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15


「お母様の額の傷跡……」


 ソフィーは呟いた。


「ええ、その時の傷です。命には別条がなかったもののチェルシー様の額には大きな傷跡が残ってしまいました」


 マシューは話を続ける。


 侯爵家に非があるとチェルシーは侯爵家で手厚い看護を受け、レナードはチェルシーに与えられた部屋に入り浸りで看病をした。


 そうしてチェルシーの傷が癒え(大きな傷跡は残ってしまったが)伯爵家に帰るという日、迎えに来た伯爵の前でレナードは言ったのだ。


「チェルシーを嫁に貰いたい。僕が成人するまで待っていてくれないか」


 チェルシーも伯爵も仰天した。


「レナード!!傷の事なら気にしないでって言ったじゃない!これは名誉の傷跡よ、大事なレナードを守れたんですもの。私は堂々とこの傷を晒して歩くわ」


「傷の事だけじゃないよ。僕はチェルシーの事を……」


 その先を言えずレナードは真っ赤になった。


「ありがとう、気持ちだけ貰っておくわね」


 そう言ってチェルシーは帰って行った。




「レナード様の気持ちは本物だったと思います。当時は十一歳でしたけどチェルシー様はレナード様の全てでした」


(旦那様はお母様の事が好きだった……)でもソフィーは愛し合う両親の姿を見続けてきた。複雑な気持ちのまま話の続きを聞く。


「チェルシー様本人を含めほとんどの人はレナード様の結婚の申し込みを真面に取り合いませんでした。思春期特有のはしかの様なもの、年頃になれば年相応の令嬢を好きになるだろうと。しかしただ一人本気にした人がいた。それがチェルシー様のお父様でした」


 お母様のお父様。その人の事をソフィーは知らない。母方の親戚は一切知らないのだ。思えばグレンフィル子爵家は親族と言うものがほとんどいなかった。母の実家も知らない、父の弟だという叔父にも両親の葬儀で初めて会ったのだった。父方の祖父母には小さい頃可愛がってもらった記憶があるが既に他界している。


「私どもは後で知った事なのですが、チェルシー様には当時想い合うお方がおりました。グレンフィル子爵令息様です。その方はチェルシー様の傷跡などチェルシー様の魅力を何も損なうものではない。むしろ益々魅力的になったとおっしゃったそうです。チェルシー様もその方との結婚を望んでいらした。けれどトランザト伯爵は『大恩あるマンスフェルド侯爵閣下のお孫様に望んでもらえたのだ、お応えしないでどうする』とチェルシー様の結婚に反対されました。結局チェルシー様は親子の縁を切ってグレンフィル子爵家に嫁がれたそうです」


 レナードとソフィーの母チェルシーの繋がりはわかった。ソフィーには驚きだった。母は一度もレナードの事を口に出したことが無かったから。









 穏やかな日々が過ぎて行った。


 ソフィーは毎日出来る限りレナードの部屋で過ごした。

 レナードはベッドから起き上がることは出来ず、それも日に日に弱っていくようだった。それでも眉間に皺が寄るようなことは無く、ソフィーと日々の会話を楽しんだ。

 ソフィーが摘んできた庭の花を一緒に愛で、天気がいいと大きく開けた窓からそよ風と共に入ってくる秋の気配に目を細めた。

 チェルシーの思い出話も沢山した。ソフィーが話す母チェルシーの武勇伝に声を上げて笑った。

 ソフィーはようやくレナードの心に触れたような気がして嬉しかった。


 ルイスはレナードの代わりに侯爵家の仕事をしていたが暇が出来るとレナードの部屋に顔を出した。


「兄上が早く復帰してくれないと俺だけでは手に余るよ」


 ルイスが愚痴るとレナードが笑った。


「お前はわざと勉強が出来ないふりをしていただろう?騎士にもさほどなりたかったわけではないと知っているぞ」


 ルイスは苦笑いを返した。







「君に結婚を無理強いしてしまったな」


 ある日ポツリとレナードが言った。その頃には目が覚めている時間の方が少なくなっていた。

 花瓶に花を活けていたソフィーはレナードのベッドの傍の椅子に腰かけた。


「私を助けてくださったんですね」


「……聞いたのか」





 チェルシーの結婚の後、チェルシーとレナードの交流は途絶えた。

 それでもレナードはチェルシーが忘れられなかった。しかしその後祖父の前々侯爵が病に倒れ亡くなり父が王都の屋敷にやって来た。父とは衝突することが多く、レナードはまた無口、無表情になっていった。たった四年で父が亡くなりレナードは成人したてで侯爵になった。侯爵家を継ぐ重責で押しつぶされそうになりながら必死なレナードをよそに若く美貌の侯爵であるレナードに言い寄る女性は多かった。そんな女性たちに露ほども関心が無かったレナードは言い寄って来た何人かをこっぴどく振った。そしていつしかレナードは血も涙もない冷血侯爵と噂されるようになった。


 そんなレナードを心配してチェルシーがマシューに連絡を取ったのが七年前。そうしてレナードに会い、レナードがチェルシーへの気持ちに踏ん切りをつけ前を向き始めた時にあの事故が起こった。


「ソフィー様はご存じなかったでしょうがご両親のお葬式に参列させていただきました」


 レナード、マシュー、エイミーの三人は嘆き悲しむ領民たちの一番後ろで手を合わせていたそうだ。


 暫く茫然とした日々を過ごしたのち、気になったのはチェルシーの忘れ形見の二人の子供だった。

 レナードは残されたソフィーとジュードが心配だったがどうすることもできなかった。グレンフィル子爵の弟という人物がソフィーとジュードの後見と子爵代理の立場をもぎ取って既に子爵家に入り込んでいた。


 気になって調べたグレンフィル子爵の弟というその人物はあまり評判が良くなかった。若い頃から数々の問題を引き起こし家を出された。ただし勘当されたわけではない。つてを頼って王宮の末端官吏の職に就かせたのは前グレンフィル子爵、ソフィーの祖父の親の情と言うものだろう。しかし人のいい長男が弟の食い物にされないように兄弟の付き合いを禁じて亡くなった。実はソフィーは知らなかったが数度叔父は金の無心に来たらしい。撃退したのはチェルシーだった。


 そんな人物に子爵家に入り込まれてレナードはかなりやきもきしたらしい。ソフィーとジュードが虐げられているようでできれば救い出したかったが有効な手立てを思いつかずに年月が過ぎた。


 あと一年でソフィーが成人する。成人すれば叔父一家を追い出すことが出来るだろう。そんな時、レナードはソフィーの叔父が怪しげな者たちと繋がりを持ったらしいとの情報を掴んだ。そしてその行動を調べ証拠はないが叔父がソフィーを殺そうとしていると確信した。それとほぼ同時期にレナードが発症した。自分の死期を知り迷っている暇はなかった。レナードは死にゆく自分の望みが何かを考えた。


 一つはこの侯爵家をルイスに任せる事。そうしてもう一つはレナードの最愛、レナードの全てだったチェルシーの忘れ形見であるソフィーとジュードが幸せになるのを見届ける事。


 多少強引でもいい、あの屋敷から二人を連れ出そう。それがソフィーとの結婚だったのだ。レナードが酷薄なふりをしてソフィーに酷い仕打ちをすると思わせて結婚を持ち掛ければあの一家は喜んでソフィーを手放すだろう。それとなく〝結婚で籍を移せば当主の継承権も失う〟という偽情報が叔父の耳に入るように細工もした。



「私は旦那様と結婚出来て幸せです。旦那様は私とジュードに沢山の幸せを下さいました」


 ソフィーの言葉にレナードは一筋の涙を流した。


「私が死んだら君はルイスと……いや、これは私が強制すべきことではないな」


 レナードは一つ首を振って言った。


「私は今幸せだ……」


 

十五話で終わりませんでした。

次が最終話です。

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