リオネルもこういうこと、やったんだよね?
それから、馬車でガーネット宮へ向かった。
ガーネット宮は少し離れているものの、馬車で行くならそれほど時間はかからないらしい。
車窓をのんびり眺めている間に目的地に到着した。
ガーネット宮は白い壁に赤い屋根で、四角の一箇所が少し途切れているような形である。その途切れた部分から正面玄関へまっすぐに入る。前庭は広場になっていて、左右に噴水があり、道には警備の騎士達が立っていた。
「ガーネット宮のほうが広いんだね」
「最も部隊が大きいからな。人数を考えれば、これでもまだ手狭なほうだろう。来年には更に増築する話も出ている」
「へえー」
リオネルにエスコートされて中へと入る。
すると、待っていましたと言わんばかりにセルペット様に玄関ホールで出迎えられた。
「いらっしゃい、よく来てくれたねぇ」
ニコニコと嬉しそうな笑顔を向けられると、こちらも笑顔になる。
「こちらこそお招きくださり、ありがとうございます。ガーネット宮、華やかで素敵ですね」
「あはは、長く住んでると物が増えちゃうだけだよぉ」
「セルペット様はこちらに住んでいらっしゃるのですか?」
「そう、街中で暮らすのは僕の場合は不都合が多いからね」
どうぞ、と手で示され、リオネルにエスコートをしてもらいつつ、セルペット様について行く。
ガーネット宮の内装は白と赤と金を基調にまとめられており、オニキス宮のシックで落ち着いた雰囲気とは異なり、こちらは豪奢な雰囲気があった。
あちこちに置かれた物はオニキス宮と同様に魔法に関係するものなのだろうか。
どれも高そうだし、警備の関係でここも魔法が仕掛けてあるかもしれないし、下手に周りに触れないほうが良さそうだ。
「食堂でいいよね? 部屋に持ってきてもらうことも出来るけど、せっかくなら自分で食べたい料理を選ぶほうが楽しいし〜」
「俺はそれで構わない」
「わたしも大丈夫です」
「良かったぁ。うちの料理は凄く美味しいんだよぉ」
なんて話をしながら宮の中を歩き、開け放たれた両開きの扉を潜って室内へと入る。
中へ入るとやはり視線が突き刺さった。
……目立って当然だよね。
筆頭宮廷魔法士が二人並んでいるわけだし、リオネルもセルペット様も見目が良く、これで目立たないはずがない。
その間に挟まれたわたしもいろんな意味で目立っていそうだ。
ひしひしと視線を感じながら食堂へ入る。
中は広く、天井も高く、外に面した窓も大きいので室内が明るくて開放的な雰囲気がある。
それぞれが思い思いの席で食事を摂るらしい。
「こっちに並ぶんだよ〜」
セルペット様に手招きをされて、列に並ぶ。
木製のお盆を手に取り、少しずつ進んでいく。
カウンターにはいくつもの料理が並び、配膳人がついていて、食べたい量を伝えると欲しい分だけお皿に盛ってくれる。
……うわあ、こういうの懐かしい〜!
まるで前世の学校給食みたいである。
しかもどの料理も美味しそうだ。
明らかに騎士でも魔法士でもないわたしがいても、気にした素振りを見せない配膳人を不思議に思っているとセルペット様が教えてくれた。
「宮に来た人が食堂で食べて行くこともあるから、うちの部隊以外の人間がいても怒られないよぉ。たまに食堂の料理目当てでわざわざ来る人もいるしねぇ」
「そう聞くとお料理への期待が高まりますね」
いくつかの料理を選び、配膳人からお皿をもらう。
どの料理も色鮮やかで香りも良い。
リオネルとセルペット様は結構な量をもらっており、身長のわりに細身に見える二人でもよく食べるのだと実感した。
わたしは背が低いしコルセットをつけていることもあって、それほど沢山は食べられないが、それなのに痩せもしない。
……体質的に太りやすいのかもなあ。
セルペット様が辺りを見回し、空いている席を見つけて「あそこに座ろ〜」と歩き出す。
そうして、セルペット様が座り、その向かいの席にわたしとリオネルも腰掛けた。
「貴族だとこうして自分で料理を運ぶのを嫌がる子もいるんだけど、リオネル君の奥さんは気にしないんだねぇ」
「むしろ楽しいです」
「あはは、そうだよね、楽しいよね〜」
三人で食事の挨拶をして、料理に手をつける。
一口食べて、あまりに美味しくて言葉が出てこなかった。
牛のものだろう肉を数種類のハーブ、トマトやジャガイモなどと煮込んだそれは、肉も野菜も柔らかくてとろりとしていて、軽く噛んだだけで口の中でほどけていく。
複雑なハーブの香りが肉の香りをより良くし、やや濃い味付けのせいかパンが食べたくなってくる。
手でちぎったパンを口に入れると香ばしい小麦とバターの、柔らかな甘い味がする。しかもパンはほのかに温かい。
スープは澄んだオニオンスープのようだが、一口飲むと、タマネギのさっぱりとした甘さと優しい塩味でホッとする。
濃い味付けとは対照的にスープは控えめな味だ。
感動しているとリオネルが横で小さく笑った。
「美味いだろう?」
「うん、すっごく美味しい……!」
「俺も長くここの料理を食べたが、不思議と飽きない」
わたし達の会話にセルペット様が嬉しげに笑う。
「僕が厳選したコック達だからねぇ。雇い入れるのも苦労したけど、そのおかげで、毎日美味しい料理が食べられて幸せだよぉ」
確かに、毎日この美味しさが楽しめるのは贅沢だろう。
美味しい昼食を食べ終え、少し休憩をして、食器をカウンターへ返却する。
食堂を出て、宮内を案内してもらう。
「オニキス宮は見たよね〜?」
「はい、蔵書室と訓練場を見学しました」
「じゃあここでは魔法士達の仕事を見ていく〜?」
軽い調子で訊かれて、嬉しいけれど、大丈夫か心配になる。
「皆様のご迷惑になりませんか? それに、何か秘密にしなければならない仕事とか……」
「問題ないよぉ。内密の仕事とか、外部に見せられない仕事は基本、もっと奥でやってるからねぇ。今日見るのは宮廷魔法士見習いの仕事だよぉ」
「それなら、是非見学させていただきたいです」
そういうことで、宮廷魔法士見習いのお仕事を見学させてもらうことになった。
明るく広い廊下を歩くとセルペット様が言う。
「ここから先が見習いの仕事場だねぇ」
近くの部屋の扉を叩き、セルペット様が入る。
中へ「見学だけど気にしなくていいよぉ」と声をかけ、わたし達を中へ招き入れた。
室内は食堂と同様に広く、明るく、けれども室内にいる人々は黙々と手元を見つめて仕事をしている。
小さな物音以外しない、静かな空気だった。
「王城で使っている魔道具の整備と点検を学ぶんだぁ。大きな修繕が必要な場合は宮廷魔法士が行うけど、ちょっとした部品の交換とか調整とかなら見習いも出来るからねぇ」
もちろん、見習いだけでなく、監督役の宮廷魔法士が見ていて、部品交換や調整の際には宮廷魔法士が付き添いながら行うとのことだった。
騎士もそうだが、見習いも、二人一組で行動するようになっており、頼れる先輩が相方として見習いの仕事を見るそうだ。
横にいたリオネルが室内を眺めながら「懐かしいな……」と呟く。
「リオネルもこういうこと、やったんだよね?」
「ああ、宮廷魔法士になるには王城にある魔道具の大半は扱えるようにならないと、仕事が出来ないからな」
「ちなみに、リオネルの面倒を見てくれた先輩ってどんな人だったの?」
リオネルが黙ってセルペット様を指差した。
…………え?
「そうそう、丁度見習いの人数が合わなくてねぇ。別に僕じゃなくても良かったけど、みんなが天才って呼ぶ子を見てみたかったって気持ちもあったなぁ」
「お前の補佐は苦労した」
「あはは、まあ、僕ってこんなだし〜?」
楽しげに笑うセルペット様に、リオネルが呆れた顔をする。
リオネルは面倒見が良いから、セルペット様にあれこれ言って、世話を焼いて、なんだかんだセルペット様を完璧に補佐したのだろう。
しかし、見習いが筆頭と組める機会なんて普通はありえないので、きっとリオネルにとっても良い学びの場になったと思う。
セルペット様からしても、見習いの頃から見守ってきたリオネルが自分と同じ筆頭の座に就いて感慨深いはずだ。
もしかしたら、リオネルはセルペット様の背中を追いかけてきたのかもしれない。
そう思うと二人が筆頭の制服を着て並ぶ姿が微笑ましい。
「他にも、先輩魔法士と一緒に魔法の訓練をしたり、必修魔法を学んだり〜。王城の警備もやるし、見習いは特に大変かもねぇ」
「だが、どのような仕事でも下積みは重要だ」
「そうだねぇ。今だから言えるけど、見習いだった頃は魔道具の整備・調整が苦手でさぁ。嫌だなぁって思ったものだよ〜」
それに驚いて訊き返してしまった。
「セルペット様ほどの方でも嫌なことがあるのですね」
「うん、僕は攻撃魔法特化だから、防御系の魔法や魔道具の繊細な微調整なんかが苦手でねぇ。今でも出来るけど、自分から進んでやりたい仕事ではないかなぁ」
まさか、筆頭宮廷魔法士でもそういうことがあるのかと思ったか、それでもきっとセルペット様も真面目に仕事を続けたのだろう。
セルペット様もリオネルも、見習いの若い魔法士達の背中を優しい眼差しで見守っていた。
「さあ、次に行こうか〜。今度は授業を見に行くよぉ」
とセルペット様に促されて部屋を出た。
そして、少し離れた別の部屋の扉を叩く。
セルペット様が入ると部屋の中から騒めきが聞こえたけれど、先ほどと同じく見学だと伝えると静かになった。
リオネルと共に室内へ入るとまた騒めきが広がった。
「今、どの辺りの授業をしてるの〜?」
「上級魔法について始めたところです」
セルペット様と先生だろう宮廷魔法士が短くやり取りをして、セルペット様が振り返った。
「せっかくだからリオネル君の爆炎魔法、見せてあげてよぉ。あれは上級の火魔法だし、リオネル君は調整が上手いから、お手本にピッタリだよねぇ」
「アベルが障壁魔法を行うならしてもいい」
「じゃあ僕が障壁を張るから、ほどほどの威力でよろしくねぇ」
セルペット様とリオネルが教壇に立ち、二人が同時に空中へ手を翳す。思いの外、短い詠唱の後に魔法が発動した。
透明なシャボン玉のような薄い膜が空中に生まれ、次の瞬間、その中に小さな火花が散り、爆発が起こる。
だが、障壁のおかげで爆風も炎も広がることはなく、膜の中で激しく炎が燃えていた。
リオネルが翳していた手を握り、胸元へ持っていく。
それに合わせるように火がギュッと凝縮されて掻き消えた。
セルペット様が手を下ろすと膜も消える。
見ていた見習いの魔法士達が「おお〜!」と歓声を上げ、すぐに拍手が室内に響き渡る。
「上級魔法は難しい魔法です。このように気軽に行なっていますが、筆頭達はそれだけの実力があるからです。見習い同士の練習では決して上級魔法は使用しないように!」
先生の宮廷魔法士が厳しい口調でそう言った。
障壁魔法の中で発動した爆炎魔法だが、小さな爆発でも、障壁魔法がビリビリと振動するほどの威力があった。
もし見習いがうっかり発動させてしまったら、周囲に甚大な被害が出るかもしれない。
「まあ、リオネル君ほどの威力を出すのは魔力量的に難しいと思うけどぉ、基本、上級魔法は優れた宮廷魔法士でも滅多に使わない魔法だからねぇ。もし見習いが使ったら、その時点でクビだから気を付けてね〜」
セルペット様の言葉に「はい!」と全員が返事をする。
……クビになるって分かっていたら使わないよね。
その後も少しだけ授業風景を見学させてもらい、ほどほどのところで部屋を後にした。
時間はもうすぐティータイムにしようかという頃だった。
そろそろオニキス宮に戻るという話になり、セルペット様が玄関まで見送りに出てくれた。
「さあて、僕もそろそろ仕事に戻らないとねぇ。また二人とも遊びに来てね。今度は一緒にお茶しよう〜」
ばいばい、と手を振られて、振り返す。
馬車でオニキス宮へ戻り、リオネルの執務室へ行くと、そこにはゼノビア様とリューク様がいた。
このまま帰っても良かったのだけれど、なんとなく、リオネルが仕事をしている姿も見てみたくて、終業時間まで待たせてもらうことにした。
今度はリューク様が紅茶を用意してくれて、それを飲みながらゆっくりとソファーで待つ。
真剣な表情で書類を読み、サインをしたり二人に指示を出したりするリオネルもかっこいい。
それを眺めていると二時間はすぐに過ぎていった。
終業時間になり、区切りの良いところまで終えたのか、リオネルが二人へ急ぎの仕事があるかどうか訊ね、確認すると立ち上がった。
「それでは、俺は先に上がる。お前達もほどほどで切り上げるように」
「了解しました。お疲れ様です、筆頭」
「はーい、お疲れ様っス」
リオネルが帰り支度を終えたのでわたしも立ち上がる。
「本日は見学させていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、またよろしければお越しください」
「奥様がいるとみんなやる気が出るっスからね!」
と優しい言葉をかけてもらえた。
もう一度会釈をし、リオネルのエスコートで執務室を後にする。
馬車に乗り、屋敷へと帰りながら、メモ用の本に今日見学して感じたことや覚えておきたいことなどを書き綴った。
「少しは役に立ったようだな」
「うん。それにオニキス宮もガーネット宮も綺麗で、見て回るだけでも凄く楽しかったし、見習いの人達の仕事見学も面白かったよ」
「アベルも言っていたが、また来るといい。オニキス宮なら俺の妻であるエステルは比較的、自由に出入り出来る」
ガーネット宮の昼食も美味しかったし、楽しい一日だった。
しばらくの後にまた二つの宮に行くことになるのだけれど、それはまた、別の話である。




