55.おうち
「あのう、薬師ギルドで提携してる宿屋などはありませんか? いまちょっと住むところが無くて……」
ちょうどいい機会だから、シニヨンお姉さんに聞いてみた。
おや? お姉さんが、目を剥いて驚いてるよ? 信じられないものを見るような……。
……聞き方が悪かったかな? なんだか浮浪児みたいな言い方になってしまったかも。
ちょうどいい宿屋が見つからないって意味なんだけど。今の稼ぎで泊まれるところで、キッチン付きの宿ってなかなか無いんだ。
キッチン付きは外せないね。ミミレちゃんの食堂も活気が戻ってきて、そろそろ調理場をお借りするのも遠慮したほうがいいだろう。
魔道具のコンロを買うって手もあるけど、冒険者兼業だからね。持ち歩くには大きすぎるんだ。
そんなことを説明したら、シニヨンお姉さんはガバっと頭を下げた。
「気が回らずに申し訳ございません。たいていの三級薬師の方は、すでにご自分の作業場を確保しているので……」
わわっ! お姉さんに責任は無いよ。
詳しく聞いてみると、どうやら薬師ギルド内にも作業場が備わってるそうだ。だけどそれは、見習いの六級薬師や駆け出しの五級薬師たちに限定して貸し出しているみたい。まだまだ稼ぐことの難しい立場だからね。
つまり四級薬師に上がったら、ギルドの作業場が借りられなくなる。だからたいていの薬師は、その時点で自分の作業場を探すようになるんだって。
私の場合、始めから四級薬師だったから、のほほんと宿のキッチンで作業してたんだよね。
作業場については、シニヨンお姉さんがなんとか探して、手配してくれることになったよ。でも宿の方は薬師ギルドでは難しいみたい。
「薬師ギルドで宿泊施設をご案内することは致しかねます。ですがユリシィ様でしたら、ご自分の持ち家を購入されることを検討なさってはいかがでしょうか?」
……………………えっ?
家を買うの? 私がっ!?
そんなこと、考えたこともなかったけど。家なんてそんな簡単に買えるのかな。
すっごくお金がかかるんでしょ? そんなに持ってないよ。
「『ウィル・スモッグの粉末』の査定次第ですが、少なくとも頭金以上にはなるはずですよ」
あれってそんなにするんだ! なるほど、じゃあちょっと考えてみようかなあ。
「バーゲイン様の商会でも不動産の取り扱いはございますので、お尋ねしてみてはどうでしょう」
***
色々教えてくれたシニヨンお姉さんにお礼を言って、薬師ギルドを後にした。
ちょうどモラリちゃんの授業があるから、その時に商会長さんに相談してみよう。
……ふぉおお。今まで考えてもみなかったことが、急に現実味を帯びてきて、なんだかドキドキするよ。
私だけの、専用のおうちかあ。いいなあ。
どんなのがいいかな。
まず、薬師の作業場でしょ。キッチンに、お風呂もあるといいな。
ちっちゃいお庭があって、薬草とか野菜とか育ててみようかな。
ポーションのお店屋さんにするのもありかも。
うーん、でも冒険者もやるから、休みがちになるよね……。お店だと、ずっと家にいなきゃなんないし。
そう考えたら、面倒そうだな。ポーションは売るより作るほうがいいや。売るのは道具屋のヒゲおじさんに任せよう!
あまり大きい家じゃなくていいよね。掃除が大変だし。
こじんまりとした、長閑なところがいいな。
とすると、場所はどこがいいだろう。
北区はそもそも場違いだし、南区や東区は騒がしいよ。となると西区か。
あとは東区の、大通りから北側は静かで治安も落ち着いてる。教会のあるあたりだね。穏やかに暮らすならいいかも? でも冒険者ギルドからは遠いんだよね。
冒険者ギルドは西区の南寄りなんだ。薬師ギルドは西区の北寄り。
バーゲイン商会長さんのお宅は北区の西寄りで、ミミレちゃんの定食屋は南区の西寄り。
ドワーフ姉さんの武器屋や、ヒゲおじさんの道具屋も西区。
私がよく行くところを考えたら、やっぱり西区も捨てがたいね。
いろいろ考えてたら楽しくなって、ずっとそのことばかり考えてる。
もう気分は新しいおうちに住んでる気持ちだよ。そんなふうにウキウキしてたけど、実際に家を買うのはもっとずっと先の話だ。
そのことに気付いたときには、もう夕暮れだった。
…………あ。
家を買うどころか、今日の宿すら決まってないじゃん。
仕方ないから冒険者ギルドの宿泊施設に戻ってきた。
もう襲われる心配がないってことは、オバちゃんも知ってるようだ。今日はおとなしく800ペネ払って、一階の大部屋に泊まったよ。
いつものスペースで、私の新しいおうちを思い浮かべながら、おやすみなさーい。




