プロローグ 癒しの力
「その代わり私が納得できるようにちゃんと説明して。私が何をすればいいのか」
「いいでしょう、すべてを話してあげる」
彼女の説明を要約するとだいたいこんな感じだった。
まず、彼女が救ってほしいと言っている異世界は『エルガイア』という名前らしい。
そして、その異世界には空気中に漂う『マナ』っていうのがあるらしい。
簡単に言えば魔法を使うためのものだとか。
その『マナ』を自由に扱う存在が『天使』らしい。
そして『マナ』の本質は悪らしい。
なので、純粋で汚染されない心を持ち『天使』となることで自由に魔法を使えるようにしてこの世界を魔法で救うということらしい。
よく分からない。
「なるほど?」
「もちろん、ただ行ってこいなんて無茶は言わないわ。あなたには一つだけ、特別な力を授けてあげる」
「もしかして、『チート能力』的なやつ!?」
「まあ、浮かれる気持ちも分かるけど、よく考えて選びなさい。エルガイアはあなたが思っているよりもずっと過酷な世界よ」
「……過酷?」
「ええ。特に、人の命の軽さとかね。『冒険者』っていう職業があって、魔物と戦って命を落とすなんて日常茶飯事だわ」
そうだった、私は遊びに行くんじゃない。
世界を救うために戦いに行くんだ。
苦しいのは嫌だ。
そして死ぬのは絶対に嫌だ。
攻撃魔法を選んでもし私が使いこなせなかったら?
返り討ちにあってあっさり死んじゃうかもしれない。
防御系のスキル?
でもそれじゃあ自分しか守れないかも。
もしこれから仲間になる人ができたら?
その人が私の目の前で傷つくのを見るのはきっと耐えられない。
だったら……。
私が選ぶべきスキルは一つしかない。
これなら自分もいつかできるかもしれない仲間も、みんな守れるかもしれない。
「決めました。治癒の力が欲しいです」
「攻撃でも防御でもなく、癒しの力。いいわ、地味だけどとてもあなたらしい選択よ」
地味って言われた……。
まあ、否定はしないけど。
でも、私にとってはこれが一番の選択なんだ。
「じゃあ、それでお願いします!」
「分かったわ。あなたに最高の力を授けましょう」
《加護:【生命の息吹】の習得を確認しました》
《このスキルは、あなた自身。そして他の人々を癒すことができます》
直接、不思議な声が聞こえた。
「準備はいいかしら?」
「は、はい! いつでも!」
「じゃあ行ってらっしゃい。英雄になる者よ」
私の足元に、眩い光を放つ青い魔法陣が広がった。
幾何学的な模様が、明滅している。
うわ、綺麗……!
なんて感動していたのも、束の間だった。
≪召喚者:空野優奈を確認。異世界【アースガルド】への転移を開始します≫
え、今度は何!?
システムメッセージ、みたいな感じ?
≪召喚者に特別試練を付与します≫
なんか嫌な予感がする……。
≪達成条件:三十日以内に【Sランク】冒険者へ昇格すること≫
≪報酬:新しい加護の習得≫
≪失敗時ペナルティ:対象者【空野優奈】、および関連世界【地球】の完全消去≫
……は?
私だけじゃなくて、地球も?
「ちょ、ちょっと待って! 待ってください神様!失敗したら世界が消えるってどういうこと!?」
「あら、言ってなかったかしら?」
悪魔みたいなそれはそれは綺麗な笑顔で私にウィンクした。
「ま、そういうことだから。頑張ってね♪」
「そんな無責任な、 騙したの!?」
「人聞きが悪いわね。これは、あなたの成長を促すための、私からのささやかなプレゼントよ」
「こんなプレゼントいりませんけどーーっ」
私の絶叫は、足元から溢れ出す眩い光の中に、無情にも掻き消されていった。
視界が真っ白に染まっていく。
嘘でしょ……。
無理ゲーすぎる……。
たった一ヶ月でSランク冒険者になるなんて、どう考えたって不可能じゃない。