表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/50

冷たいカッファも美味しいよ。

 






 翌日、王太子殿下の第一夫人から手紙が届いた。


 午後のお茶会への招待状で、リオネルがいない間にお茶会へ行くといった感じになる。


 フォルジェット王国のドレスを見てみたいとのことで、お茶会用の少し華やかな装いにした。


 昼食後もリオネルはわたしのことを気にしてくれていた。




「何かあれば指輪で呼んでくれ」


「あはは、女性だけのお茶会だし、大丈夫だよ」




 リオネルのほうが先に予定があるので部屋を出て行った。


 そうして第一夫人からの迎えを待っていると、部屋の扉が叩かれ、夫人の侍女だという女性が来た。


 丁寧に礼を執りながら今日のお茶会について話してくれた。


 どうやら本日のお茶会は宮殿の庭園で行うそうで、そこまで案内してくれるらしい。


 侯爵家からついて来てくれている侍女と宮殿のメイドが一人、側仕えとして同行し、案内を受けながら部屋を出る。


 ……どこを見ても綺麗な宮殿だなあ。


 綺麗な白い壁に金色の装飾、床はダークブラウンの大理石のような石が敷き詰められていて、所々にある噴水が涼しげだ。


 外が見える渡り廊下を抜けて行くと地面に池のように水が貯められ、その間を進み、突き当たりの場所に東屋のような建物があった。


 赤い布に色とりどりの鮮やかな刺繍が施されたクッションや垂れ布などで飾られており、近づいてみると大きく、中には二人の人影がカウチに腰掛けていた。


 その二人へ風を送るように使用人達が大きな団扇のようなものをゆったりと扇いでいる。


 こちらに気付いた二人が立ち上がった。




『ようこそお越しくださいました、夫人。さあ、どうぞこちらへおかけください』




 まず最初に声をかけてきたのは、わたしと同じダークブラウンの長い髪を二つの三つ編みにした、金の瞳の美しい女性だった。ぱっちりした目の瞼には黄色と緑のアイシャドウが塗られており、緑の衣装とよく合っている。赤い口紅が塗られた唇のややぽってりした感じがどこか艶っぽい。この国の民にしては肌色は薄かった。


 促されて東屋へ入るともう一人と目が合った。


 こちらはかなり濃い褐色の肌に長い銀髪をした、オッドアイの少女だった。向かって右目が青で、左目が赤で、初めてオッドアイを見たがとても美しかった。まだ十代前半くらいに見える少女は白と金の衣装を身に纏っている。純粋そうな眼差しがキラキラと輝きながらわたしを見つめている。


 とりあえず微笑むと照れたように少女が目礼をする。


 そうして、カウチの一つに腰掛けた。


 何故か左右に少女と女性が座ったため、他の椅子もあるのに、大きなカウチに三人で座るという状態になった。




『あなたの上に平安、そして神のご慈悲がありますように』




 と二人が挨拶をしてくれたので、わたしも挨拶を返す。




『あなた方の上にも平安、そして神のご慈悲がありますように。その、まだシェラルク語が下手なので、言葉遣いが変だったらごめんなさい』




 聞くだけなら何とか分かるのだが、読み書きは全然出来ないし、喋るのもそれほど得意ではない。


 リオネルがいないので分からない言葉を訊くことも出来ないので、前以て説明しておく必要があった。


 女性と少女が笑みを浮かべて頷いた。




『分かったわ。でも、大丈夫よ。通訳も置いているから、もし伝えるのが難しい時はフォルジェット王国の言葉で話してくれれば、訳してくれるから』


『出来るだけ、私達も簡単な言葉でゆっくり話しますね』




 その言葉にホッとする。




『ありがとうございます。改めまして、本日はお招きいただきとても嬉しいです。リオネル・イベールの妻のエステルと申します』




 わたしが名乗ると女性と少女も自己紹介をしてくれた。




『王太子殿下の第一夫人のジャウハラですわ。そう呼んでくださる?』


『第二夫人のライラです。私もライラとお呼びください……!』


『ジャウハラ様とライラ様ですね。よろしくお願いいたします』




 二人に両手を取られ、三人で手を繋ぐ。


 右手にはわたしよりやや歳上の美女がいて、左手にはわたしより歳下の美少女がいる。


 ……これが両手に花ってやつ!?


 しかも使用人だろう人がサッと動いて、わたし達の前のテーブルに小さなカップを三つ置いた。


 漂ってくる匂いはカフワのものだった。




『まあ、エステル様のお肌の白くてもちもちなこと。それに柔らかくていつまでも触れていたくなりますわ』


『しかもスアード神様そっくりというお話は本当でした』




 ニコニコ顔のジャウハラ様とライラ様に挟まれている。




『お褒めいただき、ありがとうございます。ですが、わたしからしたらお二人のほうがお美しくて羨ましいです。美女、美少女という言葉はお二人のためにあるようですね』




 こんな美女と美少女を妻に出来る王太子殿下はきっと皆から羨ましがられていることだろう。


 ……でも、ちょっと気になることが一つ。




『ライラ様はおいくつですか?』


『私は二月ほど前に十二歳になりました』


『ラシード王国は結婚出来る年齢が早いのですね』




 そう、本当にライラ様は美少女のようなのだ。


 わたしみたいに童顔チビで子供っぽく見えるのとは違う。


 それにジャウハラ様が少し苦笑を浮かべた。




『ライラは特別ですわ。神殿と王家の繋がりを深めるために政略結婚したものの、神殿長の孫娘であるライラしか未婚の女性がいなかったの』


『ですが、王太子殿下もジャウハラ姉様もお優しいので、私はこの結婚に満足しています』




 ということだった。政略結婚ならば納得である。


 ちなみによくよく訊くとジャウハラ様とワディーウ様は遠戚だそうで、ジャウハラ様のお祖父様のご兄弟の娘の子がワディーウ様なのだとか。ちょっとややこしい。




『ワディーウ様にもとても良くしていただいております』


『あの方はラシード王国では珍しく温厚な気質だから、フォルジェット王国への使節団に選ばれたのよ。他の男性では少し血の気が多くて、何かあるとすぐに剣を抜いてしまうかもしれないから』




 使節団の人々はラシード王国でも穏やかな性格の者や、他国に行ったことのある者で構成しているらしい。


 戦士気質な男性がお国柄、多いそうで、それで他国との交流が上手くいかないこともたまにあるそうだ。


 ようやく手を離してもらえたので、カフワを一口飲む。


 初めて飲んだカフワとほぼ同じ味だった。


 驚いていると、ジャウハラ様が教えてくれる。




『カフワは他国の方には好まれないから、一番飲みやすい味で作ってもらったわ。でも口に合わないと思った時は無理をしないでちょうだいね。お茶会は楽しんでこそのものだもの』


『お気遣いありがとうございます。シャマルの街で初めて飲んだ味とよく似ていて、これなら飲めます』


『そう? それは良かったわ。お菓子も用意したから、遠慮せずに食べてね。カフワは甘いお菓子ととても合うのよ』




 薦められたお菓子を一つもらって食べる。


 ザクザクとしたパイ生地にナッツを使った甘味の強い菓子だが、カフワと合わせると両方の味がまろやかになる。


 ……ありがとう、露天のおじさん。


 もしあの時にあの店でカフワを飲んでいなかったら、こうして美味しさを楽しむことは出来なかっただろう。




『カフワもお菓子も美味しいですね』




 カップが空になるとカフワのおかわりが注がれる。


 確か二、三杯飲んであとは断るのが常識だとワディーウ様も言っていた。美味しくても飲みすぎるのは良くない。


 わたしの反応に二人が嬉しそうな顔をした。




『エステル様はカフワを飲めるのね』


『歓迎の飲み物なのですけれど、他国の方は飲めないことが多いので嬉しいです……!』


『シャマルの露天で、他国の人にもカフワに慣れてほしいと露天を開いている方がいて、そのお店で初めてカフワとお菓子をいただきました』


『そのような方がいるのね。素敵な考えだわ』




 そうしてカフワを二杯もらったあと、三杯目を断れば、代わりに普通のカッファが出てきた。


 ……暑い中で温かい飲み物って結構暑い。


 ふと、アイスコーヒーが飲みたくなった。


 でもこの世界は氷は高価なもので、そもそも、魔法の中でも氷魔法はかなり技術が高い魔法らしいので、簡単には手に入らない。


 暑い国ではより手に入りにくいだろう。


 お礼を言って、カッファを飲む。


 香ばしい香りと苦味、それでいて独特の旨味を感じる。


 ……帰りにカッファ豆を買って帰ろうかなあ。




『まあ、エステル様はカッファをそのまま飲めるのですね。私は苦いのがあまり好きになれなくて、砂糖と乳を入れてもなかなか飲めないのです』




 ライラ様が困ったような顔で言う。


 十二歳のライラ様ではブラックコーヒーを飲めなくても普通だと思うが、カッファはこの国では一般的な飲み物のようなので、飲めないのは寂しいだろう。




『乳と砂糖の量を増やしたらいかがですか? 濃い目のカッファに砂糖を溶かし、たっぷりの乳で半々くらいに割って、薄めのカッファから慣れていけば飲めるようになるかもしれません』


『そんなに沢山乳を入れていいのでしょうか……?』


『まずは味に慣れることが大事だと思います。わたしも最初からカッファが飲めたわけではありません。同じように、カッファの味に慣れてから、そのまま飲めるようになりました』




 そう伝えるとライラ様が両手を握って頷いた。




『分かりました、次からはそうしてみます!』




 明るいライラ様の笑顔にジャウハラ様も笑顔で頷いて、二人の仲の良さが窺えた。


 ライラ様はジャウハラ様を姉と呼んでいるくらいだから、一夫多妻制度だと妻同士はかなり親しい関係なのかもしれない。


 ……他の妻に嫉妬したりしないのかな?


 そういうところは異文化である。




『あの、エステル様、ドレスを見せていただいてもよろしいでしょうか……? 今まで他国の方とお会いしたことがなかったので、その、凄く興味があります』




 勇気を出して言いました、といった様子のライラ様に和やかな気持ちになる。




『はい、いいですよ。立ったほうが形が綺麗に見えるので、立ちますね』




 と断りを入れてカウチから立ち上がり、少し離れて、両腕を広げて見せる。


 ついでにその場でゆっくり回るとライラ様が「わあ……!」と嬉しそうに歓声を上げ、立ち上がった。




『素敵! ふんわりしたスカートがまるでお花みたいです』


『我が国のドレスと違って生地が厚いわ』




 ライラ様だけでなくジャウハラ様もそばに来る。


 ドレスについて説明すると、二人とも目を輝かせていた。


 フォルジェット王国のドレスは可愛いけれど、気温の高いラシード王国で年中着るには少々つらいものがある。


 実際、ドレスは暑い。それに重い。


 ジャウハラ様やライラ様のように薄めの生地でひらひらと風通しの良さそうな衣装のほうが過ごしやすいだろう。


 そう話したけれど、二人とも、フォルジェット王国のドレスを羨ましそうに眺めている。




『普段は着なくても一着欲しいわ』


『わ、私も欲しいです……!』




 ……王太子殿下は強請られるだろうなあ。


 ラシード王国の装いのほうが、宝石などの装飾品を多く使っているので、ドレスの値段的にはそう変わらないかもしれないが、他国のドレスを作れる職人を探すのは大変だと思う。


 ……王太子殿下、頑張ってください。


 などと心の中で応援をしておく。


 そんなふうに話をしていると二、三時間はあっという間に過ぎていった。


 こうして誰かのお茶会に招かれるのも久しぶりだった。


 三人でワイワイ話しているとジャウハラ様が不意に顔を上げ、東屋から宮殿に繋がる道を見た。


 その視線に釣られてわたしも顔を向ければ、見慣れた長身と黒い頭を見つけ、思わず手を振った。




「リオネル!」




 その横にはワディーウ様もいた。


 二人が東屋へ来ると、ジャウハラ様とライラ様と挨拶を交わす。


 リオネルが暑そうにしていたのでカッファを一杯もらう。


 そこに砂糖を入れて、リオネルへ声をかけた。




「リオネル、カップに氷を入れてくれる?」


「ああ」




 魔法の詠唱と共に、カップの中に氷が生まれる。


 少し混ぜてカッファ全体が冷たくなってから、少しだけミルクを入れて、リオネルへ渡した。




「冷たいカッファも美味しいよ」




 カップを受け取ったリオネルが躊躇いなく口をつける。


 そして、一口飲んだあと、一気に飲み干した。




「冷たいほうが美味い」




 もう一杯カッファを頼むリオネルに、ジャウハラ様達が興味津々といった様子でこちらを見ている。


 それに気付いたリオネルが全員分のカッファを用意してもらい、みんなでそれに砂糖を入れた。リオネルが氷を作ってくれる。ライラ様のカップはミルク多めだ。


 冷たいカッファを飲むと、体の内側からほのかにヒンヤリして心地が好い。


 甘苦いけれどミルクがそれを柔らかくしてくれる。


 恐る恐る一口飲んだライラ様の表情が明るくなる。




『冷たくて、甘くて、でも苦くて、美味しいですっ』


『良かったわね、ライラ』




 ミルクと砂糖増し増しだけど、まだ幼いライラ様にはそれくらいがいいのだろう。


 ワディーウ様が冷たいカッファを飲んで目を丸くしている。




『カッファと言えば温かいものが美味しいと思っていましたが、冷たいカッファは格別ですね』


『ワディーウおじさま、これは我が国で流行らせたら良いのではないかしら? 少量でも氷が出せれば作れるし、温かいカッファだとどうしても飲みにくいわ。でも冷たいカッファをミルクと砂糖で割れば子供も飲めると思うの』


『そうですね、これを他国でも流行らせたら夏場のカッファ豆の輸出も増えますし、良いかもしれません』




 とジャウハラ様とワディーウ様が話していた。


 リオネルが三杯目を飲もうとしたのはさすがに止めた。


 アイスコーヒーの美味しさに目覚めてしまったようだ。




「帰りにカッファ豆を買って帰るか」




 わたしと同じことを言うのでつい笑ってしまった。


 お茶会が終わるとジャウハラ様がカッファ豆を持たせてくれて、わたしもリオネルもカッファにハマることになるのだけれど、それはまた別の話である。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 両手に花の、エステルちゃん。 異文化交流に、貢献していますね! アイスコーヒーも、これから皆が飲める様になるでしょうね。 私も、アイスカフェオレが、飲みたくなりました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ