第1話:無謀な賭けだと笑うのは簡単だ
無謀な賭けだと笑うのは簡単だ
無謀――そう笑うのは、あまりにも簡単すぎる。
「300人の老兵が1万の軍隊に挑むなんて…無謀すぎるだろ。
そんなの負けるにきまってる」
そう思うのは酔客だけではない。
多くの人は…
勝てるはずがない――そう思うだろう。
いや勝ち目はあるのではないか?
そう考えた男がいた。
民を守るために勝たねばならぬ。
そう考えた女がいた。
この二人がいたことで…。
この二人が交差したことで…。
帝国の運命の瓦解が始まった。
これは狡猾で滑稽で巧妙な老兵たちの挽歌の始まりであった。
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「300人の老兵が1万の軍隊に挑む…」
この無謀とも言える物語が口火を切ったのは
王女が14歳の誕生日のことであった。
「大変です。王女様…帝国が兵1万人を引きつれ、我が国に攻め込む準備をしておるそうです」
「なんですって…そんな…」
帝国と王国との間には1年前に大戦があり、多くの民や兵士が帰らぬ人となった。
王も王妃も戦争の心労から命を落とされた。
この国の王位継承は15歳から…
唯一の王位継承者の王女はまだ14歳。
女王としての地位がない状態での出来事だった。
王位継承者とはいえ
14歳の少女に
大きな犠牲を伴う判断…
その場にいるものすべてが
王女の顔をまともに見る事はできなかった。
口火を切ったのは王女であった
「この国で戦える兵は…」
「はっ。我々近衛騎士団30名だけです」
「30名で…帝国1万と…」
宴はざわめいた。
「ですが…。我が国は1万の民がいます。徴兵を行えばなんとか…」
「でも…。若い男は先の大戦で多くが犠牲となったと聞きます。それで戦えるのですか?」
「正直ムズカシイかと」
「では…国のために戦う覚悟のある者のみを募りなさい」
その声は、震えてなどいなかった。
――けれど、拳は小さく震えていた。
「しかし…それでは人数が」
「騎士団長。覚悟がなく。怯えた女性や子供、老人が戦場の役にたちますか?」
「いいえ。役にたちません」
「では…国のために戦う覚悟のある希望者のみをつのりなさい」
「はっ」
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3か月後…帝国軍が攻めてくることは、王国各地に伝えられた。
王国には動揺が走ったが…
1年前の大戦で
この国はかろうじて生き残った。
そう認識していたものが多く
逃げ出すものはいなかった。
死のその日まで
せめて楽しく生きよう。
そう思うものが多かった。
帝国の残忍さは大陸中に知られていた。
降伏をしたところで命は奪われる。
それは常識であった。
いつか…
帝国にやられるだろう。
多くのものはそう思っていた。
だから希望者をつのったところで…
誰一人来ないのではないか
そう思う者も多かった。
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一週間後299人のものが集まった。
1万人のなかからたったの299人。
しかし王女にはその299人が希望に見えた。
すくなくとも王女だけでなく
299人が希望を失っていなかった。
この299人は皆帝国軍に家族を殺され強い恨みがあった。
うち100人元軍人で
199人が一般人だった。
一般人のうち
30人が女性
30人が元罪人だった。
他は
トビ職人、橋の建築技師、旅芸人、猟師、漁師、農民、薬師、木こり、商人、鍛冶屋、石工、調理人、絵師、馬飼いなど様々だった。
そして皆が老兵と呼ばれる年齢だった。
王女は100人の元軍人の中から将軍に適したものを選び出した。
「将軍。この299人の軍で1万の軍に勝つことはできますか?
いえ…質問を変えましょう。
もしこの299人の軍で1万の軍に勝つことができるとしたら
それはどういう作戦でしょうか」
将軍は豊かに蓄えたひげを触りながら
「…もし、この戦に勝てる可能性があるとしたら――あの男しかおりません」
「将軍。あの男とは?」
「……変りものではありますが、天才でございます」
※本作は完結済みです。全話予約投稿中(毎日20時21時更新)