43.ウィル・スモッグ
健康ポーションを一瓶飲み終えた商会長さんは、静かに息をついて、瓶をテーブルに置いた。
効果は……どうだろう?
皆が見守る中、最初に反応したのは、モラリちゃんだ。
「お父様!」
商会長さんの顔色がどんどん悪くなっていって、喉を押さえて苦しみだしたのだ!
モラリちゃんと執事さんが駆け寄って、商会長さんを支えたり背中を撫でたりしている。
あ、あれ? なんでこんなことに?
モラリちゃんが、キッ、と私を涙目で睨んでくる。執事さんが他のメイドさんに、水を汲んでくるよう指示したりと、慌ただしくなってきた。
「お、おいお前さん、こいつぁ、まずいんじゃないのか?」
サブマスもおろおろしてる。でかい図体でおたおたされると、こっちまで落ち着きがなくなっちゃうよ!
でもこのポーションに、苦しくなったり悪化したりする成分は入ってないはず。それは間違いない。
皆が慌てる中、ひとり落ち着いていたのがシニヨンお姉さんだ。
「商会長様。慌てず、仰向けになって下さい。そのまま逆らわす、喉を上に向けて、口を大きく開けて!」
お姉さんの指示に、商会長さんは苦しみながらも言う通りにする。
ハッ、ハッ! と荒い呼吸を繰り返す商会長さん。その口から、なんだろう? 紫色のものが見えてるような?
メイドさんが水を持ってきたけれど、それを商会長さんに渡す前にお姉さんに止められた。
――コポリ。
商会長さんの口の中から何かが出てきた! ……煙?
紫色っぽい煙がもわもわと、商会長さんの口から出てくるよ!?
「やはり……これは」
「おい、薬師ギルドさん、下がれ!」
お姉さんとサブマスは、煙の正体を知っているようだ。お姉さんが下がるのと交代して、サブマスが前に出る。
紫色の煙は宙に浮いている。完全に商会長さんの体から出切ったみたい。
商会長さんは大量の汗をかいているけれど、無事なようだ。呼吸も落ち着いてきて、もう苦しんではいないよ。
サブマスが右手に魔力を込めて、煙にパンチを放つ!
さすがサブマス、するどい拳……だけど煙はわずかに散らばるものの、すぐにもとに戻った。
そのままゆらゆらと近くの誰かに寄っていく。それをサブマスが拳で牽制して遠ざける。
あれは一体何なの? シニヨンお姉さんをちらと見る。
「あれは、未病の人に取り憑いて苦しめる魔物、ウィル・スモッグです」
魔物なの!? 商会長さんは魔物に取り憑かれてたんだ!
驚いてると、サブマスが意味ありげな視線を送ってくる。……あそっか、サブマスの拳が効かないってことは、物理無効の魔物!
私はすごい短剣を抜いてウィル・スモッグの前に飛び出した。
んー、ホントにサブマスは倒せなかったの? なんかニヤニヤと私が戦うのを見てるけど?
まあいいや。――ちょいや! と短剣を振り下ろすと、煙は散ったまま元に戻らず、粉状になってそのまま床に落ちた。倒せたみたい。
商会長さんは大丈夫かな? と確認したら、落ち着いて手ぬぐいで汗を拭っていた。なんだか晴れ晴れとした顔だね。
「ふむ。体調が良くなってきたぞ。問題はこの状態が続くかどうかだが……」
これまではポーションで体調が良くなっても、しばらくすれば不調に戻っていたそうだね。それは商会長さんが休まずに働き続けていたのと、さっきのウィル・スモッグのせいだろう。
「ウィル・スモッグは健康な人には取り憑きません。商会長様、どうかお体を大切になさって下さいませ」
お姉さんの言う通りだよ! これからはちゃんと休んでよね。
モラリちゃんは、体調が回復した商会長さんを見て安心したのか、私を睨んだことを思い出して居心地悪そうにしてる。全然気にしてないよ。
商会長さんが水を飲んで体を起こしたので、周囲は落ち着きを取り戻してきた。
サブマスは空になった瓶を眺めて、うんうん頷いている。
「そうか、ポーションで商会長さんが健康になったから、あわててウィル・スモッグが飛び出してきたってことだな」
しれっと納得してゴキゲンだけれど、この人たぶん、私を試したよね。
私がゴーストとか倒した記録も見てるだろうから、ウィル・スモッグも倒せると踏んだんだろう。
どうやって倒すか見てやろう、って魂胆だろうね。ずるい大人!
でもまあ今回は、シニヨンお姉さんも知ってるような魔物だし、変なモンハンター扱いはされないよね。
メイドさんが床に散らばった粉を掃除しようとすると、シニヨンお姉さんが慌てて遮って、大きめの瓶を取り出した。
床に散らばった粉末を、あの冷静なお姉さんが、なんと、這いつくばってかき集めだしたよ!?
「ユリシィ様、どうか、どうかこの『ウィル・スモッグの粉末』を薬師ギルドにお納めください!」
ほえ? うーん、別にいいけど……。
「ちょーっと待ったあ! そいつぁ聞き捨てならないな、薬師ギルドさんよお?」
あれっ? サブマスが割り込んできたよ?
「ウィル・スモッグを倒したのはウチの冒険者だ。となれば当然、冒険者ギルドに納めるのが筋だよなあ?」
「は? 今回の問題を解決したのは、当方のギルド員であるユリシィ様の、健康ポーションです。受け取る権利は薬師ギルドにありますが?」
サブマスとシニヨンお姉さんが、なんかバチバチ睨み合ってるよ……。
「あん?」
「はあ?」
ひええ、えらいことになっちゃった!




