的な勉強をスマホのAIシステムとかでやってんのか。
伊藤の言葉に同意。むしろどんな調べ方をしたら、そんな答えが出てくるんだ??
「ホントホント。AIが弾き出した結果を『自分が選択してる』んだから、責任は全部自分だっての、わからないのかなー」
現代だと同僚・先輩・上司・はたまた客へのご苦労様は、失礼な言葉だもんな。
上長から部下へ使う言葉って、俺も社会に出てから知ったけど。
「しかも、その旧新人、中途だからね。ほかの会社でも社会人やってた人だから、尚更ありえないよ」
「ホントよね。新卒社会人ならまだしも」
えー! それはイカンだろ。
そんでAIに相談というお勉強してんの? 意欲はあるんだろうけどさ、ビジネスマナーのインターネットページたくさんあるよ?!
さて……そろそろ、弁当の蓋を開けよう。
お? 普通の助六すし風のお弁当だ。うわ、レンチンしちゃった……けど、酢の匂いしないな。助六風なだけか。
お袋の事だから、唐揚げモリモリかと思った。
いやいや、この弁当箱の厚みを考えると、下に何かある。
どれどれ、とりあえずいなりをひとつ。なんか、ちょっと色が濃いな。うん、味も濃い……醤油の味が濃い。ついでに甘い。カミさんが作る、お出汁多めのいなりじゃなかった……色でわかってたけどさ。
「しかも、イトちゃんが注意した時、首傾げてたよねー」
「ご苦労様を、先輩に向かって言うのは、現代ビジネスマナーとして良くないことよ。って言ったけど……私、難しい事言ったかしら?」
いいえ、俺にはわかりましたよ。
伊藤や宮原は、間違いなく先輩でしょーが……。
入ったばかりなら、前の経験がどーであれ、全員先輩だ。……思い当たる人は数名いる。数名いる時点でダメだよな。
「あたしたちならまだいいけど……いや、良くはないけど、部課長やお偉いさんたちにまで「ご苦労様ですぅ」って、いつか言いそー」
「ほんと、何度注意しても、お疲れ様に直らないのよね。前世は、生まれた時から上司だったのかしら?」
生まれた時から、上司!! それどこの王族だよってなるな。
さて、太巻きをいただきますっと。……お袋様、桜でんぶモリモリです。甘すぎです。我が家に桜でんぶなんて無かったよね?!
「それか、1度覚えたら、アップデートできない可能性もあるよねー」
宮原、それはとても困るやつです。仕事を覚えてもらえない。いや、すでにマナー覚えてないからダメか。
助六風エリアを少し食べると、見えてきました。下段のおかずエリア。茶色の、ゴツゴツな表面が見えます……。嫌な予感がします。
「そんでさ、注意受けた10分後に、スマホ画面見せてきて、「AIに相談しました。AIはこう言ってますぅ」ってねー」
「そうじゃないわよ、その画面に出た言葉を信じたあなたの落ち度よって言っても、やっぱり首を傾げるのよね」
いや、ホント『言ってない』から。AIって検索して言葉を組み合わせた結果を表示するだけだから。
どこどこの出典元のページを参照しました、書いてあっても、その文言がページ内に無いなんてザラにあるから。
って、情報システム部の、AI検証している人らが言ってた。
「そもそも『相談』って意味わかんないよね。抽出結果なのに」
「ホントそれ」
ちなみに俺AI使わない。
社内で使用禁止のものを、プライベートでわざわざ使って支障出たら困るし。
あ、やっぱり竜田揚げじゃねーか! お袋、やりやがったな……!!
竜田揚げのゴリゴリ表面は、レンチンで柔らかくならず。1個がひとくち超えるサイズ。そして衣の味は濃ゆいし、肉も鶏もも肉だし下味ついていて……濃い。
カミさんの鶏むね肉な竜田揚げが、すでに恋しい。
「チャット形式で質問するのもあって、LINNEトークしてるような気分になるのかなー」
「うーん。そうかもしれないわね」
へー、AIってトーク形式なんだ。
あ、確かチャットなんたらって名前のAIあった気がする。
ぎゃー! ご飯ものの下、全部竜田揚げじゃねーか! お袋、やっぱり学生の頃の弁当の記憶で止まってら……。
…………頑張った、俺。
ハラ8分目なのに、胸いっぱい。うっぷ。
そして水筒のお茶がホット! グビグビ流し込んでサッパリしたいが、ホットじゃ無理だ。自販機で冷たいの買おう……。
ゆっくり食べていたのもあって、後ろにいた宮原と伊藤は、もうすでに昼食を終えていたようだ。
自席に戻ると、宮原と伊藤は既に戻ってきていた。
「あ、部長おかえりなさーい」
「あぁ、もどりました」
宮原が俺に気づく。午前は営業に出てたからな。
伊藤もその声で、俺の方を見た。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
うん、やっぱ自然とこうなるよな。『外回りお疲れ様です』って意味もあるだろうし。
「これ、客先から」
客先に行くと、ノベルティをくれたりって事もあるので、オシャレそうな品は、営業部の女子社員たちへ渡す。
「ありがとうございますー!」
「ありがとうございます。あら、秋の味覚なティーバッグセットですね。これ、客先から試飲や感想、頼まれてますか?」
発売前のサンプル品を頂き、試飲を頼まれる事もある。伊藤が気づいてくれて、俺は首を振る。
「いや、今回は頼まれてないけど、感想お伝えしたら喜んでくれると思う」
「じゃあ、全種類飲み終わったら、感想をメールで送りますね。引用お願いします」
「あ、じゃああたしも、そうしまーす」
「ありがとう」
こうやって気遣いしてくれる人たちのおかげで、客先とも和やかでいられて、助けてもらえてるなぁとしみじみ実感する。
ごめん、俺紅茶飲めなくて……。
「あら、午前いなかったですよね」
不意に斜め前あたりから、声が聞こえる。別の部署の人だけど、俺の近くに座ってることが多い人だ。
「あぁ、外回り行っててね」
「そうだったんですね。ご苦労様です」
視界の端に、目を見開く伊藤と、口をあんぐり開けた宮原が映った。
「あんた、俺の上司か? 電話口でも社内の人間からの電話にご苦労様って言ってるけど、俺の記憶では、去年入社で、デジタルマーケティング部所属の一般社員なんだが」
つい、口から出てしまう。
「社内の先輩や、上司に対してご苦労様と言うのは失礼に当たる事、ほかの先輩方から注意を幾度も受けているのだって知っているが、なぜ直さないんだ? 直さない理由を教えてくれないか」
ご苦労様を直さない理由を聞かないと、気が済まない。
いや、青ざめた顔してないでさ、俺は理由を聞いてるだけなんだが。
「えっと、その……」
「理由」
すみませんーと言われて、逃げられてしまった。
「部長……ガン詰やったら泣きますよ、耐性ない人はー」
宮原が笑いながら言う。伊藤も気の毒そうな顔をしつつ、肩が震えているぞ。
「いや、俺は理由を聞きたくて……」
「注意やアドバイスを、聞かないタイプなだけですよー」
そりゃそうなんだろうな。
1度注意して直らなきゃ、注意する側は諦める人のが多い。こいつには言っても無駄ってね。
注意を聞かない人、最近増えてるから、みんなすぐ諦めるんだよな。気持ちはわかる。
「いろんな人から言われていて、是正なしはまずいだろ。午後イチ、デジタルマーケティング部の課長にでも聞いてくるか」
「うわ、とことん詰めるんですね」
伊藤、ドン引きしないで。俺、純粋に理由知りたいだけ。
そして、胸やけを抱えつつ、午後の業務開始を迎える。冷たいお茶の効果は薄かった。
デジマ部課長のとこに行って、当人も呼んでもらい訊いてみた。
そうしたら「AIに聞いたら大丈夫って言ってた」だと。宮原と伊藤の会話の通りだった。
俺と同じく呆れ顔な課長立ち合いの元、説明をしておいた。
AIの出した文字を信じるのは勝手だが、それは、自分が選択した事であって、選択の責任は自分が持つ事。
同じような注意を幾度も受けているのに、是正をしないのは、勤務態度が悪いと思われる事。
AIとではなく、人と仕事をしている事。
そんな態度だと、言葉を渡してもらえなくなる事や、信用して仕事を任せる気にはならない事。
と、細かに伝えたが、ご苦労様コールを散々注意され、直さなかった今までの実績があるため、信用度は低い。
もちろんそこも、しっかり伝えておく。
デジマ部の課長よ、ドン引き顔で俺を見ないでくれ。
さて、翌日から俺は東北へ出張。
注意した結果が明日から出ているのか、見る事は出来なさそうだ。
カミさんの弁当ランチは、来週までお預けか……。
AIについては、聞いたものによる想像です。(生成AIシステムには触らないので)
AIの出した文言については、物語の中による抽出結果ですので、現実の抽出結果ときっと異なります。




