第1話『ペンを持った異世界人』
「……打ち切り、ですか?」
編集者の言葉に、神谷ユウトの視界がぐにゃりと歪んだ。
売れないまま3年、ようやくもらった短期連載。
週3でバイト、睡眠2時間で描き続けた。
その結果が、「読者アンケート不調」での打ち切り通告。
――帰り道、交差点の信号が赤から青に変わる。
(もう、何を描いても……意味なんか、ない)
虚ろな足取りで道路を渡るそのとき。
「……ッぶない!」
トラックのクラクションが、夜空を裂いた。
◆
気がつくと、空が青かった。
けれど見覚えのない森の中、見たことのない鳥が空を舞い、空気に魔力のようなものが漂っている。
「ここ……どこ?」
懐に手をやると、なぜかGペンとスケッチブックだけが残っていた。
(まさか、転生!?)
……いやいや、そんなバカな――と思ったが、突然、頭にメッセージが浮かぶ。
《スキル【無限描写】を獲得しました》
(なんだこのゲームみたいなノリ!?)
混乱する間もなく、背後から足音。
現れたのは、農具を構えた村人たちだった。
「魔族か!? それとも放浪の魔術師か!?」
「ち、違います! 俺は神谷ユウト!人間です!」
「ならば証を見せよ。この世界に属する者であると……!」
(証って言われても、こっちが聞きたいわ!)
だが次の瞬間、脳裏に“描け”という衝動が走る。
気がつけば、ユウトは手元のGペンで村長らしき老人の姿を描いていた。
――3分後。完成した一枚のスケッチが、白紙から浮かび上がる。
「これは……わしの姿か……!? なぜこんなに若く、笑って……?」
老人が手を触れた瞬間、スケッチから光が溢れ出す。
その光が、彼の体を包み――
「う、嘘じゃろ……!? この腰痛が……治っておる!!」
◆
それは、「感情を写し取り、現実に影響を与える」ユウトのスキルによるものだった。
村人たちは驚き、恐れ、そして――
「救世主様じゃ!!」
彼を“神の描き手”として、村は歓喜に包まれる。
「ちょ、ちょっと待って!? 俺、ただの漫画家なんだけど!?」
だが、この世界に娯楽は少なく、“描く”という行為は一部の高位魔術師にしか許されていない。
ましてや、感情を呼び覚まし、癒しすら与える絵など――
ユウトのペンは、まだただの道具にすぎない。
だがこの瞬間、異世界を動かす伝説が、たしかに始まったのだった。