表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

言汚霊

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おーっす、つぶつぶ。疲れた顔してんね。

 カラオケとか、発散する場所なのにあんたはしんどそうな顔になるわよね。まあ、歌が嫌いじゃなくても人前でとか、盛り上げ雰囲気とか独特だとは思うわ。自分のペース重視派にとってはきついかもねえ。

 歌も音楽の歴史の中じゃ、とっても大事な要素のひとつ。どのような地声をもてるかは、その人の身体のつくりにかかってくるわ。七色の声と評されるくらい、様々な声を出せる声優さんもいるけれど、生まれついた自分の声は自分だけのものね。

 その声を用いた歌は、さまざまな効果を期待されてきた。美しい歌声には神秘的な力が宿るとされ、伝説や民話の中で語られることは珍しくない。

 反対にあたる不吉な声に関しても、いくらか話を聞いたことあるわけね。

 気分転換に、私の聞いた話でも耳に入れてみない?


 風邪気味になったりして喉をやられると、自分でもびっくりするくらいのガラガラ声が出たりする経験、あなたもあるんじゃないかしら?

 むかしの人はそのようなコンディションに陥れるものを、「言汚霊」と呼んでいたらしいわね。

 言霊を汚するものだから、とのことだけど「汚言霊」としなかった説はいくつかあるみたい。私の聞いたものだと言霊の言と霊の字の間に挟まる邪魔者。それによってつながりを絶たんとするもの、という側面が強調されたんじゃないかとのことね。


 朝起きて、このように汚い声を出してしまうものは、こぞってうがいをして口をすすいだわ。

 水もまた神秘に欠かせないものだし、水辺には霊が集まりやすいとは昔から語られていること。その外からの霊の力をくわえ、内に入り込んだ言汚霊を追い出そうとする。

 現在でも、喉を湿らせるの対応につながるあたり、昔の人の対処法も理由はどうあれ、有効なものは変わらずにあったのでしょうね。

 とはいえ、それでぱっと治るのは珍しいもので。たいていは何日か同じような状態を引きずることになるわ。

 言汚霊に憑かれたとされる者は、状態が回復するまではできる限り口をきかないよう努めることを望まれたというわね。


 言霊が口から出でて効をもたらすものなら、言汚霊もまたしかり。

 うかつな発言、発声は、その汚れを風に乗せて広め、生活していく上でよからぬものをもたらすと信じられていたとか。

 実際、今ほど工法がしっかりしていない家屋などをはじめ、ちょっとしたきっかけで壊れてしまうものも多かったかもしれない。原因を究明するのが難しい以上、得体のしれない悪いものの仕業と片付けて踏ん切りをつけるほうが効率的。

 言汚霊もその一角とされていたから、うかつなしゃべりがそのきっかけとみなされ、非難の矛先を向けられないようにせよ……という点もあったのでしょうね。

 けれども私が聞いた中では、忌むべき言汚霊を良いものとして使った数少ない人の話もあるのよ。


 その人はとある地方の豪族の一族の娘だったというわ。

 かつては、国一番の美しい声の持ち主ともてはやされたものの、10歳のころに一夜にして喉頭隆起。今でいうところののどぼとけが、男性顔負けの張り出し具合を見せると同時に、同一人物とは思えないしゃがれ声となってしまったとか。

 あまりにもあまりの変わりように、彼女のことを言汚霊の妬みと呪いを受けた者とみなし、気味悪がる声が日増しに強まっていたのだとか。

 彼女自身も、皆の態度の変化にとまどい、傷ついて、食事もろくに喉を通らない日が続いたというわ。わずかにしゃべるだけでも、聞いている自分さえ耳をふさぎたくなってしまうほどのだみ声と分かる。

 その彼女が一族のつとめの一環として、洪水被害のあった集落のお見舞いへ出かけたときのこと。


 破れた堤に、荒れ果てた田畑。押し倒される家屋と命たち……。

 いまだ被害の傷痕が生々しく残る現場へ赴いた彼女は、その悲惨さに思わず嗚咽の声を漏らしてしまったそう。

 ただでさえ言汚霊に汚されているだろう喉から漏れる、慟哭の震え。さぞ聞きがたいものだろうと、彼女自身も泣きそうになっていたところ。

 切れた堤から、なおわずかながらもこぼれ続けていた水の勢いがにわかに弱まり、止まってしまう。それだけではなく、決壊によってこぼれた土たち。倒壊していた家屋たちの一部の屋根壁が、ひとりでに浮き上がり、元あったであろう位置へ戻っていったのだとか。

 まるで、この地の元の姿を知る見えない手が、それを修復していくかのよう。全体で見たならこの変化はささいなものであったのもあり、声を漏らした彼女以外はこの異状に気が付いた様子は見られなかったみたい。


 よもや、と彼女は見舞いが終わったのち、家の近くの木の小枝を試しに折り捨てたうえで、あのときと同じように嗚咽をこぼしたみたい。

 すると、枝がひとりでに動き、元あった根本と接合。挿し木などよりもよっぽど完璧に、傷ひとつ残さないままにくっついてしまったとか。

 逆行の効、と聡い彼女は感じたらしいわね。

 自分の目にできる範囲で、起こってしまったことを巻き戻し、なかったことにする行い。

 覆水盆に返らずと称されるような、こぼれた水をもとに返してしまう行いであると、彼女は喜ぶより先におののいたと、のちの話に残されているわ。

 これが知られれば、よからぬ輩のたくらみに使われる恐れもなきにしもあらず。ならば、これらすべてを使いつくしたうえで、自分は消えてしまったほうがいい。

 その望みをかなえるかのように、ふたつき後には彼女の住まう地域一帯を大きな地揺れが襲ったと「されている」わ。けれど、具体的な被害がしらされることはなかった。

 揺れとともに建物の倒壊などが起こり始めた直後、彼女は遠くにまで響くほどの汚声を張り上げていったのだから。


 建物たちは、崩れようとした端からどんどんと元へ戻っていき、揺れが収まるまでの間、崩れずにいたという結果のみが残る。

 そのため、彼女の声が届いた範囲の被害はほぼゼロで済んだのだとか。しかし、その効をもたらしきったとき、彼女は意識を手放して昏倒。そのまま数日後に命を落としてしまったとのことよ。

 言汚霊というマイナスに、嗚咽というマイナスがかけ合わさったことで、おおいに力がひっくり返った。しかしそれは人の身で御しきるには大きすぎたのかもしれないわね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ