第6章 第3話「ゼルヴァの沈黙」
夜の森。
焚き火もない。
月明かりだけが——
木々の間から差し込む。
ゼルヴァは——
一人で座っていた。
木の根元。
膝を抱えるでもなく。
ただ——
座っている。
目は開いている。
でも——
どこも見ていない。
「——また考えてるのか」
低い声。
グラムだった。
大きな体が——
近づいてくる。
「うるさい」
ゼルヴァが即座に返す。
「返事が早いな」
「考えてたんじゃないのか」
「考えていた」
「じゃあうるさくないだろ」
ゼルヴァは答えない。
グラムが——
どかりと隣に座る。
距離が近い。
「どけ」
「嫌だ」
「邪魔だ」
「知ってる」
動かない。
ゼルヴァは——
少しだけ視線を動かす。
グラムを見る。
「何の用だ」
「用はない」
「ならどけ」
「お前が一人でいるのが——気になっただけだ」
「余計なお世話だ」
「そうだな」
グラムが笑う。
気にしない。
しばらく——
二人とも黙っている。
月の光が——
ゆっくりと動く。
「……なぁ」
やがてグラムが言う。
「なに」
「お前さ」
「何だ」
「いつも考えてるよな」
「思考は必要だ」
「俺には分からん」
「知っている」
「でも——」
グラムが続ける。
「お前が考えてることって——」
「いつも同じじゃないか?」
ゼルヴァが——
わずかに目を細める。
「同じ?」
「創造主のことだろ」
沈黙。
否定しない。
「……そうだな」
やがて認める。
「なんでそんなに——こだわる」
グラムが問う。
「こだわっていない」
「嘘つくな」
「嘘じゃない」
「じゃあなんで——」
「いつもそこに戻る」
ゼルヴァは——
少しだけ黙る。
「……否定しなければならないからだ」
「なんで」
「存在するから」
「創造主が?」
「俺の中に」
その言葉が——
静かに落ちる。
グラムが——
目を細める。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
ゼルヴァが言う。
「否定しなければ——」
「認めることになる」
「何を」
一度——
言葉を止める。
風が吹く。
木々が揺れる。
「俺が——作られたということを」
グラムは黙る。
その言葉の重さを——
受け止める。
「……それの何が嫌なんだ」
やがて問う。
「お前だって作られただろ」
「俺も——そうだ」
ゼルヴァが答える。
「でも——俺は気にしない」
「なぜ気にしない」
「今ここにいるから」
「それだけで十分だろ」
「十分じゃない」
ゼルヴァが言い切る。
「なぜ」
「作られたということは——」
「目的があるということだ」
「目的?」
「創造主の——目的」
「俺たちは——」
少しだけ間。
「何かのために作られた」
「それが——許せない」
グラムは——
少しだけ考える。
「……でも」
「目的通りに動いてるわけじゃないだろ」
「俺たちは」
「関係ない」
「なんで」
「意図があった——という事実が残る」
「最初から——自由じゃなかった」
「その事実が——消えない」
グラムは黙る。
そのやり取りを——
消化しようとする。
「……お前さ」
やがて言う。
「なに」
「難しく考えすぎじゃないか」
ゼルヴァが——
低く息を吐く。
「簡単に考えられるなら——」
「そうしている」
その言葉には——
珍しく。
疲れのようなものが——
混じっていた。
グラムは——
その横顔を見る。
いつも冷たい。
いつも論理的な。
でも——
今夜は少しだけ——
違う。
「……一つだけ聞いていいか」
グラムが言う。
「内容による」
「お前の論理はなんだ」
ゼルヴァが——
目を動かす。
グラムを見る。
「創造主を否定する——お前の論理」
「さっき言っただろ」
「もっと深いところ」
「……」
ゼルヴァは黙る。
長い沈黙。
月が——
雲に隠れる。
暗くなる。
「……今夜は」
やがて言う。
「答えない」
「なんで」
「まだ——整理できていない」
グラムが——
驚いた顔をする。
珍しい。
あのゼルヴァが——
「整理できていない」と言った。
「……そうか」
グラムは笑わない。
今度は——
笑わなかった。
「じゃあ——整理できたら聞かせろ」
「……なぜ」
「知りたいから」
「理由は」
「お前が——」
グラムが少しだけ——
間を置く。
「ずっと一人で抱えてるから」
その言葉に——
ゼルヴァは何も言わない。
反論しない。
否定しない。
ただ——
前を向く。
月が——
また出る。
光が戻る。
「……いつか」
小さく言う。
「話す」
「約束か」
「約束じゃない」
「じゃあなんだ」
少しだけ——
間。
「……予告だ」
グラムが——
低く笑う。
「いいじゃないか」
「うるさい」
「素直じゃないな」
「お前ほどじゃない」
「俺は素直だぞ」
「うるさい」
また——
静かになる。
でも今度は——
さっきまでと違う静けさ。
二人が——
同じ空気を共有している。
その沈黙。
「……グラム」
ゼルヴァが——
珍しく。
自分から名前を呼んだ。
「なに」
「お前は——なぜリオに従う」
「従ってない」
「自分で選んでいる」
「同じだろ」
「違う」
「どこが」
ゼルヴァが——
少しだけ考えてから。
「従うのは——外から来る」
「自分で選ぶのは——内から来る」
グラムは——
その言葉を聞いて。
「……お前」
低く言う。
「たまに——いいこと言うな」
「たまにじゃない」
「いつも言ってる」
「聞いてないだけだ」
グラムが笑う。
大きく。
その笑いが——
森に響く。
ゼルヴァは——
何も言わない。
でも——
その目が。
ほんのわずかに——
和らいだ。
月明かりの中で。
二人は——
しばらく並んでいた。
答えはまだ出ない。
でも——
問いは——
確かにそこにある。
「いつか話す」という予告が——
静かに——
置かれたまま。




