第10話:敗北の始まり
その頃王国に攻め入った帝国軍はまったく機能していなかった。
それにはいくつか理由がある。
一つ目は工兵の存在だ。
通常…戦には工兵という部隊がつく。
工兵とは罠・城攻め・防衛の専門家集団のことで
土木建築の技術者などで構成される。
工兵が機能しておれば、王国の計略により落とされた橋も復旧できるのだが…
帝国軍の工兵は
2日目の時点で
全員いなくなった。
軍師は工兵の位置を把握し
夜襲をかけさせたのだ。
そして工兵たちの持っていた道具類も全て焼却処分とした。
二つ目は輜重兵だ。
輜重兵とは補給・輸送を行う集団のことで、今回は約500人。
彼らが兵糧・矢・医療・衣服の運搬管理を行う。
軍というのは、各々がしっかり意識しないと、縦に長く伸びる。
先頭はスピードが速い騎馬隊、そして歩兵や弓兵、最後方は工兵や輜重兵となりやすい。
特に今回は騎馬隊が初陣のものが多いことから、いつもにまして縦に長く伸びた。
騎馬隊、歩兵、弓兵たちが持っている食料はせいぜい5日分である。
多くの食料は輜重兵が運ぶ。
今回軍が縦に伸びたことで、最後尾の工兵と輜重兵たちが落ちた橋と橋との間で、完全に孤立してしまったのだ。
そして帝国の輜重兵と補給物資は3日目の時点で
全員いなくなった。
これも軍師が夜襲をかけさせたのだ。
もちろん補給物資も全て焼却処分とした。
全ては順調にいったように見えたが…
実はこの焼却処分を巡ってはひと悶着あったのだ。
――――――――――――――
それは10日前の王城でのこと
将軍が軍師からの「補給物資焼き討ち」の指示を聞き
突然怒鳴りつける。
「補給物資は、どこかに隠せばいいではないか。なぜ燃やす」
「そうだ。もったいないし。あれば民の暮らしも上向く」と元料理人。
「たしかに…。敵国のものとはいえ、使えるのですし、再考なさっては」と議論を聞きつけた文官も参戦する。
各々が補給物資の焼き討ちに関しては、否定的であった。
しかし軍師は
ふっと一息つきこう語った。
「たしかに…。もったいない。それは認める。民の暮らしも上向くし、使える」
「それであれば」
将軍は勢いよく畳みかける。
「しかし。完全に燃やし尽くさないと、必ず帝国軍は息を吹き返す。飢えた獣はかならず食料のありかを見つけ出す。
もし兵糧を隠し、それが見つかり、奪われたらどうする?
我々にこの国は守れるか?
君には責任を取れるのか?
我々は少数。
奴らは大軍。
焼き討ちは逆にいえば、我々の勝ち筋でもあるのだ。
私は今は軍師だが、少し前までは農夫だ。
農産物への愛着は深い。それでもやらねば、赤子の喉元に剣を置くようなものなのだ」
この一言で
皆は黙り込んだ。
補給物資を燃やす班には。
軍師自らこの事を徹底させた。
そのかいもあり。
誰一人躊躇することなく
完全に燃やし尽くすことができたのだ。
―――――――――
補給物資に火がかけられた頃
軍師は王城から遠くに煙が上がるのを見て
一人
王城の片隅にある小さな祠にむかった。
豊穣を司る女神が祀られる祠であった。
軍師は祠の前に正座をし
ただ黙って身体を折り頭を垂れた。
1時間ほど…
ただそこに軍師はうずくまっていた。
農夫であり
神の恵みを感じるものであった
彼の…
その決断は
心を削るほどの
重いものであったのだ。