49.ピンチ!
この広場の方へ、追跡者がまもなくやってくるだろう。
短剣を使うわけには行かないし、スリングショットの弾を拾い集めてたら間に合わない。
――こういうときのために、考えていた秘策がある。
あの動きはもう何度も見た。真似できるはずだ。
カバンを下ろして息を潜める。タイミングを見計らって――。この広場の入口、相手の顔が見える前に……魔法を発動!
思い描くのは――出会い頭にいきなり飛び蹴りしてくる好戦的なアイツ、蹴りうさぎだ!
これなら相手を痛がらせるだけで大怪我を負わせることはない! えいやああっ!
魔法ジャンプで相手の顔面めがけて飛び蹴りだ!
「うおおっ、魔法を使いやがったと思ったら、クソ!」
蹴りが相手の顔面に入った、と思ったがその前に、相手は両腕をクロスさせてガードしていた!
だけど魔法で勢いがついていたおかげで相手をふっ飛ばした! 倒れはしなかったものの、よろめかせることはできた。
その隙にカバンを拾って逃げようとしたけれど、うわっ、投げナイフ!
当てる気は無かったようで、ナイフは壁に刺さった。だけど立ち止まってしまったので、逃げる機会を失ったよ!
「クソ! 見かけによらず好戦的なガキだな!」
蹴りうさぎを真似たからね。私が好戦的なわけじゃないよ。
おっと、相手の姿がやっと見えたと思ったら……あっ、この人、ここに来る乗合馬車の、御者さんじゃないか! あいさつしたから覚えてるよ。
「何で、御者さんがダンジョンに入ってきてるのさ?」
御者さんは人の良さそうな細目で、やや小太りのオジサンだ。ただの一般人に見えて……身のこなしは普通じゃない。
街から離れたから大丈夫と思ってたけど、御者さんに扮して追ってきたのか!
「ちっ、他の奴らみたいにすぐダンジョンへ行けばよかったものを。余計なあいさつなんかしてきやがって。顔を見られたからには、放っておくわけにいかなくなったってことだ!」
顔を見られてまずいってことは、後ろ暗いお仕事をしてる人なんだ。
目的は何? あの粉? それともお金? 聞いても教えてくれないんだろうね。
うわ! 考え事をしていたら足元に投げナイフが突き刺さった!
「大人しく俺についてこい。殺されたくなかったらな!」
行くわけないじゃん! 何されるかわからないのに!
だけど、今の投げナイフはわざと外したんだろう。次は……当てられちゃう!
相手は魔法の発動も読み取れるみたいだ。脚力強化でも避けられるかどうかわからない。
スリングショットも、短剣も使えない……。
あ……これ、八方塞がりだ。
逃げ道もない。すごく……ピンチなのかも。
まずいよ……。
どうしようもない状況に、めまいがしそうだ。
ドキドキと心臓が鳴って、うるさい……。
「大人しく従う気はないってか。だったら……」
御者さん……いや襲撃者が襲いかかってくる!
懐から手を出したと思ったら、ナイフが飛んできた――避けられない!
……………………。
あれ?
身構えてたけど、ナイフは一向に飛んでこない……?
ナイフは――私と襲撃者の中間で、ピタリと空中に止まって浮かんでるよ!?
「なんだ、こりゃあ! 何しやがった!?」
襲撃者が叫んでるけど、私じゃないよ? 知らない! 何が起きたの?
止まったナイフはすぐに、ぽとんと真下に落ちた。
ナイフが止まってなかったら、ちょうど私の脇腹のあたりに命中していたはずだ。助かった……けど。一体……?
あたりを見回してたら、この広場に声が響き渡った。
「この領域は、刻を統べる管理者たる私の支配下に置かせてもらったわ」
支配下? あれ……動けない!? 襲撃者も動けないようで、身じろぎしているけれど……。
コツ……コツ……と。通路の方から、謎の声とともに歩いてくる人影。誰だ? 敵か、味方か?
「いにしえの盟約に従い、危殆に瀕した癒やしの小戦士の元へ、救済に訪れたわ」
黒い……人。
黒いとんがり帽子に黒いローブ。曲がりくねった黒い杖。……く。
「黒のお姉さん!!」
わ、わ、わ! 黒のお姉さんだ! ピンチの時にさっそうと登場! かっこよすぎる!
「ぐっ……なんだこの、変な女は! おい、この妙な術を止めろ!」
じりじりともがく襲撃者を通り越して、私の元に来た黒のお姉さん。ぽん、と私の肩を叩いた。あっ、動けるよ!
「約束通り、あなたが困ってるみたいだから来たわ。これが私の、真の力よ」
よく見ると、あの左目の眼帯を外してる……左右の目の色が違う! なんかすごい!
黒のお姉さんは右手を襲撃者へ向けて、詠唱を始めた。
「憫然たる簒奪者より、原初の制約を以てその挙動を繋縛せよ――咎人の拘束!」
何か魔法を放ったのか、襲撃者は身構えたが――何も起こらない。
黒のお姉さんは、黒いカバンの中から黒いロープを取り出して……そのまま襲撃者を縛り上げた! えっ、それも魔法? 普通に縛ってるように見えるけど……?
「まあ……何もかも、魔法でできるってわけじゃ、ないのよ」
いそいそと眼帯を付け直しながら恥ずかしそうにしてるお姉さん。うん、何でも魔法に頼っちゃだめだよね。ある程度は自分でやらないとね。
襲撃者に猿轡を噛ませながら身体を探ると、出るわ出るわナイフなどの暗器に毒薬、変な丸い玉、解錠の道具などなど。お姉さんが取り上げて、ぽいぽいっと捨てていく。
お姉さんは襲撃者を見下ろして問い詰めた。
「おまえ、盗賊ギルドの人間ね?」
盗賊ギルド! そんなギルドもあるの!?
襲撃者は縛られたまま、ジタバタと暴れ出した。さっきの支配下ってやつが終わったのかな? そうか、お姉さんの真の力が、眼帯をつけてふたたび封印されたんだ!
「騒がしいわね……混沌の妖精よ、咎人へ深遠なる永遠の眠りに誘え――妖魔の誘眠!」
また魔法だ! お姉さんは曲がりくねった黒い杖を襲撃者に向けて……思いっきり振りかぶった! ガツン!
頭頂部に強烈な一撃を食らった襲撃者は、気を失って静かになったよ。
それにしても、盗賊ギルド? とやらの人が、何で私をつけ狙っていたんだろう。
黒のお姉さんは襲撃者の懐から、ようやく目当てのものを探り当てたのか、一枚の紙を持って立ち上がった。
どれどれと隣から覗き込んで、それを見た。……これは、依頼書?
盗賊ギルドの様式だから冒険者ギルドのものとは少し違うけれど、これは誰かがこの襲撃者へ依頼したという、証拠だ。
これを見れば、誰が私をつけ回す指示を出したのかが、わかる!




