scene5 魔王の声 ― 隠しルートの開示
神殿最深部。
そこは、空間と呼ぶにはあまりに歪んでいた。
床も壁も天井も、すべてが巨大な魔導陣の一部として溶け合い、
中心には――魔力そのものが渦を巻いている。
音はない。
だが、圧がある。
呼吸をするだけで、肺の奥がきしむ。
「……ここが、中枢か」
誰かが呟いた瞬間だった。
魔力の渦が、ゆっくりと形を取る。
人型。
だが、完全な人ではない。
輪郭は曖昧で、
肉体というより「概念」が立ち上がったような存在。
その姿を見た瞬間、
騎士たちが一斉に武器を構える。
レオンも剣を抜いた。
だが――
ヴィオレッタだけは、息を呑んでいた。
(……いる)
(本当に、来た)
そして。
魔王は、口を開いた。
「――ようやく、辿り着いたか」
低く、静かな声。
威圧も、憎悪もない。
まるで、待っていたかのような口調。
騎士団の空気が張り詰める。
魔王は、彼らを見渡すように首を巡らせ――
そして、言葉を続けた。
「世界が、歪みすぎた結果だ」
「私は“罰”でも、“悪”でもない」
その瞬間。
ヴィオレッタの背中に、冷たいものが走った。
(……来る)
魔王の声が、淡々と響く。
「均衡を取り戻すために、ここにいる」
――完全一致。
言葉の区切り。
抑揚。
間の取り方。
(……やっぱり)
(あんた、設定通りだ)
ヴィオレッタの脳裏に、鮮明な記憶が蘇る。
暗い画面。
中央に立つ、この魔王。
画面下に表示されたテキストウィンドウ。
【世界が歪みすぎた結果だ】
【私は罰でも悪でもない】
【均衡を取り戻すために、ここにいる】
隠しルート終盤。
攻略情報でも「存在自体がネタバレ」とされたボス。
倒しても、
「勝利」にはならない存在。
(……間違いない)
(これ、ゲームのイベントそのまま)
騎士たちはざわついていた。
「何を……言っている?」
「魔王が、正義を語るだと?」
レオンは一歩前に出る。
「均衡だと?」
「そのために、人を殺し、国を滅ぼすのか」
魔王は、ゆっくりと視線を向けた。
怒りはない。
嘲りもない。
ただ、事実を述べるように言う。
「殺したのではない」
「歪みに耐えられなかっただけだ」
「世界が壊れる前に、調整している」
騎士団の中に、怒号が走る。
「ふざけるな!」
「それを、許せると思うか!」
魔王は、答えない。
その代わり――
視線が、ヴィオレッタに向いた。
一瞬。
確かに、彼女を見た。
(……え)
その感覚に、ヴィオレッタは息を詰める。
魔王は、ほんのわずかに首を傾けた。
「……お前」
「知っているな」
世界が、止まったように感じた。
(……あ)
(気づかれた)
騎士たちが一斉にヴィオレッタを見る。
「どういうことだ?」
「知っている……?」
ヴィオレッタは、喉が鳴るのを感じながら、魔王を見返した。
(この台詞も……)
(あった)
隠しルート限定。
主人公が特殊条件を満たした時のみ、
魔王が言う一言。
――【お前は、世界の外を知っている】
(……まずい)
(ここで、それを言われたら)
魔王は、静かに続ける。
「だが、今はいい」
「まだ、話す段階ではない」
ヴィオレッタの胸に、嫌な確信が落ちる。
(段階……?)
(このイベント、まだ続く)
魔王は再び全体へと向き直った。
「剣を向けるのは構わない」
「だが、理解しろ」
「私を倒しても――」
一拍。
「歪みは、止まらない」
その言葉に、
ヴィオレッタの心臓が、重く鳴った。
(……来た)
(ここからが、本当の隠しルートだ)
神殿の魔力が、さらに強く脈動する。
戦闘開始を告げるように。
だが、ヴィオレッタは知っている。
この戦いは――
ただのボス戦じゃない。
世界のルールそのものを、
どう扱うかを問われる局面だ。
彼女は、魔導銃を構えながら、静かに思った。
(さて……)
(どうやって、この“イベント”を)
(バッドエンド以外に持っていく?)




