1.負けヒロイン転生
スマートフォンのアラームが響き渡る。
「最終面接……」
頭はぼんやりとしているが、私は起き上がる。
「え……?」
見慣れない部屋だった。
私が今いるのは白や淡いピンクを基調とした、いわゆる姫系と呼ばれるいかにも女の子らしい部屋。今まで私が寝ていたらしいベッドも、まるでおとぎ話のお姫様が使っているような可愛らしさがある。
明らかに私の部屋ではない。
でも……この部屋本当に可愛い。私も一度は憧れたことがある。
思わずうっとりとしてしまうけれど、それどころではない。
「ここどこ!? 最終面接は!?」
私は自分の記憶をたどる。
就職活動中、最終面接に向かう途中だった。
電車が来ていたから急いで階段を下りようとして転んだことを思い出す。
頭と体の強い痛みも思い出した。
そこからは記憶がない。恐らく私は面接を受けられずにいた。
「企業に電話して謝らないと……!」
ここがどこかは気になるけれど今はどうでも良い。私は青ざめながらスマートフォンに手を伸ばすが、違和感に気付く。
「これ、私のスマホじゃない……!」
私が今持っているスマートフォンは今まで使っていたものとは違った。
……どういうこと!?
とにかく私は混乱していた。
そしてベッドから出て状況を確認しようとした。その時、ふと部屋にあった姿見に自分の姿が映る。
「え……誰……!?」
鏡に映る私は、別人になっていた。
眠っていたにも関わらず、寝癖ひとつないサラサラの黒髪ロングヘア。人形のような小顔で、ニキビ一つないきめ細かな白い肌。パッチリとした二重瞼の大きな目。睫毛は長く、目に影を落とす程。スタイルも出るところはしっかり出て、くびれるところはしっかりくびれている。パジャマ姿も様になる程の、誰もが認める美少女だった。
目の前の状況が信じられず、鏡の前で頬をつねる私。つねった頬はしっかり痛いし、鏡に映る美少女も同じ動作をしていた。
「まさか……転生ってやつ?」
そうとしか考えられない。
多分私は駅で階段から落ちてそのまま死んでしまったのだろう。
「そっか……私、面接に行く前に死んじゃったんだ……」
思わず乾いた笑みになる。
いきなり死んで、新たな人物になりましたと言われても、戸惑いが勝る。
だけど、起こってしまったことは仕方がない。
私はまず部屋にあるものを調べ始めた。
高校の入学案内や新品と思われる教科書やノートを発見した。そして、教科書に書かれた名前に眼を向ける。
苺谷姫花。
綺麗な字でそう書かれていた。
「嘘……!?」
見覚えのある名前に私は驚愕した。
苺谷姫花は私が読んだことのある漫画『冴えない俺とバラ色の青春』、通称『俺バラ』のヒロインの名前。
「私、姫花に転生したの……!?」
私はもう一度姿見で穴が開くのではないかというくらい今の自分の姿を確認した。
姿見に映るのは黒髪ロングの誰もが認める清楚系美少女。確かに見覚えのある姿。間違いなく苺谷姫花だった。
姫花に転生したということは……!
「あー、あー」
私は声を出してみた。
お姫様然とした上品なソプラノ声。それでいて高飛車な感じはなくておっとりとしている。
「アニメ版の姫花の声! 私の好きな声優さんの声!」
私は『俺バラ』のアニメは見ていなかったけれど、アニメ化情報は見たことがあった。その際に掲載されていた姫花の声は、私が一番好きな女性声優さんが担当だったことを覚えている。
その時、部屋のドアがノックされる。
「姫花、おはよう。もう起きてるの? 大丈夫?」
「あ、おはよう、お母さん。うん、大丈夫。ありがとう」
ドアの向こうから聞こえた女性の声に、私は咄嗟にそう答えていた。
それと同時に、今までの姫花としての記憶も鮮明になってきた。
先程まで混乱していて、姫花としての記憶が飛んでいたらしい。
「朝ごはんもうすぐだから、準備するのよ。今から弟二人も起こすから」
「はーい」
私はドアの向こうにいる母に返事をした。
ちなみに、二歳下の弟と四歳下の弟がいる記憶もちゃんとある。
私は階段から落ちて死んでしまった。
そして今、苺谷姫花として生きている。
今は三月下旬の春休み。私が通う予定の高校は公立の薔薇咲高校。
明らかにフィクションっぽい名前の高校だとは思う。しかし実在する高校だ。
確か、『俺バラ』の物語がスタートするのは高校に入学してからだったと記憶している。
主人公の冴えない原田陽太が姫花を含めた四人のメインヒロイン、それから後何人かのサブヒロインと青春を楽しむハーレム系ラブコメ。目当ての漫画が完結して以降読んでいなかったから高校一年の体育祭編までしか知らないし、内容もぼんやりとしか覚えていない。
正直、前世で『俺バラ』を読んだ時から原田陽太には好感が持てなかった。どうしてヒロイン達はあんな男に魅力を感じるのか意味が分からない。漫画ではラッキースケベな展開もあるけれど、正直あんな男に体を触れられると思うと私は寒気がする。
それに、苺谷姫花は序盤原田陽太と両片思いだけど負けヒロイン。
こんなに美人で可愛くて読者人気一位なのに幸せになれないなんて可哀想。
せっかく私は姫花になれたのだから、この人生を楽しみたい。それに、誰もが認める美少女だから、人生イージーモードじゃん。
私は鏡を見てニンマリとする。
「それなら、まずは高校でイケメンの彼氏を作って青春を謳歌するぞ!」
前世の高校時代、恋愛とは無縁だった私はそう決意した。
原田陽太のハーレム要員になんか絶対にならない!
私は私で青春を楽しんでやる!
◇◇◇◇
朝食を終えた私は高校生活に必要な物を買いに一人で街へ出かけた。
姫花としての記憶もあるから道に迷うことはない。仮に迷ったとしても、スマートフォンの地図アプリで調べれば良い話。
……そういえば、ここは日本なんだよね。私の前世の実家や家族は……いるのかな?
ふとそう思い、スマートフォンの地図アプリに前世の実家の住所を打ち込んでみた。
スマートフォン上の地図には打ち込んだ場所にピンが刺された。でもストリートビューを見てみると、そこは見覚えのない家が建っていた。周囲の住宅も、全く初めてみる外観ばかり。
私は少しショックを受けてしまう。
……じゃあ、前世の家族がいる可能性も低いってことか。
せっかく美少女に転生したけれど、前世の家族がいないことは寂しかった。
しかし、そうしてはいられない。私は切り替えることにした。
高校生活の必需品を買った後は、街をブラブラ歩いていた。
春らしく暖かな陽気、満開の桜の並木道。ふわりと風が吹けば淡いピンクの桜の花びらが舞う。深呼吸をすると、胸いっぱいに春の香りがする空気が広がる。
何か新しいことを始めるのにピッタリな季節。まるで、新たな私のスタートのように感じた。
「すみません」
ふと声をかけられたので、私は足を止める。
そこにはスーツ姿の三十代くらいの男性がいた。
「僕、こういう者でして、芸能界に興味ありませんか?」
男性は私に名刺を渡して来た。
よく分からない芸能事務所の名刺だ。
要はスカウトだった。
やはり容姿が良いとこういうことはあるらしい。
でも私は前世から芸能界への憧れはあまりなかった。
「興味ないです」
「そうですか。でも、今から興味出るかもしれませんよ。一度お話だけでも」
私の答えに男性は引き下がる様子はない。
多分私にそれだけの可能性はあるのだと思われる。
正直しつこい……。
「どうしてこの私が自分を安売りするような下品な業界に足を踏み入れなければならないの? プライベートもマスゴミに追われる生活とかしたくないし。二度と話しかけないで。警察呼ぶけど」
「……そうですか。すみません」
男性はそこで引き下がってくれた。
自分でも嫌な言い方だと感じた。もしも前世の私が同じことを言ったらぶん殴られそうだ。しかし、今はどうだろうか? 普通の人が言えば顰蹙を買うことでも、美人が言うと許される風潮は多少ある。
ほんの少しだけスッキリして気持ち良かった。
これから『俺バラ』の物語が始まるけれど、主人公の原田陽太にこのくらい冷たくしたら良いのではと私は思ってしまった。
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