scene5 語り継がれる物語 ― 英雄譚の定着
――数年後。
王国中央図書館。
高い天井の下、静寂の中で頁をめくる音だけが響いている。
一冊の分厚い歴史書。
その中ほど、装飾の少ない章に、こう記されていた。
**「魔王大戦終結の決定打は、
一人の学園令嬢が持ち込んだ
“勝利条件思考”であった。
彼女は剣を振るわず、
世界を壊さず、
戦争を終わらせた」**
その文章の横には、簡潔な注釈が添えられている。
従来の殲滅思想ではなく、
戦場を“制御対象”として捉える戦術。
後に世界各国の軍事教範に採用される。
研究者の一人が、眼鏡越しにその頁を眺めながら呟いた。
「……英雄譚というより、理論書だな」
だが、民間に広まった物語は、もう少し感情的だった。
酒場ではこう語られる。
「剣も振らずに魔王を止めたんだってさ」
「なんでも、戦場を“陣取り遊び”みたいに扱ったらしい」
子ども向けの読み物では、もっと簡略化される。
――賢い令嬢が、
――不思議な銃を手に、
――魔王を“動けなくして”世界を救った。
そして、いつの間にか定着した呼び名がある。
『サバゲーで世界を救った令嬢』
王立エルディナ学園。
かつての訓練場、今では正式な戦術演習区画。
その片隅で、ヴィオレッタは魔導銃の整備をしていた。
「……また、その呼び方ですか」
後輩が無邪気に口にした瞬間、彼女はわずかに眉をひそめる。
「英雄でも、令嬢でもないって言ってるでしょう」
「私はただ――」
少しだけ考えてから、続きを口にする。
「ルールを読んで、
勝つ方法を選んだだけです」
後輩は首を傾げるが、すぐに笑った。
「でも、その考え方が世界を変えたんですよ?」
ヴィオレッタは、ため息まじりに肩をすくめる。
(だから、そういう言い方が嫌なんだって……)
彼女にとって、あの戦いは英雄譚ではない。
一度も「世界を救おう」と思っていなかった。
ただ、
負けたら終わりで、
勝つには条件があって、
最適解がそこにあった。
それだけの話だ。
それでも――
歴史は、彼女を放っておかなかった。
剣ではなく思考で戦い、
破壊ではなく制御を選び、
誰も死なせずに戦争を終わらせた存在。
物語は、今日も語り継がれる。
本人がどれだけ、その呼び名を嫌がっていても。




