リオネルはああ見えて優しいです。
それを眺めつつ、リオネルに問う。
「手合わせするの?」
「戦闘の雰囲気や様子は見ておけば役に立つだろう? ラシード王国でも見ているが、あちらとこちらでは戦い方が違う」
「そうだけど、危なくない?」
「手合わせは訓練用の刃を潰した剣を使う。ラシード王国では真剣だった。それに比べれば危険はない。まあ、多少の怪我ならば治せるから、お前はのんびり見学するといい」
そんな話をしているうちに、リューク様が騎士と魔法士を六名ほど連れて戻ってきた。
「夫人の護衛に四名、筆頭の手合わせに二名、六名選出しました」
「エステル、見学中は絶対に護衛の前に出るな。場合によっては攻撃魔法や折れた剣が飛んでくることもある」
「うん、分かった」
そして、わたしの護衛についてくれたのは騎士二人と魔法士二人だった。騎士は男性二人で、魔法士は女性と男性。
でもそれとは別にゼノビア様もわたしのそばにいる。
……ちょっと過保護すぎる気がしないでもないような?
四人がわたしの前で礼を執る。
「夫人の護衛という誉れをいただき、光栄に存じます」
恐らく四人の代表だろう男性が言った。
「いえ、そのようにかしこまらないでください。夫は筆頭宮廷魔法士ですが、わたし自身は特に何かがあるわけではございませんので……」
「ですが……」
「いいじゃん、いいじゃん。夫人がそうおっしゃってくれているんだし、オレ達があんまり堅いと夫人も気が休まらないっスよ。ただでさえ自分よりでかい奴らに囲まれてるんスから、あんまりかしこまってると怖いっスよ」
ゼノビア様の言葉に同意を込めて何度も頷く。
そうすると四人がふっと笑みを浮かべた。
「かしこまりました」
リオネルが四人へ声をかける。
「少しの間、妻を頼んだぞ」
「はっ!」
そしてリオネルはリューク様と、選出された騎士と魔法士の四人で訓練場の中央へ向かう。
他の騎士や魔法士達は場を開けるために左右へ分かれた。
どうやらリューク様が審判を行うらしい。
リオネルがリューク様から剣を受け取る。
先ほど言っていた、刃を潰したものなのだろう。
でも、遠目には普通の剣と同じに見えるし、たとえ切れ味がなくてもあれで突かれたり殴られたりしたら怪我はすると思う。
……大丈夫かな……。
ラシード王国でも見たけれど、心配になってしまう。
つい、心配が顔に出ていたのかゼノビア様が笑う。
「奥様、大丈夫っスよ。筆頭、剣も凄く強いので」
「ラシード王国でリオネルの剣は見たことがあるのですが、強いと分かっていても、どうしても心配してしまいます。余計なお世話だとは分かっているんですが……」
「あはは、でも、筆頭はそういう気持ちが嬉しいんじゃないっスか? 好きな人が危ないことをする時に心配するのは当然っスよ」
好きな人、とゼノビア様に言われて、顔が熱くなる。
……人に言われると恥ずかしい……!
両手で頬を押さえていると声をかけられた。
「あ、ほら、奥様、始めるみたいっス」
その声に促されて顔を上げる。
まずは騎士と剣の手合わせを行うようだ。
向かい合ったリオネルと騎士が剣を構える。
リューク様が試合開始の声を上げた。
だが、どちらも即座に戦おうとはしなかった。
騎士がジリジリと横へ動きながら、リオネルとの間合いを確かめているけれど、リオネルは構えたまま動かない。
少しずつにじり寄っていた騎士がバッと駆け出した。
「はぁああっ!!」
騎士はリオネルより十ほど年嵩に見える。
身長はリオネルに比べて若干低いものの、体格はリオネルよりもがっしりとして、しっかり鍛えられている。
大柄とは裏腹に動きは素早い。
振り下ろされた剣がリオネルの持つ剣と交わり、キィイインッと甲高い音を立てながら、リオネルはそれを受け流した。
騎士は受け流されるのを分かっていたようで、体勢を崩すことはなく、即座に身を引いた。
今度はリオネルが踏み出す。
受け流した体勢で、下から上へ逆袈裟に振り上げられたリオネルの剣を今度は騎士が受け止めた。
ガキィインッと派手な音が響く。
甲高い音を立てながら攻防が続く。
どちらも押して押されてを繰り返しているが、リオネルの動きはどこか淡々としているように感じられた。
「あ〜、これはあの騎士、負けるっスね」
とゼルビア様が言う。
「そうなのですか?」
「騎士のほう、もう息が上がってるっス。それに比べて筆頭はあまり息が乱れてない。筆頭っていつも最小限の動きしかしないんスよ。あんなふうになんてことない顔でやってますけど、結構難しいっス」
改めてリオネルと騎士を見る。
確かに、リオネルは動いても数歩といった感じだが、騎士のほうはリオネルの倍以上は動いている。
あれでは騎士のほうが先に疲れてしまうだろう。
……だからリオネルが勝つのかな?
息が上がり、騎士の動きが乱れる。
あ、と思った瞬間、その隙を見逃さなかったリオネルの剣が騎士の首元へ突きつけられた。
「そこまで!」
リューク様の言葉で試合が終了した。
騎士が剣を下ろし、リオネルへ頭を下げている。
そして、リオネルと騎士が何やら話をしていた。
「筆頭、ああやって手合わせをした相手にどこが悪いか、どこを伸ばしたらいいか、どう直すべきかって教えてくれるんスよ。意外と優しいところがあるんスよね」
「ふふ、そうですね。ちょっと分かりにくいところもありますけど、リオネルはああ見えて優しいです」
「そう、ああ見えて!」
ゼノビア様がおかしそうに笑った。
他の四人は黙っているけれど、なんとなく、ゼノビア様に同意するような雰囲気が感じられた。
……リオネル、みんなから慕われてるんだなあ。
視線を向ければ、今度はリオネルが魔法士と対峙する。
今度の戦いは魔法で行うようだ。
始まりの号令と共に魔法士が魔法を放つ。
水の弾丸のようなそれに対し、リオネルが軽く手を横へ払うと、地面が動いて土の壁が立ち上がった。
その壁に弾丸が弾かれる。
しかし、弾丸が弾かれた次の瞬間には、魔法士が風の刃で土の壁を上下真っ二つに切り裂いた。
リオネルは驚いた様子もなく、そのまま飛んできた風の刃を避けた。
そして今度はリオネルが魔法を放つ。
小さな火花が一瞬散ったかと思うと、魔法士のすぐそばで爆発が起こった。
ぶわっと爆風がこちらまで吹いてくる。
魔法で爆発を防いだ魔法士が叫んだ。
「筆頭、爆炎魔法は卑怯です……!」
「手加減はしている」
「そういう問題ではありません!!」
平然と答えるリオネルに魔法士が怒っている。
……あれが爆炎魔法……。
こっそりゼノビア様が教えてくれた。
「あれでもかなり爆発を抑えているっスね。先の出征の時はもっと凄くて、爆発と爆風で辺り一帯、焦げたり吹き飛んだりしてましたっスから」
「そんなにですか?」
「これは秘密ですけど、筆頭の魔法で味方も軽く吹き飛びましたっス。怪我はしませんでしたが、甲冑をつけた騎士が浮き上がるところなんて初めて見たっスよ」
そういう意味では確かにリオネルはかなり加減しているのだろうが、それにしたって間近で爆発が起こるのは怖いだろう。
あと、あの遠距離から的確に相手の間近で魔法を発動させられるリオネルの技量も凄いのかもしれないが……。
魔法士に爆炎魔法を放つリオネルは淡々としている。
……あれはあれでちょっと怖いよね。
手加減されていると分かっていても、魔法で防げなければ火傷などの怪我は負うだろう。
魔法士が次の魔法を繰り出し、リオネルの足元の地面が波打つように動き、リオネルがバランスを崩して地面に片膝をつく。
そこへ風魔法の刃と水魔法の弾丸が襲いかかる。
リオネルが怪我をするかもしれない。ハッと息が詰まる。
けれどもリオネルにそれらが届く前に、リオネルが何かを掴む動作をした。
それが何なのか理解するよりも早く、リオネルが右手を大きく振った。
バシィイインという派手な音と共に風の刃と水の弾丸が粉々に引き裂かれる。
そしてリオネルがもう一度手を振ると、その手の動きに合わせて地面から黒い蔦とも鞭とも見えるものが魔法士の体に絡みついて捕らえた。
魔法士が慌てて魔法で黒いそれを切ろうとするけれど、頑丈なのかなかなか切れず、更に巻きつかれて身動きが取れなくなった。
魔法士ががっくりと肩を落として降参する。
今回もリオネルの勝ちだ。
魔法が解かれ、リオネルは魔法士と少し話をしてから戻ってくる。
「お疲れ様。凄かったよ。あの黒いのは何の魔法?」
「あれは闇属性魔法だ。闇を自由自在に形を変えることが出来る。それで作った蔦を操った。魔力を込めるほど頑丈になるから、相手を捕縛するのに適している。棘を増やせば攻撃にも使えるな」
「へえ、魔法って言っても色々あるんだね」
横からゼノビア様が言う。
「簡単に言ってますけど、筆頭くらい魔力が多くて魔法適性がなければそんな繊細に調節出来ないっスよ。普通は発動させるくらいで、強度なんて変えられないんス」
「そうなのですね」
「はい、筆頭が凄いお方っス」
「何故そこでお前が威張る?」
ゼノビア様とリオネルのやり取りにみんなが小さく笑う。
「でも、本当にかっこよかったよ、リオネル」
剣も強いけれど、リオネルがあのように魔法で戦う姿は初めて見た。魔法を扱う姿もとてもかっこいい。
リオネルがふと口角を引き上げた。
「惚れ直したか?」
「うん、惚れ直した」
「……そうか」
自分で言っておいて、わたしが頷くと照れたらしい。
……こういうところが可愛いんだよね。
不機嫌そうな顔をしているが、照れているだけで、でもちょっと満足そうな表情にも見える。
「リオネルはいつでもかっこいいよ」
「お前も、いつでも美しい」
さっと抱き寄せられて、額に軽く口付けられる。
あ、と思った時には既に遅く、周りの騎士や魔法士達が素早く視線を逸らした。みんな、少し顔が赤い。
ゼノビア様はいい笑顔を浮かべていたが、リューク様にいい勢いで後頭部を叩かれていた。
「筆頭と奥様の仲が良くて何よりっス。奥様と結婚してから、筆頭の機嫌がいいので仕事がやりやすくて助かりますっス」
「え、あ、えっと、どういたしまして……?」
リオネルがわたしを抱き寄せたままゼノビア様を睨む。
けれども、反論しないということは事実なのだろう。
その後は騎士や魔法士の人達と、リオネルを交えて話をした。
背が高くて、最初は威圧感に腰が引けてしまったけれど、話してみるとみんな気さくで優しく、リオネルのことも尊敬しているのが感じられた。
みんな、一度はリオネルと手合わせをして負けているらしい。
そういう一体感というか、みんな仲間という意識もあって、より仲間同士の繋がりも深いのかもしれない。
「リオネルは負けたことってある?」
と訊けば、意外にも頷き返された。
「他の筆頭にはまだ勝てない」
「そうなの?」
「特にアベルはあれでかなり強い。剣も、体術も、魔法も優れていて、他の筆頭が束になってようやく勝てるかどうかというほどらしい」
……あんな穏やかで緩そうな人なのに。
でも、ああいうタイプって実力とか内心とか隠しているイメージもあるし、色々な意味で手強いのだろう。
そこでふと思い出した。
「そういえば、セルペット様にも見学を誘われていたよね」
「ああ、少し休憩したらガーネット宮に向かう予定だ。……皆、訓練に戻れ。時間と場所を取らせて悪かったな」
リオネルの言葉に全員がビシリと礼を執る。
軽く会釈をし、護衛についてくれた四人にお礼を伝えてから、リオネルと共に訓練場を出る。
リューク様は訓練場に残り、ゼノビア様はついて来た。
そして執務室へと戻って来る。
時間はもうすぐ昼食という頃であった。
「アベルが昼食を一緒にどうかと話していた。ガーネット宮の食堂は種類も豊富で、味もいい。料理人は皆、アベルが声をかけた一流のコック達らしい」
「セルペット様って話題に事欠かない人だよね」
「そうだな。自由奔放というのもあるが、長く生きていると他人の評価など気にしなくなるんだろう」
ゼノビア様が紅茶を用意してくれたので、執務室で休憩をする。
ちゃっかり自分も紅茶を飲んでいるところに、ゼノビア様の性格が窺えた。
「セルペット様以外の筆頭宮廷魔法士様達と関わることってあるの?」
「仕事上での関わりは多いが、アベル以外の筆頭も何かと声をかけてくる。皆、新しい筆頭が気になるようだ」
「それは普通の人達も同じだと思うよ。リオネル、最年少で筆頭になったんでしょ? どんな人物なのか気になるのは当然だよ」
筆頭宮廷魔法士だけでなく、他の宮廷魔法士や騎士、この国の人間も、そうでなくても、みんな新しくて若い筆頭宮廷魔法士に注目しているはずだ。
……そんな人がわたしの夫なんだよね。
そう思うと、本当に凄い人と結婚したものだ。
「俺はエステルと結婚したかっただけだがな」
それで筆頭を目指すリオネルもリオネルだが。
でも、それほど結婚したいと思ってもらえていたことは、照れくさいけれど、とても嬉しかった。




