26.物理無効
壁を通り抜けてきた魔物、ゴーストは、人間の成人女性くらいの身長で、全身を白い布で覆われている。
床からは浮いていて、ゆっくりとこちらに向かってくるよ。
全体がうっすら透けていて、存在感がすごく薄い。だけど危険な予感がびんびんする。
顔の部分は、布の向こう側に、嘆いている表情の影が見えるようで怖いよ。
ははーん。村のおじさんたちが言葉を濁していた理由が、これか。さてはオバケが怖い、なんて恥ずかしくて言えなかったんだね。
四体いるけど、あっ、一体がヤーナさんの方へむかっていく! この場合は……確か試験官は石ころと同じ扱いだから、放っておいていいはずだ。
残りの三体が私をターゲットにして寄ってくる。左手の松明を前に出して牽制すると、少し嫌がる様子を見せた。
だけどこんなのは一時しのぎにしかならないよ。オバケたちは回り込んで寄ってこようとしてくる。
ヤーナさんの方をちらっと確認すると、両手剣を振り下ろすところだった。
速いっ! 剣筋が全く見えない。
あんなに大きな両手剣を軽々と振るうなんて、さすが神速の剣姫だ! だけど……相手のゴーストは健在だ。
ゴーストは実体がないから物理攻撃が効かないんだ! 短剣や両手剣を使う私たちとは相性が悪いよ!
ヤーナさんが一体倒してくれるならラッキーと思ったけど、そう上手くはいかないね。でも一体引き付けてくれるだけでも助かってるよ。
こっちは三体相手してるけど、松明で牽制して遠ざけるのもニ体が限界だ。残りの一体が襲ってくる。
苦し紛れに短剣を振り回して迎え撃つけど、ゴーストは物理無効だから効かない…………あれっ? 当てたら倒せちゃったよ?
特殊効果のおかげ? でもヤーナさんの両手剣も特殊効果があるはずだ。んー?
あっそうか。ヤーナさんの剣は割合数値だから、与えたダメージに掛け算する。ゼロダメージの割合も、ゼロだ。
けど、私の短剣は固定数値。
攻撃で与えたダメージに関係なく、固定の追加ダメージが発生する。だからたとえ元のダメージがゼロでも、相手に追加ダメージを与えることができるんだ!
「気付いたようだね。それが固定数値のメリットさ」
ヤーナさんは両手剣でゴーストをあしらってるけど、最初から倒す気なんか無かったんだな。本当はゴースト程度、他の手段で倒せるんだろうけど、試験だから私が倒さなくちゃいけないからね。
そうと分かればもう怖くないよ。武器が通じるならフワフワ浮いてるだけの遅いゴーストなんて楽勝だ。残りのニ体もえいっ、とうっ。やっつけた!
すごい……すごいすごい! この短剣がこんなにすごいなんて。これがあればもう無敵なんじゃない!?
残りはヤーナさんが相手してる一体……だけど、こちらが軽々ゴーストを倒してるのを見て、なんと、逃げ出しやがった! しかも床をすり抜けて下に!
冗談じゃない、ストーンランクの試験がかかってるんだ。取り逃がしてたまるか!
慌てて大部屋を出て下へ向かう階段へ走っていく。
一段飛ばしで階段を降りようと、して。
――なぜか、受付のお姉さんの顔が頭に浮かんだ。
デンジー廃鉱山ダンジョンから戻った時の、泣き顔。
急激に成長した冒険者が無茶をして大怪我をするんだ、と嘆いていたサブマス。
思い出せ。この依頼は、討伐じゃない、調査だ。無理して倒す必要はないんだ。
この試験で試されているのは、たぶん魔物を倒す戦闘能力じゃ、ない。おそらくは……自重できるか、だ。
階段へ踏み出すのを止め、後ろから追ってきたヤーナさんを振り返る。彼女は、優しく頷いてくれた。
一歩でもこの階段を降りていたら、試験は失格になっていたかもしれないな。
倒せると思って慌てて追いかけた先に、もっと手強い魔物がいるかも知れない。トラップを見落とすかもしれない。
進む先に、危険が満ちているから、冒険者なんだ。




