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第2話: 砦の掟と蟻鬼の爪痕

砦の中は、死の匂いが漂っていた。血と汗、腐臭が混ざり合い、鼻を刺す。昨夜の蟻鬼の襲撃で、生き残った者たちは疲れ果て、傷を負った仲間を粗末な布で包帯し、死体を砦の外に運び出す作業に追われていた。俺――カイトは、握り潰した剣の柄を手に、呆然とその光景を見つめていた。

ステータス画面が視界に浮かぶ。【カイト・レベル2・スキル:生存本能】。昨夜の戦いで、なんとか生き延びたことでレベルが上がったらしい。生存本能は、危機が迫ると体が勝手に反応するスキルだ。蟻鬼の顎が俺を狙った瞬間、反射的に剣を振り上げ、脚を一本切り落とした。あの瞬間、確かにスキルが発動した。でも、それだけでこの世界を生き抜けるわけじゃない。

「新入り、ボサッと突っ立ってないで手伝え!」

砦のリーダー、ガルドと呼ばれた老人が、俺を睨みつける。彼の顔は無数の傷で刻まれ、左目は濁った白に染まっている。元は冒険者だったらしいが、今は砦の生き残りをまとめる指導者だ。俺は慌てて頷き、近くに転がっていた死体――若い男のものだ――を運ぶのを手伝う。男の腹は蟻鬼に食い破られ、内臓が地面にこぼれていた。吐き気を抑えながら、俺は布で包み、外の穴に放り込む。

「こんなの……毎日なのか?」

俺の呟きに、近くで作業していた女が答える。彼女はリナ、砦の数少ない回復魔法使いだ。髪は汚れで固まり、目は虚ろだ。「毎日だよ。蟻鬼は夜に必ず来る。昼は巣に潜むが、夜になると這い出てくる。例外はない。」

彼女の声には、諦めが滲んでいた。この砦、名を「灰鉄の砦」と呼ぶ場所は、蟻鬼の巣に近い最前線だ。かつては王国の防衛拠点だったが、今は冒険者や転生者、難民が寄り集まる最後の避難所に過ぎない。食料は乏しく、水は濁り、武器は錆びている。それでも、皆が生きるために戦う。

ガルドが俺を呼びつける。「カイト、お前、転生者だろ? ステータスはどうだ? 何か使えるスキルは持ってるか?」

「レベル2で、生存本能ってスキルだけです。……チートとか、ないみたいで。」

ガルドは鼻で笑う。「チートだと? そんな甘いもん持ってる奴は、蟻鬼の餌になるのが早いだけだ。この世界じゃ、頭と根性がなきゃ生き残れん。お前のその生存本能、悪くねえ。少なくとも、死に急ぐ馬鹿よりマシだ。」

彼の言葉に、俺は少しだけホッとした。でも、すぐに現実に引き戻される。ガルドが続ける。「今日は偵察だ。お前も連れてく。蟻鬼の巣の動きを把握しないと、次で全滅するぞ。」

「偵察? 巣って……蟻鬼の巣に近づくんですか?」

「当たり前だ。奴らの動きを知らなきゃ、夜の襲撃でやられる。準備しろ。剣と、こいつを持て。」

ガルドが投げてきたのは、蟻鬼の体液で作った毒薬の瓶だ。剣に塗れば、蟻鬼の外骨格を少しは削れるらしい。だが、効果は限定的で、使いすぎると剣自体が腐食する。こんな粗末な装備で、3メートルの怪物と戦うなんて、冗談じゃない。


昼過ぎ、俺はガルドとリナ、そしてもう一人、弓使いの若者エリオと共に、砦の外へ出た。エリオは無口で、常に周囲を警戒している。弓には蟻鬼の脚から削り出した矢が装填されている。軽い装備だが、彼の目は鋭く、まるで獲物を狩る獣のようだ。

荒野を進む。風が砂を巻き上げ、視界が悪い。遠くに、蟻鬼の巣の入り口が見える。地面にぽっかりと開いた巨大な穴。直径は10メートル以上あり、周囲には蟻鬼の体液で濡れた土が広がっている。異臭が漂い、吐き気がする。

「近づきすぎるな。」ガルドが囁く。「奴らは昼でも巣の近くにいる。音に敏感だ。」

俺たちは岩陰に身を隠し、巣を観察する。穴の周りには、蟻鬼の死骸が散乱している。昨夜、誰かが戦った痕跡だ。だが、死骸はすでに新しい蟻鬼に食われている。奴らは共食いまでするのか……。

エリオが弓を構え、巣の入り口を睨む。「動きがある。3匹、這い出してくる。」

確かに、穴から蟻鬼が現れた。3メートルの巨体が、ゴキブリのように素早く動く。触角が揺れ、俺たちの匂いを嗅ぎつけたらしい。ガルドが剣を抜く。「くそっ、気づかれた! 戦うぞ!」

戦闘が始まった。エリオの矢が一匹の蟻鬼の頭部に突き刺さるが、奴は怯まず突進してくる。リナが回復魔法を準備しつつ、俺に叫ぶ。「カイト、右の脚を狙え! 動きを止めなきゃ囲まれる!」

生存本能が発動する。体が勝手に動き、剣を振り下ろす。蟻鬼の脚に毒薬を塗った刃が突き刺さり、緑色の体液が噴き出す。だが、反撃の顎が俺の肩をかすめる。痛みが走り、血が滲む。【HP:80/100】。ステータス画面が点滅する。

ガルドが吠える。「下がれ、カイト! 俺が引きつける!」

彼は単身、蟻鬼の群れに突っ込む。剣技は見事だった。蟻鬼の顎を避け、脚を次々と斬り落とす。だが、数が多すぎる。3匹が5匹になり、10匹に増える。巣から次々と湧き出してくるのだ。

「撤退だ! 砦に戻るぞ!」

ガルドの指示で、俺たちは走る。背後で蟻鬼の地響きが追いかけてくる。エリオの矢が一匹を仕留めるが、すぐに新しいのが現れる。リナが回復魔法で俺の傷を癒してくれるが、彼女のマナはもう限界だ。

砦にたどり着いた時、俺たちの数は変わらなかったが、全員が傷だらけだった。ガルドの腕には深い傷。エリオの弓は弦が切れ、リナはマナ切れで倒れ込む。俺も、肩の傷が疼く。

夜、砦に戻った俺たちは、ガルドから偵察の結果を聞く。「巣が拡大してる。昨日より穴が大きい。あと数日で、砦の真下まで巣が広がるかもしれない。」

「それって……全滅ってことですか?」

俺の問いに、ガルドは黙って頷く。砦の皆が沈黙する中、リナが呟く。「昔、転生者が巣の奥に挑んだって話がある。『蟻鬼の女王』を倒せば、湧き出しが止まるって。でも、誰も帰ってこなかった。」

女王。蟻鬼の巣の核心。俺の心に、かすかな火が灯る。この世界で生きる意味は、ただ逃げることじゃないのかもしれない。だが、今の俺じゃ、女王どころか普通の蟻鬼にも勝てない。

ガルドが俺を見据える。「カイト、お前、生き残りたいなら、砦の掟を覚えろ。一、戦え。二、仲間を見捨てるな。三、決して希望を捨てるな。わかったか?」

「はい……わかりました。」

その夜、蟻鬼の襲撃はなかった。だが、誰もが知っていた。奴らは準備している。もっと大きな群れで、砦を飲み込むために。俺は剣を握り、ステータス画面を見つめる。レベル2。まだ弱い。でも、この世界で生きるなら、強くなるしかない。

(第2話 終わり。続きは第3話で……)

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