35.バーゲイン商会
この依頼は断っても問題ない、みたいだけど、三級に上がりたてで断りづらいよね。
蹴りうさぎの討伐と被るけど、そっちは特に期限があるわけじゃないから大丈夫だよ。というわけで、一応話を聞いてみた。
なんでも、薬師ギルドと大きな取引のある商会から、三級以上の薬師を一人、派遣してほしいいんだって。
一級の人と二級の人はずっと忙しくて行けないみたい。三級薬師から誰かとなって、私に白羽の矢が立ったということらしいよ。
上がったばかりの三級の私でいいのかな? 大きな商会なんでしょ?
「当ギルドにおいて、ユリシィ様が最適と判断しました」
嬉しいけど、ホントかなあ。でもキリッとしたお姉さんに言われると、信じちゃうね。
そんなこと言われたら、受けるしかないよ。
詳しい話は直接、商会長さんに聞いてほしいんだって。というわけで、紹介状をもらって商会長さんのお宅に行くことになったよ。
***
依頼主はこの街で一、ニを争う大きな商会である、バーゲイン商会。
その商会長さんのお宅がある、北区にやって来た。
このあたりは富裕層の人たちが住んでるから、薬師兼冒険者の小娘は場違いだよ。
ここだ。地図通りに歩いていくと、大きなお屋敷の前に出た。すごいね。薬師ギルドの建物と同じくらい大きいし、お庭もある。
門のベルを鳴らすと、しばらくして執事さんっぽい人が出てきた。胡散臭い小娘は追い返されるかな?
薬師ギルドから先触れが来てるはずだし、大丈夫だよね。
「お待ちしておりました。こちらへ」
ほー。小娘だと馬鹿にした視線を向けなかった。この執事さん、やるね。
初老の白髪交じりのオジサンだけど、背筋がピンとしてて真っすぐ立ってる。紹介状と三級薬師のプレートを確認すると、私を屋敷内へ案内してくれた。
応接室っぽいところで待つように言われたので、ソファに座ってみた。
わわ、沈み込んじゃう! 面白いけど、立ち上がるのに苦労しそうだ。
このソファも、家具や、壁に掛かってる絵画も、すごく高価そうだね。キョロキョロしてたら執事さんが戻ってきたよ。もう一人いるみたい。
「待たせたな、私が依頼を出した商会長だ」
杖をついてたのでおじいさんかなって思ったけど、よく見たら若い。40手前くらい?
やり手の商会長って風格だけど、どこか顔色が悪いね。
慌ててソファから立ち上がろうとして、わたわたしてしまったよ。
ペコリとお辞儀をして、三級薬師のプレートと一緒に自己紹介したら、商会長さんはじっと私を見定めてる。
うう……居心地悪いよう。
「かけたまえ。これでも様々な人間を見てきた。小娘だからと侮ることはないよ」
わわ、頭の中を見透かされてるみたい。さすがに百戦錬磨の商会長さんだね。
ただかなりお疲れの様子で、依頼の説明は執事さんがするみたい。
執事さんの話によると、商会長さんは原因不明の不調がずっと続いているらしい。
軽い頭痛や胃痛、疲れやすく、肩こりや不眠なども、ここ何年も続いているとか。
「これまで様々な医者に診ていただいたり、複数のポーションを試したりしました。それで一時的には回復するのですが、しばらくするとまた不調に戻るのです」
執事さんも、もう打つ手が無くてほとほと困り果てた様子だ。
そのお医者さんたちは何て言ってるのかな?
「医者たちはとくに悪い箇所は無い、と。しばらく安静にしていれば治ると、どの方もおっしゃいました」
「しばらく安静にしてたの?」
執事さんはため息をつきつつ首を振った。……じゃあそれが原因じゃん。
「医者はどこも悪くないって言っているのだろう? だったら休んでなどおられん!」
そりゃ商会長さんってくらいだから忙しいんだろうけどさ。休むときは休まなきゃ。
それで私は何をしたらいいんだろう。
「旦那様は不調を押して働こうとするのです。ポーション等で体を誤魔化しながら……。ですがもう普通のポーションでは効き目がなく、もっと上質なポーションを仕入れろ、とおっしゃられて、薬師様をお呼び致した次第でございます」
「いや休んで下さい」
だめでしょ。効き目がなくなったからもっと効くポーションを、って。際限がないよ。
「こうしてる間にも、セイルウ商会の奴らが販路を広げているんだ! 私は従業員たちの生活を背負っている。健康なのに休むわけにはいかないのだ……」
セイルウ商会って、確かバーゲイン商会のライバルだよね。この街の一、ニを争うもう一つの大商会。
ライバルとの競争中だから無茶しなきゃ、ってことね。うーん。
「話を聞く限り、私の見立てですが、商会長さんは“未病”状態にあると思われます」
商会長さんも執事さんも、未病? なんだそれは? って顔してるね。
人の身体って、健康と病気がスイッチみたいにぽちっと切り替わるわけじゃないんだよ。
健康と病気が徐々に切り替わっていく段階。病気ではないけど、健康というわけでもない。それが未病。
この段階で早めに安静にしたり休息をとることで、人は病を防ぐことができるんだ。でも商会長さんみたいに忙しい人は、つい無理をしちゃって、いつしか取り返しのつかないことになってしまうんだよ。
「その未病とやらを、働きながら治すことはできないのか?」
また無茶を言ってくるね。でもまあ師匠のおばあちゃんほどの薬師なら、そういう人の事情も考慮するからさ。あるっちゃあ、あるんだよねー。
おばあちゃんが開発した『健康ポーション』。作り方は頭の中にある。
でも作ったこともなければ、素材もない。ミミレちゃんちの調理場では火力が足りない。そう説明したんだけど……。
「素材ならなんとかしよう。作業場は、この屋敷に薬師用の作業場があるから使いなさい」
えっ、商会長さんの家なのに、薬師の作業場があるの?
「モラリ、薬師どのを案内して差し上げなさい」
商会長さんがそう言うと、応接室に女の子が入ってきた。私よりちっこい、10歳か11歳くらいの女の子だけど、スカートをつまんできれいにお辞儀した。
「はじめまして薬師様。バーゲイン家長女、モラリと申します」
私よりすごくしっかりした女の子だ!




