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「失礼、君はどこのご令嬢かな?」


 話しかけられてマイラは顔を上げた。


 侯爵家は大きくて立派、パーティー会場も見たことも無いほど豪華に飾り付けられている。そこに集う人たちも上品で華やか。なのにいつもと勝手が違う。それに少しイライラしていた。いつものパーティーではマイラはちやほやされる。それが底辺の男爵や準男爵たちの集まりだとマイラはわかっていなかった。男爵令嬢、令息や、準男爵の子供にとっては子爵令嬢という触れ込みのマイラの方が身分が高いと皆が忖度してくれていたこと、ちょっと可愛い顔つきのマイラに取り入れば子爵家の婿になれるかもしれないと媚を売られていたこと、上位貴族や羽振りのいい子爵家、男爵家には見向きもされず、招待されるような伝手も無かったこと、それらはマイラの理解の範疇外だった。

 平民から貴族になった。今までの小さな家とは比べ物にならない大きなお屋敷に住んだ(侯爵邸よりはずっと小さいが)メイドに世話をしてもらう生活なんて初めてだ。だから私は偉くなったのよ。ほら、ここに住んでいたソフィーとか言ういけ好かない娘も私にひれ伏しているわ!お母さんに連れられて行った〝お茶会〟とか〝パーティー〟でもみんなちやほやしてくれる。だって私はかわいいし、こんな素敵なドレスを着ているしなんて言ったって貴族のご令嬢なんですもの!ああ、お母さんじゃなくってお母様と言わなくちゃ、だって私は貴族のご令嬢なんですもの!


「私はグレンフィル子爵家のご令嬢ですわ。貴方は?」


 自分でご令嬢というマイラに相手は少し面食らったようだった。それでも愛想よく貴族の笑みを返して型通りの褒め言葉を口にした。


「ヒューガル伯爵家のエリオンと申します。美しいご令嬢」


「ふーん、貴方もまままあね」


 マイラの返しに相手は無言になる。しばし強張った笑みで固まった後「貴方とは価値観が違うようですね、それでは」と去って行く。


 そんな事を二度三度と繰り返しマイラはむっとしていた。何よ!私のルイス様に比べれば大したことない顔のくせに!ああそうだ!ルイス様を探しに行かなきゃ!


 マイラが一歩踏み出した時、マンスフェルド侯爵夫妻の登場が告げられた。






 緊張で手や足が震える。それを悟られないように強張った笑みを張り付けソフィーはレナードにエスコートされて歩いた。

 レナードはゆっくりと、殊更ゆっくりと歩き正面に立つとゆっくりと優雅にソフィーと共に礼をした。


 ソフィーが歩くにつれ、フェアリーブルーのドレスは波打ち、複雑な陰影を醸し出し、人々の目を釘付けにする。歩く姿、優雅な礼、どれをとっても侯爵の妻に相応しい上品な所作に集まった人々は好感を抱いた。

 それと共に彼女が纏っている見たことも無い鮮やかな青いドレスも人々の注目を集めた。振り返ってみると今日は侯爵家の給仕、メイドなど全ての者が同じ青を身に着けている。給仕のネクタイ、メイドのリボン、それらが彼女が纏っている青いドレスと同じ鮮やかなブルーだった。そしてレナードの上着の下からちらりと見えるベストとポケットチーフも同じ鮮やかな青だった。


「我が妻ソフィーの成人の祝いにお集まり下さった皆様に感謝を申し上げる」


 低いがよく通る声でレナードは挨拶をする。


「半年前に結婚した妻は明日で成人を迎える。皆さまに妻を披露するとともに彼女が纏っているドレスも皆様に披露したい。我が領で近日売り出すフェアリーブルーという染料を使ったドレスだ。皆さまのお眼鏡に敵えば僥倖だ」


 レナードの言葉に合わせてソフィーが優雅なカーテシーを披露するとそこここで感嘆のため息や賛辞の言葉が漏れた。

 そのざわめきが一段落するのを待ってレナードは続けた。


「成人するにあたり妻から発表がある。……ソフィー」


 促されてソフィーは息を吸い込んだ。


「元グレンフィル子爵が娘ソフィーと申します。縁あって侯爵様に娶っていただきましたが、私はグレンフィル子爵家の次期当主でもありました。両親亡きあと後見と子爵代理にお任せをしておりましたが成人を機にグレンフィル子爵家の次期当主を弟ジュードに定め、私はジュードを後見していきたく思っております。成人したばかりの若輩者ですが皆さまのお力添えがあれば嬉しく思います」


 ソフィーの言葉と共にルイスに抱きかかえられたジュードが姿を現した。

 ルイスに耳打ちされてぴょこんと頭を下げたジュードが可愛らしく、人々も思わず笑顔になった。

 

 通常であれば弱小子爵家の次期当主が誰になろうと関心がない高貴な人々である。しかしそれが羽振りのいい侯爵家、それも冷血侯爵と名高い誰にも靡かなかったレナードの妻の実家となれば人々の興味を引く。ごく少数ながら生前のソフィーの両親を知っている人もいて「前子爵はとても人柄の良い方だった」などの声も聞かれソフィーは嬉しく思った。


「何だこの茶番は!!」


 だみ声が聞こえた。


「ソフィー!!この性悪女め!これはどういうことだ!!」


 周りの人を押しのけて前に出てきた叔父をソフィーは静かな目で見据えた。

 押しのけて前に抱てきたものの叔父はふらついており、少々呂律も怪しい。


「叔父様、いえ、ヒューイット準男爵様、子爵代理ありがとうございました。成人したのちは私が後見となってジュードを立派に育てていきます」


「はあ?子爵を継ぐのは私だ!!反抗するようならこうして―――」


 よろよろしながらソフィーにつかみかかろうとした叔父は会場警護に当たっていた騎士に簡単に取り押さえられる。それを見ていた叔母が金切り声を上げた。


「ソフィー!!旦那様に謝りなさい!!孤児のお前より子爵の旦那様の方が何倍も偉いのですよ!!」


 人々が「何を言っているんだ?」と訝し気な目を彼女に向ける。


「ルイス様~会いたかったですぅ!」


 場違いな声がして人々が一斉に目を向けると叔母の陰から飛び出したマイラが一目散にルイスに駆け寄っていくのが見えた。


「げっ!痴女!」


 ルイスがジュードを抱いたままわずかに後ずさる。


「グレンフィル子爵代理をしていた準男爵は少々悪酔いしたようだ。家族共々お引き取り願え」


 レナードの冷たい声がして叔父一家は騎士に引き立てられていく。

 叔父は引き立てられながらも「ソフィー!後でほえ面掻くなよ!!」とか「くそう!あいつらはどこに行った?ジュードが何故奴らの手に?」などと喚き、マイラも「放してよ!私はルイス様の恋人なのよ!」と叫んでいた。ちなみに引っ立てる時にどさくさに紛れて叔父の胸ポケットの金庫の鍵は本物にすり替えられた。


 彼らが退場するとレナードが口を開いた。


「お見苦しいものを見せて申し訳ない。ここからは美しい音楽とダンスを楽しんでいただきたい」


 そう言って右手を上げると控えていた楽団が音楽を奏で出す。


 会場の人々はソフィーとレナードがファーストダンスを踊ると思ったのだが、レナードは傍らの椅子のところに行くと座ってしまった。

 ソフィーが戸惑いの目を向ける。


「ファーストダンスはソフィーとルイスが踊れ」

 

 素っ気なく言って目を瞑ってしまう。その眉間に深い皺が刻まれているのを見てソフィーは申し訳なく思った。叔父一家の醜態はソフィーの想像以上だった。愚かな人たちだとは思っていたけど、高位貴族も多いこんな場所であんな醜態をさらすとは思わなかった。パーティーが台無しになるところだったのだ。大事なフェアリーブルーのお披露目パーティーが。


 戸惑うソフィーの前にルイスの手が差し出された。


「踊ろうソフィー」


 優しく微笑んだルイスの手を躊躇いながらとる。ジュードはレナードの隣の席に座ってニコニコしていた。


 ソフィーとルイスが軽やかに踊る。

 クルクルと回るたびに鮮やかな青が翻る。会場の照明が徐々に暗くなる。

 その時に人々は気が付いた。ソフィーのドレスが淡く発光していることに。

 

 それは幻想的な光景だった。薄暗い会場に淡く優しい光が点在している。それは給仕のネクタイだったりメイドのリボンだったり。そして中央のフロアにフェアリー(妖精)が舞っている。


 ほんわりと淡い光を纏って踊るソフィーは妖精そのものだった。


 ダンスが終わると共に照明が元に戻された。


 少し息を弾ませながら優雅な礼をするソフィーに人々は惜しみない拍手を送った。

 先ほどの見苦しい出来事など気にしている者はいなかった。そんなものを吹っ飛ばすほどのインパクトをこのダンスは与えたのだった。


 人々は我先にとソフィーとレナードの元に押し寄せた。このパーティーに参加していた令嬢、夫人、皆がフェアリーブルーのドレスを欲しがった。既に大量入荷の約束を取り付けている大手布問屋を持つ伯爵はレナードの後ろに控え笑いが止まらないようだった。


 レナードは椅子に座ったままだったがパーティーに参加した全ての客と歓談し、ジュードはリオンに抱えられて早々に部屋に引き上げたが、ソフィーとルイスはレナードの傍で補佐に務めた。


 パーティーがお開きになるとソフィーとレナードは連れ立って招待客と別れの挨拶をした。

 一人一人と握手を交わし最後の客が去って行くのを見送った。




 そうしてレナードは―――倒れた―――



 


 

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