第2話 けもみみ?
そこには間違いなくぴょこんと立った、動物の耳があった。
髪の毛とは全然違う、繊細で滑らかな毛並みの感触。
自分の意思でぴくぴくと動かすこともできるみたい。
……。
もう、信じるしかないみたいだ。
私、猫耳と尻尾が生えた猫獣人ってやつになったぽい?
「はぁ……」
あの時頼んだ癒しの力ってこれのことだったの……?
魔法じゃなくてこの見た目のことだったの?
うわぁ、しくじったなぁ……。
「癒しの力が欲しい」なんて、どうしてあんな曖昧な言い方しちゃったんだろう。
せっかくの異世界、もっと最強ないわゆる『チートスキル』にすればよかった……。
でも、なってしまったものは仕方がない。
これがこの世界での私の新しい体なんだ。
そう思うと少しだけ興味が湧いてきた。
この尻尾、一体どんな感じなんだろう。
好奇心に負けてゆっくりと自分の尻尾の先端を右手で優しく掴んでみる。
想像以上に柔らかくて、すごく気持ちいい毛並み。
これが自分の体の一部だなんて、なんだかすごく不思議な感じがする。
そう思った瞬間。
尻尾の付け根から全身に鳥肌が立つのがわかった。
「うわぁっ!?」
なんだこの感覚!?
びっくりして、思わず手を離してしまう。
え、今の何?
脇腹をくすぐられた時みたいな、あの感じ。
ぞわぞわーって背筋に弱い電気が走ったみたいな。
でも、なんだろう。
嫌な感じじゃなくて、むしろ……ちょっとだけ気持ちいいような……?
もう一回だけ、今度はもっとそっと触ってみよう。
今度は優しく、毛並みに沿って、自分の指で梳くように撫でてみる。
「んっ……」
やっぱりくすぐったい!
でも、それだけじゃなくて体の芯がじんわりと温かくなって、さっきまでの恐怖や不安が溶けていくような、不思議な感覚。
これが、もしかして……「癒しの力」?
この尻尾で自分自身を癒してるってこと?
確かに、さっきまでのどうしようもない不安や心細さが少しだけ和らいだ気がする。
このもふもふ感、クセになっちゃいそう。
……はっ!
いけない、いけない!
誰もいない森の中で、たった一人で自分の尻尾を触ってうっとりしてるなんて!
もし魔物とかが見てたら絶対に変なやつだと思われる!
いや、でも、誰もいないならいいのかな?
だーっ、ダメダメ!
私の思考、どんどんダメな方向に流れていってる!
今はサバイバル中だってことを忘れないで。
そろそろ本格的に移動を開始しなくちゃ、本当に夜になっちゃう。
で、結局、どっちに行けばいいんだっけ?
もう一度、冷静に周りを見渡す。
さっきと何も変わらない、緑色の壁が続いているだけ。
うーん……。
でもさっきより耳が良くなった気がする。遠くの葉擦れの音まで聞こえる。
鼻も、いろんな匂いを嗅ぎ分けられる気がする。
この感覚を信じて、なんとなく明るい気がする方向に歩いてみようかな。
それからひたすら森の中を歩き続けた。
どれくらいの時間歩いただろう。
景色は全然変わらない。
本当に、どこまで行っても木と土と葉っぱだけ。
たまに、目印として木の棒で地面に印を掘ってるから、同じ場所をぐるぐるループしてるわけじゃないとは思うけど……。
さすがに心が折れそうになってきた。
お腹もすいたし喉もカラカラに渇いた。
水が飲みたい……。冷たいお水を飲みたい……。
そこでようやく私は次に何をすべきか、はっきりと理解した。
そうだ、まずは水源を探すべきなんだ。
川でも、泉でも、小さな水たまりでもいいから、とにかく水を見つけないと!
水があれば飲めるし汚れた顔や手も洗える。
それに、水の周りには動物や植物も集まりやすいってテレビで言ってた。
もしかしたら、何か食べられるものも見つかるかもしれない。
よし、目標が定まった。
水を探すぞ!
で、具体的にどうやって水を探すんだっけ?
動物の痕跡を追うとか、地形が低くなっている場所を探すとか……。
断片的なサバイバルの知識を頭の中で必死にかき集める。
動物の足跡とか、フンとか、何か痕跡はないかな……。
……ない。
生き物の気配が、まったくと言っていいほど感じられない。
鳥のさえずりすら聞こえない、不気味なほど静かな森。
本当に、この森に生き物はいるんだろうか。
私以外に。
そんなことを考えているうちに、だんだんと空がオレンジ色に染まってきた。
夕方だ。
まずい、このままだとあっという間に夜になっちゃう。
森の夜なんて考えただけでもぞっとする。
視界もほとんど効かなくなるだろうし、どんな危険な魔物が出てくるかわからない。
このまま、誰にも会えずにゲームオーバー、なんてことになったりして……。
いやいや、弱気になったらダメだ!まだ終わってない!