11.もりもりディアー
角ムカデのツノをカバンにしまって立ち上がったときに、しまった、と気付いた。
何か、ヤバいのにロックオンされてる……。
背後にちらと目を向けると、そこには四本脚の動物らしきものがいた。大きくて威圧感がある。すぐに襲ってきそうな気配はない。だけどこちらを強烈に警戒しているみたい。
どうする? 武器を構えたら襲ってくるかも。
すぐに短剣を抜けるように柄に手を添えて、じりじりと、立ち位置を調整する。
相手に対して半身になり、右肩越しに敵の全身を捉えた。
な、何で!? あいつは――第四区画に生息しているはずの……もりもりディアーだ!
もりもりディアーは、大型の鹿の魔物だ。
名前の由来は、筋肉もりもりで強靭なパワーを持っているということと、森を守る、という二つの意味から来ている。
間違ってもウッドランク冒険者が戦っていい相手じゃない。
あの分厚い筋肉もこの短剣なら斬れるだろうけど、問題はあの凶悪な角だ。枝分かれして広がっている角のせいで、短剣が相手の体まで届かないんだ。
まったく勝てるイメージが湧かない!
ん? 角があるっていうことは、オスだよね。……あっ、今は繁殖期なんだ! メスを求めて行動範囲が広がるから区画を跨いでくることもある、って聞いたような気がする。
ついてないよ! こんな浅いところまで来るなんて、めったにないだろうに!
草食だから、私を食べようなんてしてないと思うけど。じゃあ何で私を警戒してるの?
ああ、そうか。あいつ――見つけたな?
私がこの森に来た目的の、イシイオ草。それは人間だけじゃなくて、動物や魔物も大好物だ。
数が少ないから、発見されたら、詰まるところ奪い合いになる。
メスを求めてうろついてたところに、ごちそうを見つけて独り占めしようって魂胆か。おそらくイシイオ草はあの鹿の向こう側にあるんだろう。
このまま立ち去れば見逃してくれるかもしれないけれど、それじゃあ、せっかくミミレちゃんが指名依頼してくれたのに、依頼失敗になる。
どうにか回り込んで向こうに行けないかと、すり足で横移動してみる。――だめだ、余計に警戒を強められた。
鹿のヤツは姿勢を低くして、今にも飛びかかってこようとしている。
ええい、戦ってやる! イシイオ草を持って帰るんだ!
私は木々の密度の高い方へ走り出した。もりもりディアーはそれを見て、すごい勢いで追ってきたよ!
思ってたより速い!
追いつかれないように木々をジグザグに避けて走ってるけれど、敵も大きな体を俊敏に動かして、器用にも木々の間をすり抜けてくる!
ひときわ太い樹木を見つけて、その裏に回り込んで一息つこうとした。その樹木にヤツが体当たりしたら、なんとバキバキって折れちゃったんだよ。ひええ、なんてパワーだよ!
もう一度ジグザグに走り出した。鹿は折れた樹木を飛び越えて追ってくる。
私だって闇雲に逃げてるわけじゃないよ。もう少し――もう少し。
ここ!
目的の地点に到達したとき、私は思い切って地面に伏せた。
もりもりディアーは私が倒れたと思って、飛びかかってくる!
その直前、私の頭の上を何かが通り過ぎたんだ!
ものすごい勢いでもりもりディアーに跳んでいって、凄まじい蹴りを放ったのは――。
そう。出会い頭にいきなり飛び蹴りしてくる好戦的なアイツ、蹴りうさぎだ!
蹴りは見事、顔面に命中! もりもりディアーは脚を止めて痛がっている! チャンスだ!
蹴りうさぎは蹴った相手を見て、驚いて逃げていったよ。
私は素早く起き上がって、もりもりディアーの側面に回り込んで、トゥヤー!! 短剣を振り下ろした!
さすがはすごい短剣! あの筋肉をものともせずに断ち切って仕留めたんだ。
ふう、はあ。疲れたー!
だけどしゃがみ込んでる場合じゃない。そこらに生えてる匂い消しの効果のある草をかき集めて、鹿の切断面に撒いた。血の匂いで他の獣や魔物が寄ってくるからね。
ああ怖かった! 戦ってる時は興奮してあんなことしちゃったけど、もう一度やれって言われてもお断りだよ。ちょっと無茶しすぎたかな。
さてと。もりもりディアーの角なんてすごい高価だろうし、持って帰ろう!
お肉は……筋肉ガチガチで硬そう。いらないや。
苦労したけどどうにか角を剥ぎ取って、最初にもりもりディアーと出会った場所に戻ってきた。
ヤツが守ろうとしていた、この辺り。少し進んだところに――。
あったよ、イシイオ草!




