第五話 初めての食料
「んーっ……。腰が、いたい……」
翌朝、強い日差しで目を覚ますと、まず感じたのは全身の倦怠感と、腰の痛みだった。
やっぱり、木の上の固い床で寝るのは、体に応えるみたい。
空を見上げると、太陽はもう高く上っていた。
そっか、もう誰も、私を起こしてくれる人はいないんだった。
会社に行くために、毎朝お母さんが叩き起こしてくれた日々が、なんだかすごく昔のことのように思える。
……めそめそするのはやめよう。
自分で起きるしかないんだから。
まずは、あの湧き水のある場所へ行こう。
冷たい水を飲んで、顔も洗って、この眠たい頭をしゃっきりさせなくちゃ。
今日、真っ先にやるべきことは、食料の確保だ。
この森にあるもので、食べられるものといえば、何があるだろう?
ぱっと思いつくのは、山菜とか、果物とか、きのこ。
それから、お肉。
お肉になりそうなのは、やっぱり魔物なんだろうけど……。
昨日の狼みたいなのにまた会ったら、今度こそやられちゃうかもしれない。
昨日の魔法だって、いつもうまくいくとは限らないし。今の私では、まだ魔物を狩るのは無理そうだ。
ってことは、きのこだ。
きのこを探そう。
毒きのこだったらどうしよう、って不安もあるけど……でも、昨日の怪我が治ったみたいに、この体の治癒能力でなんとかなるかもしれない。
……なってほしい。
きのこは、昨日森を歩いている時にも、たまに見かけた気がする。
きっと、すぐに見つかるはずだ。
そうと決まれば、早速行動開始!
私は木からひらりと降り立ち、きのこを探して森の中を歩き始めた。
きのこは、湿っていて、日のあまり当たらない場所を好むはず。
昨日の狼との遭遇で、私のサバイバル力も上がったはず。
頭に直接響く声は聞こえなかったけど……。
「あった!」
思った通り、歩き始めてすぐに見つけることができた。
倒れて苔に覆われた古い木に、三つほど、立派なきのこが生えている。
見た目は、すごくしいたけに似ている。これなら食べられそう!
根元から、そっと引っこ抜いて、手に抱える。
でも、これだけじゃ、お腹いっぱいにはならないかなぁ。
それに、食べ方はどうしよう。
塩もコショウも、お醤油も、何もないんだ。生でかじるのは、ちょっと……。
まあ、そんなこと言ってても仕方がないか。
とりあえず、焼いて食べてみよう。
私は湧き水のある場所へと移動して、きのこを綺麗な水で軽く洗った。
それから、乾いた木の枝をいくつか集めて、焚き火の準備をする。
火はどうやって起こそう……。
そうだ、昨日の魔法!
私は焚き火の準備をした小枝の山に向かって、手をかざす。
そして、昨日、狼に向かって叫んだみたいに、強く念じた。
「ファイアーっ!」
……ちょっと恥ずかしいけど、こう言わないと出ない気がして。
私の手のひらから、ぽんっ、と小さな火の玉が飛び出し、木の枝で作った焚き火に勢いよく着火した。
「おぉ……!」
本当にできた!
でも、いまいち魔法が発動する条件がわからないな。
どういう仕組みなんだろう。
イメージ?それとも言葉?
まあ、今は火が起きたんだから、それでよしとしよう。
きのこを適当な枝に突き刺して、焚き火の上で炙る。
じゅうじゅうと音を立てて、水分が飛んでいく。
焼けるまで少し時間がかかりそうだから、その間に他の食料も探しておこう。
きのこだけじゃ、やっぱり物足りないもんね。
その後、私は幸運にも、同じようなきのこをいくつか見つけることができた。
それから、食べられそうな見た目をした、柔らかい若葉の山菜も少しだけ。
今日の収穫は上々だ。
焚き火の方から、きのこの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
食欲をそそる、いい匂い。
「きのこって、結構好き嫌い別れるイメージだよなー」
元の世界では、私はきのこが大好きだったけど。
そんなことを考えながら、焚き火の場所へと戻っている途中だった。
何やら、不思議な音が聞こえてきた。
風の音でも、動物の鳴き声でもない。
もっと、はっきりとした……人の、声?
まさか!
私は慌てて、近くの大きな木の幹に身を隠し、そっと声がする方へと近づいていった。
そして、音を立てないように、するすると木の上に登って、下を覗き込むようにして様子を確認する。
そこには、三人の人影があった。
私の焚き火を、囲むようにして立っている。
「おい!あそこ、火がついてるぜ。しかも、まだ新しい」
先頭に立って話しているのは、銀色の髪をした、若い男の人。
なんだか、ちょっとチャラそうな雰囲気だ。
「ほんとだ。でも、何でこんな森の奥に焚き火なんかあるんだろう?」
次に声を上げたのは、金色っぽい髪をした、私と同じくらいの歳の女の子。
軽そうな服装で、自分の背丈ほどもある、大きな杖を手にしている。
「何か焼いてあるぞ。きのこか……。でも、これだけだ。誰かのものだろうか?」
最後に、落ち着いた声でそう言ったのは、黒髪の男の人。
どっしりと構えた姿からは、なんて言うか、天性のリーダーシップみたいなものが感じられた。
この人たち……もしかして、冒険者ってやつ!?
魔物を倒したり、クエストをこなしたりして生計を立てている人たちだ。
人がいた。
やっと、やっと人に会えたんだ!
そう思った瞬間、安堵と喜びで胸がいっぱいになった。
助けを求めよう。そう思った。
あっ!やばいっ!
手に抱えていた山菜の束が、するりと手から滑り落ちて、木の下に落ちてしまった。
たいして大きな音じゃなかったはず。
でも、静かな森の中では、その音は思ったよりも大きく響いた。