scene3 魔王の正体 ― 「世界が生んだ例外」
神殿の最深部へと続く通路は、異様なほど静かだった。
壁を流れる魔力の光は、一定のリズムを保っている。
暴走しているわけでも、溢れているわけでもない。
――調整されている。
ヴィオレッタは、足を止めずに思考を巡らせていた。
(やっぱり……)
(この魔王は、最初から“滅ぼす存在”じゃない)
魔王。
その言葉が持つ破壊的な響きとは裏腹に、
彼女の中で像はすでに別物へと書き換わっていた。
(本質は――)
(魔力循環の、過剰補正)
この世界では、魔力は循環する。
大地から生まれ、人へ、魔法へ、そして再び還る。
だが、その流れが歪み続けた時。
自然回復が追いつかなくなった時。
世界は――自ら調整を始める。
(均衡を壊すための存在)
(……つまり)
ヴィオレッタは、唇を噛む。
(世界が生み出した“例外処理”)
破壊者ではない。
裁定者ですらない。
ただ、
歪みを強制的にリセットするための装置。
それが、魔王の正体。
乙女ゲームの設定資料を、彼女は思い出す。
表ルートでは語られなかった真実。
攻略本の隅に、ほとんど冗談のように書かれていた一文。
――魔王は、世界の魔力が一定以上歪んだ時のみ出現する。
通常ルートでは、条件未達。
だから魔王は「強敵」としてしか描かれなかった。
(でも、今回は違う)
脳内で、条件が一つずつ点灯していく。
大陸規模の魔力異常。
封印神殿の再起動。
人為的な魔力操作。
同期した魔力偏向。
(……全部、揃ってる)
隠しルートの発生条件。
一つ欠けても成立しないはずのそれが――
(完全達成)
ヴィオレッタの背筋を、冷たいものが走る。
(最悪だ……)
これは偶然じゃない。
事故でも、自然現象でもない。
(誰かが)
(“意図的に”踏みに行ってる)
隠しルートは、本来プレイヤーが探し当てるものだ。
世界の違和感に気づき、
普通なら避ける選択肢を、あえて選び続ける。
それを――
現実でやっている存在がいる。
(何を目的に?)
(魔王を復活させて、どうするつもりだ?)
ヴィオレッタは、神殿奥から感じる圧倒的な魔力に目を細める。
あれは、個としての強さじゃない。
感情も、意思も、まだ曖昧だ。
ただ、
“世界の歪み”が、形を持ち始めている。
(倒すだけじゃ、意味がない)
(魔王を消しても――)
(原因が残れば、また生まれる)
だから、この戦いは。
ボス戦じゃない。
討伐任務でもない。
(世界そのものを、正しい方向に戻す戦い)
ヴィオレッタは、深く息を吸う。
サバゲーで学んだことが、脳裏をよぎる。
撃てば勝ち、じゃない。
敵を倒せば終わり、でもない。
(勝利条件を、見誤るな)
神殿の奥で、何かが――
目覚めつつあった。
世界が生んだ例外。
仕様の隙間から現れた、調整装置。
そしてそれを、
**人の手で呼び出した“誰か”**がいる。
ヴィオレッタ・アルマリクは、確信する。
(これは、魔王討伐じゃない)
(――世界修正だ)
最深部は、もうすぐそこだった。




