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 準備に明け暮れるうちに飛ぶように日は過ぎパーティー当日となった。

 パーティーはソフィーの十八歳の誕生日の前日に行われる。


 ソフィーは朝からアビーとヘレナに磨かれている。つるつるでしっとり吸い付くような肌に磨かれたソフィーはフェアリーブルーに染められたドレスに袖を通す。フェアリーブルーに染められたシルクのドレスはすべらかな光沢と美しいドレープでソフィーを上品に包む。デコルテも肩も大きく露出したデザインだがその上からフェアリーブルーに染められたレースのボレロを羽織るのでそこまで大胆な印象ではない。スカート部分には同じくフェアリーブルーに染められたオーガンジーがシルクのスカートをふわっと包み可愛らしさも感じられるデザインだ。同じフェアリーブルーの布でありながら素材の違いで微妙な色の違いがある。そこもパーティーに招かれた人に見てもらいたいと欲張ったデザインなのだ。それでもリボンやフリルなどがほとんどないシンプルなデザインはソフィーの美しさを引き立てた。


 ほうっとアビーがため息を漏らす。


「奥様、お綺麗ですわ」


 その時ノックの音が聞こえた。


「グレンフィル子爵家の方々がお見えになられました」


「はあい!」


 元気よくアビーが部屋を出ていく。


「あの子、大丈夫かしら?」


 ヘレナは眉を顰めた。今日、アビーは大切なお仕事があるのだ。


 グレンフィル子爵家の人たちにはパーティーの始まる時刻を少し早めに伝えている。その為日が翳り始めるこの時刻に到着したのだ。他の招待客は日が暮れる頃にこの屋敷にやってくるだろう。


 ドシン!!


 従者に案内されてお屋敷を歩くグレンフィル子爵家の一行に曲がり角でメイドがぶつかった。

 今日も目つきの鋭い悪人面の男と従者崩れが付き添っていたが、その二人はジュードをがっちりマークしている。メイドはノーマークのソフィーの叔父にぶつかったのだった。


「あっ!!ああ、すみませぇん」


 半ば叔父に抱き着きながらアビーが言った。


「いっいや、何だ君は!気を付けたまえ!」


 そう言いながらも若い娘に抱き着かれて鼻の下を伸ばしながら叔父が叱責する。


「私としたことが……素敵なお客様に見とれてしまいましたわ」


 そう言いながらアビーは叔父の手を握ると急に声を上げた。


「大変!お客様の服にシミが!」


 叔父のシャツにべっとりと赤い何かがついている。下を見ると果物籠と赤い木の実が散らばっていた。


「お客様、替えのシャツを用意いたします。どうぞこちらへ」


 アビーは叔父の手をグイグイと引っ張ってある部屋に連れて行く。

 程なく真新しいシャツを手にしたヘレナがその部屋に現れた。


「お着換えをお手伝いいたしますわ」


 アビーが叔父の上着に手を掛けると叔父がその手を押しのけた。


「構わん、自分で着替える」


「お客様、そんなつれないことを仰らないでくださいな」


 アビーが眉を下げるも叔父は警戒したようだった。


「お前、何が目的だ?私のような中年の男に―――」


 その途端、アビーの目がクワッと見開かれた。


「中年!なんて素晴らしい響き!男性の魅力は酸いも甘いも嚙み分けたお客様のような年齢になって初めて発揮されるのですわ!!」


「は?な、何を?」


「若い男性など青臭くて魅力のかけらもありませんわ!年月を重ねた男性の落ち着いた所作にこそ男の美学があるのです!刻まれた皺にこそ男の魅力があるのです!!」


 叔父はアビーの迫力にタジタジとなった。なりながらも悪い気はしない。


「そ……そうか?」


 鼻の下を伸ばす叔父にアビーがにじり寄る。優しく着替えさせられて叔父はメロメロになりアビーが叔父の内ポケットの鍵をすり替えたことはまるで気が付かなかった。


 偽の鍵はラッカルが見た記憶をもとにそれらしく作られたものだ。遠目に見ただけなので詳細まで似てはいないが帰りまでにもう一度すり替えて本物に戻す予定なのでパーティーの間だけごまかせればいい。


 ここからは時間勝負だ。アビーは汚れたシャツに忍ばせて鍵をヘレナに渡す。ヘレナに渡された鍵は更に侯爵家の騎士に渡され彼はグレンフィル子爵家に急いだ。子爵家と侯爵家、建っている場所に隔たりはあれど同じ王都の貴族街の端と端。馬でニ十分も駆ければ到着する。待っていたラッカルが鍵を受け取る。


「見張りがいるだろう、大丈夫か?」なんなら俺がと申し出る騎士にラッカルはにっこり微笑んだ。


「見張りの方はお疲れのようで、私が差し入れたお酒を飲みぐっすり就寝中でございます」


 そうして無事爵位譲渡の書類は騎士に手渡されたのであった。



 ちなみに後日ヘレナがアビーに「名演技だったわね」と声を掛けるとアビーは「演技というよりはほとんど本音です」と答えた。「え?グレンフィル子爵代理が好みなの?」ゲッというような顔をしてヘレナが聞くと「まさか!一言で中年と言ってもあの方はタイプじゃありません。私の理想はマシューさんですわ!」うっとりした目でアビーが答えたとか。






 一方、鼻の下を伸ばしながら戻って来た叔父に悪人面の男が話しかけた。


「なんかきなくせえぞ。子爵、無くなった物なんかねえか?」


 叔父がパタパタと上着やズボンを叩く。


「いや、無くなった物はない。金庫の鍵もここにあるしな」


 内ポケットを抑えて叔父が言うと悪人面はホッと息を吐いた。


「俺も勘が狂ったか」


 パーティーの客はちらほら集まり始めている。

 それを眺めながら所在なさげに叔父一家は立っていた。


 集まってきた客は伯爵位以上の上級貴族とその家族たち。子爵、男爵、平民もちらほらいるが、彼らは事業で成功した者たちばかり。つまり普段から上級貴族と付き合いがあるのだ。王家の方々こそいないもののこの王国の経済を引っ張っていく人たちばかりなのだ。ちなみに王妃と王太子妃にはフェアリーブルーのシルクを献上済みである。


 叔母クレアはイライラしていた。上級貴族とお近づきになれると喜んでこの場に来た。娘マイラも年頃、もしかしたら上級貴族の令息に見初められるのではないかと期待していた。けれど話しかける話題一つ思い浮かばないのだ。頼りの夫は戻ってきたと思ったら酒ばかり飲んでいる。そう、誰に話しかけられることも無く、ソフィーの叔父は杯を重ねていた。侯爵家の給仕は勧め上手で、酒精が強く口当たりの良い酒を何杯も。


「お腹が痛い」


 隅で悪人面と従者崩れに挟まれるように立っていたジュードがしゃがみこんだ。


「はあ?何だって?」


 叔父が声を上げるとジュードはビクッとし泣きそうになった。


「子爵、ここで騒ぎになるのはまずいぜ」


「しかし侯爵に挨拶するまでは帰る事も出来ん!まったくこのガキは」


 じろっとジュードを睨む。ジュードは益々縮こまった。


「ちょっと俺らが人のいないところでこのガキに言い聞かせてくる」


 悪人面が言うと叔父はちょっと迷った後頷いた。


「見えるところに傷はつけるなよ」






 ジュードはパーティーの会場から連れ出され人気のない屋敷の片隅まで引っ張って行かれた。


「おい小僧、お腹が痛いなんて嘘だろ」


「違うよ!本当にお腹が痛くて……」


「ふん、まあどっちでもいいか、殴られりゃ腹が痛くなるしな。小僧よく聞け、このパーティーが終わるまでどんなに腹が痛くても我慢するんだ。そうしないと屋敷に帰った後に全身が痛いことになる。お前のお綺麗なツラも酷い傷がつくかもしれねえなあ」


 悪人面がニヤニヤ笑いながら手を振り上げた時だった。

 何かが飛んできて悪人面の手をしたたかに打った。


 ダダッと駆け寄る音、ガツン、ゴツン、バシッという音。


「ジュード!しゃがんで目を瞑っていろ!」


 最初に掛けられた声に従ってジュードが必死に丸くなっていると「もういいぞ」と声が掛けられると共に彼の肩に誰かが優しく触れた。


「……ルイス様」


 ジュードの目の前に少し息を弾ませたルイスの優しい顔があった。

 ルイスの後ろで気絶した悪人面と従者崩れを縛っている騎士の姿が見える。


「ジュード様!!」


 ジュードが振り向くと目に涙を浮かべたリオンが手を差し伸べている。


「リオン!」


 走って抱き着くとリオンはジュードを抱き上げ、何度も何度も撫でた。


「ジュート様……お辛い思いをさせて申し訳ありませんでした……よく耐えられましたね。……本当に……本当に……」


 ルイスも横からジュードの背中をポンポンと叩いた。


「頑張ったなジュード」


 


 騎士をしていたルイスや侯爵家の護衛騎士にとって街のごろつき程度の悪党など敵にもならない。つまり、ジュードを取り返すことはジュードを子爵家から連れ出せた時点でほぼ成功していたのだ。ルイスたちはこの騒動が招待客に知られないようにすることだけを注意していれば良かった。



 

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