プロローグ 世界を救ってほしい
「また明日ねー」
「うん、またね」
部活終わりの夕焼け、活気のある商店街に親友との元気な声が響き渡る。
私の名前は空野優奈。
都内のごくごく普通な高校に通っている。
ちなみに部活って言っても運動部じゃない。
運動は普通に苦手だ。
友達に誘われて軽音部に入ったけど結構楽しい。
商店街を抜けていつもの駅に着く。
改札を抜けてホームへと向かう階段を上る。
しばらくして電車に乗り込んだ。
最寄りの駅に到着するアナウンスが流れて私はゆっくりと立ち上がる。
イヤホンから流れる曲を聞きながら私は何も考えずにホームに降りた。
そのはずだった。
「……え?」
顔を上げた瞬間、私は自分の目を疑った。
見慣れた駅の看板がない。
代わりにそこにあったのは古びた木造の屋根があるだけのすごく簡素なホーム。
木材はところどころ黒ずんでいて、今にも崩れ落ちてきそうだ。
足元のコンクリートもひび割れていて、隙間から雑草が顔を出している。
どこ、ここ……。
背後で電車のドアが閉まる。
「あ、待って!」
慌てて振り返ったけど、もう遅い。
私が乗ってきたはずの電車は、何事もなかったかのように、ゆっくりとホームを離れていく。
……いや、待って。
あの電車、なんかおかしい?
私が乗ってきたのじゃない。
その姿が遠ざかっていくのを、私はただ呆然と見送ることしかできなかった。
改めて周りを見渡す。
ホームの外に広がるのは見渡す限りの広大な草原。
夕焼けに照らされた草が地平線の彼方まで続いている。
そして、どこまでも一本の錆びた線路がまっすぐに伸びていた。
静かだ。
静かすぎて、怖い。
私は慌ててカバンからスマホを取り出した。
「お願い、繋がって……!」
画面の左上には無慈悲な『圏外』の二文字。
うそでしょ……。
なんなの、これ。
手の込んだドッキリ?
でも誰が何のために?
それとも、何かの事件に巻き込まれた? 誘拐とか……?
だとしたら犯人はどこ?
いやいやいや、落ち着け。
まずは状況を整理しよう。
私はいつもの電車を降りた。
でも、そこは見知らぬ駅のホームだった。
周りには誰もいないし、スマホも圏外。
……整理しても全然意味が分からない。
どうしよう。
「まずは成功といったところかしら」
いつの間に……?
声がした方を、私は恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
腰まであるキラキラと光を反射するような青の髪。
夜空に浮かぶ星を閉じ込めたような深い紫色の瞳。
なによりその姿はこの世のものとは思えないくらい、不思議な神々しさを放っていた。
不審者……?
いや、そんな雰囲気じゃない。
「だ、誰ですか……!?」
「警戒しなくても大丈夫だわ。私は、あなたに危害を加えるつもりはない」
そう言って、彼女はすっと私の隣にあったベンチに腰掛けた。
「私は神とでも言っておこうかしら。あなたに、少しばかりお願いがあって来たの」
……かみさま?
今、神様って言った?
「え……っと……?」
状況があまりにも非現実的すぎて思考が追いつかない。
神様を名乗る目の前の美少女はそんな私を見て笑う。
「無理もないわ。普通の女子高生がいきなりこんな場所に連れてこられたんだもの。混乱するのも当然よ」
「わ、私のこと、知ってるんですか?」
「もちろん。空野優奈さん。都立高校の二年生。軽音部に所属していて今は猛練習中。好きな食べ物は鯖定食。違うかしら?」
「なっ……なんでそこまで……!?」
プライベートな情報まで完璧に言い当てらた。
やっぱりただの不審者じゃない。
「言ったでしょう? 私は神様なのだから」
「お、お願いって……一体、何なんですか?」
「単刀直入に言うわ。この滅びかけた世界を救うために異世界へ行ってほしいの」
……。
い、異世界?
ほろびかけた世界を、すくう?
「私には無理ですって。私、ただの女子高生ですよ!? さっきあなたも言ってたじゃないですか! 」
そんな私が、世界を救う?
冗談にもほどがある。
「知ってるわ。あなたのスペックがお世辞にも高いとは言えないことくらい」
スペックって……まあ、その通りだけど、はっきり言われると地味に傷つくな……。
「でも、これはあなたにしか出来ないことなの」
頭がいい人とか、運動神経が抜群な人とか。
それこそ、自衛隊の人とかの方が、よっぽど世界を救うのに向いてると思うんだけど。
「理由はあるわ。とても、とても重要な理由が」
「あなたには、誰よりも穢れを知らない『純粋な魂』があるから。それこそが、世界を救う鍵、『天使』になるための唯一の資格なのよ」
天使?
「……えっと、つまり? 私の魂が綺麗だから、異世界に行って天使になって世界を救え、と……?」
「そういうこと。理解が早くて助かるわ」
いや、全然理解できてないんだけど……。
魂が綺麗って言われてもそんなの自分じゃ分からないし。
「もちろん、強制はしないわ。このまま世界が滅んで、あなたの大切な友達や、お父さん、お母さんが死んでいくのをただ黙って見ているだけでもいいっていうなら……断って構わないわよ」
あの平凡で、幸せな日常が、全部なくなってしまう……?
私が断ったせいで?
それはダメだ。
夢かもしれない。
手の込んだドッキリかもしれない。
この神様を名乗る少女が、ただのヤバい人なのかもしれない。
でも。
でも、万が一。
百分の一、一万分の一でもこれが本当のことだったら?
私がここで「嫌です」って言ったせいで、みんなが不幸になるんだとしたら……?
私が後悔するだけならまだいい。
でも私のせいで誰かが傷つくのはそれだけは絶対に嫌だった。
「……分かった。行くよ、異世界。世界を救うってやつ」
しばらくは一日二話投稿しようと思います。