scene9 戦後 ― 世界は続く
神殿の深奥に満ちていた濁流は、いつの間にか消えていた。
荒れ狂っていた魔力は、川が本来の流路を思い出したかのように、静かに循環を再開する。
空間の歪みはほどけ、重力の違和感も、霧のように薄れていった。
――終わった。
誰かがそう呟いたわけではない。
だが、その場にいた全員が、同じ感覚を共有していた。
封印神殿は、再び沈黙している。
破壊されたのではない。
正しく“閉じられた”のだ。
魔導計測士が、震える声で報告する。
「魔力異常……完全に沈静化しています」
「再活性の兆候も、ありません」
その言葉は、戦場に遅れて届いた勝利宣言だった。
王都に戻った後、評価は雪崩のように押し寄せた。
騎士団は、前例のない戦果として記録を改める。
「殲滅戦ではない」
「被害最小、再発ゼロ――こんな勝利は聞いたことがない」
魔導院は、神殿内部の記録を解析しながら、静かに結論を出した。
「これは討伐ではない」
「世界修復戦術だ」
魔王を倒した、ではない。
世界を壊さず、歪みだけを取り除いた。
それが、今回の戦いの本質だった。
回廊の窓から、夕暮れの空を見下ろしながら、レオンは一人考えていた。
戦場での彼女の背中。
指示の一つ一つ。
誰も死なせないための判断。
(彼女は、世界を“救った”んじゃない)
胸の奥で、言葉が形になる。
(“壊れないように守った”んだ)
英雄のやり方ではない。
伝説になる倒し方でもない。
だが――
確かに、世界は続いている。
それこそが、何よりの証明だった。
神殿の外では、兵士たちが武器を下ろし、安堵の息を吐いている。
誰もが、生きて帰れる現実を噛みしめていた。
その少し離れた場所で、
ヴィオレッタ・アルマリクは、いつも通り魔導銃の点検をしている。
静かで、淡々とした仕草。
戦争が終わっても、彼女は変わらない。
世界が続く限り、
“勝ち方”を間違えない者が、そこにいる。
物語は終わらない。
――ただ、壊れずに、先へ進むだけだ。




