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第1話:ジョギングの景色

この物語は「紙と鉛筆とステイゴールド」の世界におけるもう一つの物語です。一之石孝和達と同じ高校1年生の女の子が主人公です。短編の番外編としてお楽しみください。

 土曜の早朝。まだ街は眠っていて、空気は冷たく澄んでいる。

 わたしは、川沿いのジョギング専用コースを走っていた。


 家にいるのは、正直あまり好きじゃない。

 父は夜遅くまでレストランを切り盛りして忙しい一方で、母は弟や妹の世話に追われている。うちの家族は両親と兄、わたし、弟、妹、一番下にもう一人弟。

 兄弟も多いから、家に居ると、どうしても息苦しくなる。

 だから――走る。風を切って、孤独を溶かすみたいに。


 走っていると、必ず誰かに声をかけられる。

 「若いのに頑張ってるな」って笑ってくるおじさんランナーとか、

 「一緒に走ろうか?」なんて馴れ馴れしく近づいてくる人もいる。

 中には「君どこの人?何人?」とわたしの外見からあからさまに聞いてくる人もいる。

 別に悪意があるわけじゃないのかもしれない。けど……わたしには、それが重い。


 クラスの男子だって同じだ。

 「アミーナって可愛いよね」とか、「LINE教えて」なんて、軽い言葉ばかり。

 わたしが“女の子だから”とか、“珍しい見た目だから”とか、そんな理由で近づいてくる人たち。

 本当のわたしを見ている人なんて、ひとりもいない。


 ……でも。


 この川沿いで、ときどきすれ違う彼は違う。

 わたしと同じくらいの年に見える男の子。

 無駄のないフォームで、肩が揺れない、すごく綺麗な走り方をしている。


 彼は、声をかけてこない。

 ただ、すれ違うときに少しだけ会釈をするだけ。

 それ以上は何もない。


 ――それが、いい。


 わたしは、ほっとする。

 彼の視線には馴れ馴れしさがない。興味本位もない。

 わたしを「珍しい女の子」として見るんじゃなくて、ただ「同じランナー」として見ている。

 少なくともわたしからは、彼はそんな気がする。


 (……クールだな)


 無表情に通り過ぎていく後ろ姿を見て、そう思う。

 なのに、気がつけば……何度も、同じ時間に走っているかどうか、期待してしまっている自分がいる。


 もちろん、彼の名前も学校も知らない。

 ただ――ここを走れば、また会えるかもしれない。

 それだけで、少し胸が温かくなる。


 ……けれど。

 同時に、冷たい影が心をかすめる。


 わたしは、この国では「別の人」だ。

マイノリティーという自分自身の見られ方をどうしても意識してしまう。

 肌の色も、名前も、家庭の事情も。

 クラスで浮くことだってある。

県央の市街地に今は暮らしているけれど、もともとは隣接するエリアに住んでいた。その頃は周囲にも移民してきた若者や、パキスタンからの移民二世が結構存在したので幾分気楽だったけれど、ここでは自分はどうしたって「別の人」なのだと思い知らされる事が少なくない。

 わたしの背景を揶揄する冗談があっても、笑って受け流すくらいに慣れっこにはなっているけれど、正直に言えば心の奥ではいつも孤独が疼いている。


 だから――。

 声をかけてこない、あの人の存在が、ただそれだけで救いみたいに思えるのだ。


 なので、この土曜日の早朝のジョギングがわたしは少しだけ楽しみになっている。


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