39.第三区画
ごくり……。第二区画の奥のはじっこまで来たよ。
ここを越えれば、とうとう第三区画だ。
区画の境目に、特に何かがあるわけじゃない。普通に歩いていくと、いつのまにか区画が変わってた、って感覚だよ。
どこで切り替わったかは、明確にはわからない。数歩歩いて――ここはもう第三区画だ。
空気の質が、まず変わった。濁ったような重たいような……。
うっすらと瘴気が漂ってるんだ。それによって魔物も凶悪化して、危険が増す。そのかわりに植物の生育も活発だ。木々がより高くなって、薄暗さも一段上がったよう。
うう……思ってたより怖いな。第三区画に踏み入ったのは、これが初めてだよ。
探知を切らさず、短剣も構えて、いつでも脚力強化を発動して逃げられるように……。
ゆっくりと、第三区画を進んでいく。
以前倒したもりもりディアーは、第四区画の魔物だ。だからここの魔物は、一応それよりは格下になる。
つまり絶対倒せない、ってわけじゃない、けど。
もりもりディアーを倒せたのは、運が良かったからだ。あの時より経験も手数も増えたけど、まともにやったら今でも敵う相手じゃない。
ここでの戦闘も避けるべきだろう。さっさとキエンメ草を見つけて、こんなところはとんずらだ。
とはいえ、第三区画は薬師にとって、お宝の山だよ。珍しいハーブがあちこちにあるんだ。のんきに採取なんてしてられないけどね。
それに実はもう、第三区画の魔物はそこらへんにたくさんいるんだ。ただ、彼らから襲ってくることはない。
ここにいる魔物は、樹木の魔物、トレントだ。
言ってみれば、彼らは森のおまわりさんなんだ。温厚な性格で、ふつうに歩いてる分には見逃してくれるよ。
だけど森の恵みを乱獲したり、火をおこしたりすると怒って襲いかかってくる。暗くても松明も使えない。
どうしても欲しいハーブだけ、ちょこっともらう程度にとどめておこう。
そそくさと貴重ハーブをくすねてたら、とうとうキエンメ草の手がかりっぽいものを見つけたよ。
瘴気がやや濃くなって、茂みを覆っていたんだ。この現象はキエンメ草が育つ条件に合致してる。
これは、瘴気が植物の成長を脅かそうとして、茎や葉へダメージを与えて弱らせているんだ。
だけどそれに耐えきった植物は、逆に強くなって、キエンメ草に進化するんだよ。
だからといって慌てて採取するのはだめだよ。タイミングがあるんだ。
じっくり見極める必要があるから、集中して……。
トントン。
ん、誰かが私の肩を叩いてるよ? ちょっと後にしてね。いま大事なところだから。
トントン。
んーもう、後にしてってば! しっしっ。
集中してるところなんだから、肩を叩く誰かを片手で追い払ったよ。全くもう……。
……………………。
……………………誰っ!?
慌てて振り返ったら、木の枝がするする伸びてきて、私の体に巻き付こうとしていた!
木の枝!? えっ、トレントを怒らせちゃった!?
慌てて短剣で追い払おうとしたら、スパッと木の枝が切れちゃった。……まずい! トレントを倒した!?
トレントに攻撃したら、その仲間から反感を買っちゃうよ!
急いで数歩下がって距離を取る。落ち着いて、状況を観察してよう。
さっき斬りつけた枝は落ちたけど、トレント本体は倒してないみたい。触手みたいなもので、本体じゃないから倒せなかったのかな?
襲ってきたトレントは……周囲のトレントと違って、浅黒い樹皮をしてる。それに腐ったような匂い!
うわっ珍しい! こいつは――いたずらトレントだ!
いたずらトレントは、例えるなら、わるいおまわりさんだ。
森の規律を守る存在であることに驕り高ぶってしまって、悪堕ちしたトレントだね。
こいつはもう理性が無くなって、誰彼構わず襲ってくるんだ。当然仲間のトレントからも見放されてる。
だからこいつに攻撃しても、他のトレントから怒られることはないよ。
いたずらトレントは枝を斬り落とされたことも気にせず、次の触手を伸ばして攻撃してきた!
ここで逃げたら、せっかくキエンメ草が採れそうなのに、諦めることになっちゃうよ。
やむを得ず、私はいたずらトレントと戦う覚悟を決めた。




