第1話: 果てなき蟻塚の影
異世界エンドレス・ウォー。そこは、果てしなく広がる荒野と崩壊した遺跡が点在する、絶望の大地だった。かつては豊かな王国が栄え、冒険者たちが栄華を求め、魔物や宝物を求めて旅をしていた時代があったという。しかし、今やそのすべては、永遠に湧き出る「蟻鬼」と呼ばれる怪物たちの餌食に変わっていた。
蟻鬼――それは、ゴキブリのようにしぶとく、軍隊アリのように組織的に行動する、巨大な虫の怪物たちだ。体長は常に3メートル前後。例外はなく、すべての個体がそのサイズを保ち、鋼のような外骨格に覆われ、鋭い顎と無数の脚で獲物を引き裂く。奴らは地下から無限に湧き上がり、巣穴を広げ、どんなに倒しても翌日には倍の数で現れる。まるでこの世界そのものが、蟻鬼を生み出すための巨大な蟻塚のように設計されているかのようだ。
この世界に召喚された者たちは、最初は喜ぶ。異世界転生の物語のように、チート能力を与えられ、王国を救う英雄になる夢を見る。しかし、現実は残酷だ。蟻鬼の群れは、冒険者たちを次々と喰らい、王国を崩壊させ、町や村を灰燼に帰す。生存率は極めて低く、生き残った者たちは、絶望の中でわずかな希望を求め、隠れ家を転々とするしかない。
そんな世界に、俺――カイトは、突然放り込まれた。地球から来た普通の大学生だった俺は、ある日突然、光に包まれ、この異世界に転移した。最初は興奮したよ。「よし、俺の異世界ライフが始まる!」なんて思ってさ。でも、すぐに現実が叩きつけられた。
目を開けた瞬間、周囲は荒野だった。砂漠のような乾いた土壌が広がり、遠くに崩れた石壁が見える。空は灰色で、太陽の光さえ薄暗く感じる。俺の体は、なぜか軽く、ステータス画面みたいなものが視界に浮かぶ。【ステータス:カイト・レベル1・スキル:なし】。チートなしの普通の転生者かよ。せめて剣術の才能くらい欲しかったぜ。
「ここは……どこだ?」
独り言を呟きながら立ち上がる。喉が渇く。ポケットを探すが、何もない。スマホも財布も、すべて消えていた。仕方なく歩き始める。遠くに煙が見えた。村か? 町か? 希望を抱いて近づくが、それはすぐに絶望に変わった。
煙の源は、燃え盛る村の残骸だった。木造の家屋が崩れ、炎がくすぶっている。地面には、血の海が広がり、散乱した死体が転がっていた。人間のものだ。冒険者らしき鎧を着た男、農民の服を着た女、子供さえ……。すべてが引き裂かれ、食い荒らされた痕跡がある。内臓が飛び出し、骨が露出した姿は、吐き気を催すほどだ。
「うわっ……なんだこれ……」
俺は後ずさりした。異世界の残酷さを、初めて実感した瞬間だった。遠くから、奇妙な音が聞こえてくる。ガサガサ、という地響きのような音。地面が微かに震えている。
「蟻鬼だ! 逃げろ!」
突然、叫び声が響いた。村の端から、ボロボロの鎧を着た男が走ってくる。剣を握り、血だらけの顔で俺に向かって叫ぶ。「お前、新入りか? 早く逃げろ! 奴らが来るぞ!」
「奴らって……?」
言葉を返す間もなく、地面が爆発した。土が噴き上がり、巨大な影が現れる。蟻鬼だ。体長3メートル。黒光りする外骨格、6本の脚が地面を掻き、巨大な顎がカチカチと鳴る。ゴキブリのような扁平な体に、アリのような触角。目はないが、無数の感覚器官が俺たちを捉えているのがわかる。
一匹じゃない。次々と地面から湧き出る。5匹、10匹……いや、もっとだ。軍隊のように整列し、獲物を囲むように進んでくる。村の残骸を踏み潰し、死体を貪りながら。
男――彼は冒険者の生き残りだった――が剣を構える。「くそっ、またかよ! 俺はここで食い止める。お前は逃げろ! 西の砦へ向かえ。そこで生き残りの連中がいるはずだ!」
「待てよ、一緒に……」
「黙れ! お前みたいなレベル1じゃ、ただの餌だ!」
彼の言葉に、俺は震えた。ステータスを見ると、確かにレベル1。スキルなし。蟻鬼のステータスは【蟻鬼・レベル10・スキル:群れの結束】なんて表示されている。奴らは連携して攻撃するらしい。一匹でも強敵なのに、群れで来られたら終わりだ。
男が突進する。剣を振り下ろし、一匹の蟻鬼の脚を斬りつける。緑色の体液が飛び散るが、蟻鬼は怯まない。反撃の顎が男の肩を噛みつく。肉が引き裂かれる音が響き、男が叫ぶ。「ぐあっ!」
俺は逃げた。恥ずかしいけど、生き残るために。背後で戦いの音が続く。蟻鬼の咆哮のような鳴き声、男の断末魔。振り返らずに走る。荒野を横切り、岩陰に隠れる。息を潜め、蟻鬼の群れが村を完全に壊滅させるのを遠くから見つめる。
やがて、蟻鬼たちは満足したのか、地面に潜り始める。穴を掘り、巣に戻る。残されたのは、炎の残り火と、無数の死体だけ。俺はそこで、ようやく膝を折った。吐き気がこみ上げる。異世界って、こんなに悲惨なのかよ……。
どれくらい時間が経っただろう。日が暮れ始め、寒気が体を襲う。俺は立ち上がり、西へ向かう。男の言った砦を目指して。道中、崩れた遺跡を見かける。かつての王国の一部だろう。石碑に刻まれた文字は、読めないが、絵が描かれている。蟻鬼の群れに襲われる人々。絶望の歴史だ。
夜になる頃、ようやく砦が見えてきた。石造りの壁が囲む、小さな要塞。門は閉ざされ、番兵らしき影がいる。俺は手を挙げ、近づく。「助けてくれ! 村が蟻鬼に……」
門が開き、数人の男たちが俺を引き入れる。彼らは皆、傷だらけで、目が死んでいる。リーダーらしき老人が、俺を睨む。「新入りか。転生者だな。生き残っただけマシだ。ここは最後の砦の一つ。蟻鬼の巣が近くにあり、毎日攻めてくる。食料は少ない。水も。だが、生き延びる術を教える。まずは武器を持て。」
砦の中は、惨めだった。女性や子供もいるが、皆がやせ細り、希望を失っている。冒険者たちは、蟻鬼の体液で作った毒薬を塗った剣を磨いている。王国はすでに滅び、町や村はほとんど壊滅。蟻鬼の数は増える一方だという。
「なぜこんな世界なんだ……」
俺は呟く。老人はため息をつく。「神の呪いだと言う者もいる。蟻鬼は地下から無限に生まれる。倒しても、翌日には新しいのが来る。例外なく3メートル。奴らの巣は、世界の根底にあるらしい。冒険者たちが何度も挑戦したが、誰も帰ってこない。」
その夜、砦は蟻鬼の襲撃を受けた。地面が震え、壁が揺れる。俺は与えられた剣を握り、戦う。初めての戦い。蟻鬼の顎が迫り、脚が俺を狙う。レベルが上がり、【スキル:生存本能】を得たが、それだけだ。仲間が一人、二人と倒れる。血と体液が飛び散る中、俺は必死に剣を振るう。
朝が来る頃、蟻鬼は引いた。生き残ったのは、半分。砦はボロボロ。老人は言う。「これが日常だ。明日も来る。果てしなく続く戦争さ。」
俺は空を見上げる。灰色の空の下、この世界で生きる意味を探す。蟻鬼の巣を壊す方法はあるのか? 他の転生者たちは? これは始まりに過ぎない。悲惨な世界で、俺の闘いが今、始まった。
(第1話 終わり。続きは第2話で……)