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重症だね。

 






「リオネル、まだ起きてる?」




 婚約発表を行ってから一週間。


 毎晩のようにリオネルと指輪を通して話をしている。




【……ああ、起きている】


「今日、やっと『アルダン皇国物語』の続きが書けたよ」


【そうか、次の休みに必ず行く】




 相変わらずわたしは小説を書いているし、リオネルはそれを読みに来ていて、たまに侍女に「会話が少ないです……」と言われるのだが、実はこうしてお喋りしているのだ。


 リオネルの声を聴くとなんとなくホッとする。


 そのせいで、大体わたしが先に寝落ちしてしまうのだが。




「明後日の夜会、嫌だなあ。めんどくさーい……」




 滅多に夜会には出席しないのだけれど、明後日の夜会は公爵家からの招待状なので断りにくい。




「リオネルは夜会とか面倒じゃない? って言うか、今まで夜会に出てたっけ? ほとんど見たことない気がするけど」


【俺は宮廷魔法士の仕事を理由に断っている】


「それいいなあ」




 仕事なら断っても失礼にならないだろう。




「そういえば、宮廷魔法士ってどんな仕事してるの?」




 思えば、今までその辺りのことは訊いたことがない。


 リオネルが【今更だな】と呟く声がする。




【宮廷魔法士は魔道具の作製や整備をしたり、騎士と共に王族の護衛をしたり、まあ、色々だな。任務によっては家族でも話せないこともある】


「守秘義務ってやつ?」


【そうだ】




 ……宮廷魔法士も大変そうだなあ。


 ふと、リオネルのほうから紙を捲るような音と、ペンを走らせる微かな音が聞こえた。




「もしかしてまだ仕事中?」




 問いかけると簡潔に「ああ」と返ってくる。




「ごめん、邪魔だよね」


【問題ない】


「いやいや、集中出来ないでしょ? 話しながら書仕事してると、見落としもそうだけど、内容頭に入ってこなくない?」


【そうか? 気にしたことがないな】




 ……マルチタスク対応とか羨ましい。


 わたしは並行作業が苦手で、一つ一つこなしていくしかない。




「いいなあ、わたしもリオネルみたいに一気に色々出来るようになりたい」




 それにリオネルが小さく溜め息を吐いたのが聞こえる。




【やめておけ。疲れるし、何より『早く終わったならこれもやってくれ』と仕事を増やされるだけだ】


「……お疲れ様です」




 話している最中もペンの走る音がする。


 その音がなんだか心地好くて目を閉じる。




「でも、それってリオネルが頼りになるからみんな頼っちゃうのかもね。何でも出来そうって感じするし」




 ピタリとペンの音が止む。




【……頼る、か】




 呟く声には多くの感情が交じっている気がした。




「まあ、頼られるって嬉しい時もあるけど、面倒だったり重荷に感じたりすることもあるし、あんまり頼られすぎても困るよね」


【お前はいつも不思議な考え方をするな】




 指輪の向こうでリオネルが小さく笑った。


 それから、コンコン、と扉を叩くような音が聞こえた。




【すまない、誰か来たようだ】




 どうやら来客らしい。職場なら仕事関連だろう。




「ううん、話に付き合ってくれてありがとう。また明日ね。おやすみ、リオネル」


【ああ、また明日。おやすみ、エステル】




 そうして指輪は静かになった。


 ベッドに寝転んだまま、仰向けになる。


 ……今日もぐっすり眠れそうだ。








* * * * *










 そうして夜会当日。


 身支度を終えて待っていると、夕方頃にリオネルが我が家へやって来た。


 仕事の後に急いで来てくれたようで宮廷魔法士の装いのままだった。


 貴族の装いより、宮廷魔法士の制服のほうが華やかでリオネルに似合っていると思う。


 今日のわたしのドレスは青色なので並んでもおかしくはないだろう。




「すまない、少し遅れた」


「まだ時間に余裕があるから大丈夫だよ」




 お父様達とは別の馬車に乗り、婚約の夜会が催される公爵家へ向かう。


 急いで来たせいかリオネルの髪は少し乱れていた。


 それが目に少しかかって鬱陶しかったのか、リオネルが雑な仕草で前髪を掻き上げる。




「今日の夜会はパジェス公爵家だったな……」




 リオネルの思案するような顔に首を傾げる。




「どうかした?」


「いや……」




 一瞬、口を閉じたリオネルだったけれど、すぐに顔を上げるとわたしを見た。




「エステルには言っておくが、パジェス公爵家の令嬢は以前、俺に婚約を迫ってきたことがある」


「そうなんだ?」


「驚かないんだな」


「リオネルって優秀だし見目もいいし、婚約の打診が山のようにきてても不思議はないよ。むしろ何で今まで断ってたの?」




 公爵家の令嬢との婚約・結婚となれば逆玉の輿だ。


 リオネルならば婿養子としても喜ばれそうである。


 わたしの質問にリオネルが眉根を寄せた。




「他に結婚したいと思える相手がいなかった」




 それで公爵令嬢からの婚約を断れるのが凄い。




「第一、それは正式な婚約の打診ではなかった」


「パジェス公爵令嬢の一存だったってこと?」


「ああ。公爵家は令嬢の婚約者として別の者を決定していた。令嬢はそれが嫌だったらしい。俺に『ずっと慕っていたから、どうか自分を攫ってほしい』と言ってきた。俺はその時、パジェス令嬢と初対面だった」




 ……何それ普通に怖い。




「令嬢は今、家が決めた者と婚約しているが……」




 それ以上は言われなくても予想がついた。


 パジェス公爵令嬢が何かしら、わたしに嫌がらせをするのではないかとリオネルは心配しているのだ。


 だけど、そんな物語の中みたいなことが現実にあるだろうか。


 いくら好きな相手に婚約者が出来て、腹を立てたとしても、自分にもう婚約者がいるのだからそのようなことをしたところで何も意味はない。




「今日は出来る限り離れないでくれ」


「……うん」




 だが、それでリオネルが安心するなら構わない。


 馬車の揺れの間隔が広まり、ゆっくりと停まる。


 外から御者が到着を告げた。


 ややあって馬車の扉が開けられる。


 リオネルが先に降りて手を貸してくれる。




「ありがとう」




 その手を借りながら馬車を降りた。


 公爵家の使用人が対応し、公爵邸内へ案内される。


 すぐに公爵夫妻に出迎えられた。


 金髪に緑の瞳の公爵と、銀髪に紫の瞳の公爵夫人。どちらも整った容姿で美男美女の夫婦である。しかも夫婦仲がとても良いそうだ。




「ルオー侯爵令嬢、イベール男爵令息、遅ればせながら婚約おめでとう」


「お越しいただけてとても嬉しいわ。お二人とも、婚約おめでとうございます」




 公爵と夫人の言葉にわたし達は礼を執る。




「パジェス公爵、公爵夫人にご挨拶申し上げます。こちらこそお招きくださり、ありがとうございます」


「パジェス公爵と公爵夫人にご挨拶申し上げます。仲の良いご夫婦だと評判のお二方のように、私達も互いに支え合いながら付き合っていきたいと思います」




 リオネルの言葉に頷いていると、夫人が「まあ」と嬉しそうに微笑んだ。




「良い婚約を結べたのね、素敵だわ」


「うむ、私達の若い頃を思い出すな」


「そうですわね」



 公爵夫妻が楽しそうに笑い、挨拶を済ませると、今日の夜会の会場である舞踏の間へ通された。


 お父様達は先に入場したようで、わたし達も名前を呼ばれながら舞踏の間へ入る。途端に視線が集まった。


 婚約したばかりということもあるけれど、元々こういった場には滅多に出ないわたしとリオネルが来たから余計に注目の的になっているのだろう。


 ……リオネルは黙っていても目立つしね。


 出入り口のすぐそばにいたお父様とお母様に声をかける。




「お父様、お母様」




 リオネルが二人に挨拶をする。




「ルオー侯爵と夫人にご挨拶申し上げます」


「リオネル君、そう堅くならなくていいのよ。エステルと婚約したのだから、もう身内のようなものだもの」


「……そうだな」




 和やかなお母様の横でお父様も頷いた。


 それにリオネルがふっと嬉しそうに微笑む。




「ありがとうございます」




 その微笑みを見てしまったのか、離れたところでご令嬢達のざわめきが広がる。


 でもリオネルは気にした様子がない。


 わたしも気付かないふりをしておいた。




「私達は他の方々にご挨拶をしてくる」


「あなた達も今日は早く帰ってはダメよ?」




 と、言われて二人で「はい」と返事をする。


 公爵家のパーティーですぐに帰ることは出来ない。


 お父様とお母様を見送り、二人で出入り口から少し離れた、あまり目立たない壁際に寄る。


 次の招待客の訪れを告げる声を聞きながら、何とはなしに会場を眺める。




「さすが公爵家。凄く華やかで楽団の腕もいいね」




 聴こえてくる楽団の音楽は軽やかで、これから始まる夜会は楽しいものになるだろうと感じさせてくれるような、明るい曲調も素敵だ。




「そうだな。……何か飲み物をもらってくるか?」


「ううん、今は大丈夫。リオネルは?」


「俺も喉は渇いていない」




 感じる視線の数々に気付かないふりをするのも大変だ。




「うーん、なんか、こう、何もしてない時間があると小説書きたくなってくる」




 リオネルが微かに口角を引き上げた。




「『アルダン皇国物語』が書き終わったと言っていたな?」


「うん、やっと第一部が終わったってとこ」


「待て。第一部? まだ続くのか?」


「とりあえず第三部まで考えてはあるよ」




 リオネルがわたしのほうを見た。


 その黄金色の瞳が『今すぐにでも読みたい』と輝いている。


 ……分かりやすいなあ。




「三日後の休みに行く」




 そう言ったリオネルに笑いながら頷く。




「分かった。いつも通りの時間でいい?」


「ああ」




 先ほどまで集まる視線をちょっと鬱陶しそうにしていたのに、次の休日の話でそれなりに機嫌が良くなったようだ。


 そんなふうに過ごしていると楽団の曲が止む。


 どうやら招待客が全員到着したらしい。


 公爵夫妻が皆に、今夜は楽しんでいってほしいといった内容の挨拶をして、夜会が始まった。


 楽団の曲がダンス用のものへと変わり、さっそく、舞踏の間の中央で公爵夫妻が踊り、それに倣うように招待客達でダンスの輪が出来た。


 色とりどりの装いの人々がダンスを楽しむ姿は優雅で楽しげだ。




「踊るか?」




 リオネルの問いに頷いた。




「そうだね、一回くらいは踊っておかないと失礼だし」




 差し出された手に、自分の手を重ねる。


 流れるように歩き出したリオネルについて行けば、自然と人々が左右に分かれ、まっすぐにダンスの輪に加わった。


 他の招待客に交じりつつ、リオネルに身を委ねて踊る。


 ……小説でもやっぱり恋人同士のダンスシーンは入れたほうがいいかなあ。


 などと考えているとリオネルに名前を呼ばれた。




「エステル、考え事か?」


「あ、うん、小説にもダンスをする場面が入ったら素敵かなって考えてた」


「お前らしいな」




 思わずといった感じで笑ったリオネルにドキリとしてしまう。


 ……美形の近距離笑顔は破壊力凄い……。


 ドキドキと心臓が速くなっているのはダンスのせいだと思いつつ、リオネルのリードでくるりとターンする。


 ふわっとドレスのスカートが綺麗に広がるのを感じた。




「それくらいしか趣味もないし、一番好きなことだしね」




 娯楽小説が少ないから、こういう話が読みたいと思ったら自分で書くしかない。需要も供給もわたし。


 でも、リオネルと出会ってからは需要の欄にリオネルの名前も挙がるようになって、何だかんだ読んだ後に感想をもらったり小説について話したりするのがとても楽しくて、よりいっそう小説を書くことにのめり込んだ気がする。


 お父様達はわたしの趣味を知っていて、好きにしていいとは言ってくれるけれど、読みはしない。お兄様はたまに読んでくれるがいつも「面白かった」という感想だ。


 だからリオネルのように読んで「この時のこの人物の心情が分かりにくい」とか「この場面は感動的で良い」といった具体的な感想をくれるのは嬉しかった。


 最初は自分の想像を書き散らすだけだったが、今はリオネルが楽しんでくれるから書いている部分も大きい。


 一曲目のダンスを終えて二曲目に入る。




「『亡国のミレア』は書かないのか?」


「……見せたことあったっけ?」




 それは最初の数ページだけ書いたものの、設定があやふやすぎて続きが書けなくなった小説だった。


 戦争で故郷の国を失った聖女の話だ。




「『冒頭だけシリーズ・一』と書かれた本にあった」




 わたしが小説を書いている間、リオネルはわたしが今まで書き溜めた小説を好きに読んでいるので、本棚に入れっぱなしのままだったそれを読んだのだろう。




「あれは何も考えずに思いついた話の出だしで、とりあえず忘れないために書いただけだからなあ」


「あの『冒頭だけシリーズ』は酷いだろう。どれも続きが気になるのに読めないんだぞ?」


「それはごめん」




 リオネルからしたら気になる小説の冒頭ばかりが書かれていて、それなのに最後まで物語を楽しめないのはストレスだっただろう。




「一応訊くけど『冒頭だけシリーズ』どこまで読んだ?」




 あれだけでも既に本三冊分はあったはずだ。


 もちろん、どれも冒頭の数ページしかないのだが、覚えているだけでも結構な数を書き殴った記憶がある。


 リオネルが少し不満そうな顔をした。




「三冊全て読んだ」


「あー、えっと、もう『冒頭だけシリーズ』読むのやめたら?」


「そうしたいが新しい冒頭が増えていないか、つい見てしまうんだ……」




 憂いを帯びた表情に、申し訳ないが噴き出してしまう。




「重症だね」




 続きがないものばかりだと分かっているのに、気になって仕方がないだなんて。


 笑ったわたしをリオネルが見下ろした。




「お前がそうさせたんだろう」




 そんなことない、と言おうとしたけれど、はたと気付く。


 ……確かに、リオネルを読書中毒にさせたのはわたしが原因かも?


 元々娯楽小説の少ない世界で、いきなり娯楽小説を書き続ける人間に会って定期的に娯楽を提供されるのだ。


 胃袋じゃなくて別のものを掴んでしまったわけだ。


 そもそも『わたしが書いた小説を一番最初に読む権利』で釣られて、あっさり婚約してしまうのだから相当娯楽小説にハマっているのだろう。


 リオネルの言葉に視線を逸らし、誤魔化すように笑いを返すしかなかった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] すみません、今日気が付きました。 新作投稿、ありがとうございます。 [一言] 「冒頭だけシリーズ」と、書かれたら。 「闇鍋短編集」と、読んでしまいます。 早瀬先生のファンなら、そうなって…
[一言] 『冒頭だけシリーズ』は早瀬先生でいうところの闇鍋ですね! 闇鍋は好きで更新くるたびに読みに行くので、リオネルの気持ちわかります^^
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