あと個人的な想像だけど、お酒強そう。
そうして砂漠を四日かけて越え、ラシード王国の首都へ到着した。
昼夜の寒暖差もつらいが、景色の変化がないこともなかなかにつらい砂漠越えだった。
夕方、日が沈む寸前の砂漠はとても美しいが、焼けつくような日差しと地面の照り返しが凄くて景色を楽しむ余裕はない。
首都が見えた時は本当にホッとした。
首都は最初の街と色合いは似ているが、角張ったベージュの建物は壁が濃いオレンジ色で塗られ、よく見ると金色の塗料で模様が描かれており、独特な雰囲気を感じさせる。
首都の中は綺麗に石畳が敷かれていて、歩きやすい。
ちなみに首都もやはり砂防壁で囲まれていた。
「うわあ……!」
フォルジェット王国とは全く違うが、美しい街並みだ。
わたし達が大通りを歩いていると人目が集まる。
ラシード王国の人々と明らかに容姿が異なるため、どうしても目立ってしまうのだろう。
一応ローブを着て、フードも被っているが、すれ違う際に誰もがこちらを見る。
自然と俯きがちになっているとリオネルに手を取られた。
「人が多い。逸れるなよ」
「うん、ありがとう」
しっかりとリオネルの手を握り返し、顔を上げる。
この街の人々にとって、わたし達は異国人なので目立つのは当然である。それを気にする必要はない。
ワディーウ様達に案内されながら首都の中を歩き、最終目的地の宮殿へ到着した。
街の中に広大な敷地があり、更に壁で囲まれており、門を越えると真っ白な建物と世界が広がっていた。
タマネギのような形の屋根に四角い建物は、なんだか可愛らしいと感じさせる。宮殿は白と金色だけで造られており、敷地内の床はただの石畳ではなく、黒っぽい大理石のような石が敷き詰められており、まるで鏡みたいにわたし達を映す。
ラクダを門で預け、兵士に案内されながらワディーウ様達と共に、わたし達も大理石のような地面の上を歩いていく。
離れた場所では多くの兵士達が訓練を行っているのが見えた。
建物は廊下が外に面しており、風通しをよくするためか、廊下の壁に窓硝子はない。
しかし、アーチを潜って廊下へ入ると、廊下に面した壁などに窓硝子がはめ込んであり、部屋に関しては開け閉め出来るタイプの窓がきちんと設置されていた。
外は白と金の建物で、中は白と金、そして赤で構成されていて、室内は明るく華やかだ。緑も多い。水が少ないこの国で花や植物を飾るのは贅沢だろう。
宮殿の中へ入ると案内は兵士から使用人に変わる。
複数の使用人がフォルジェット王国の使節団、一人一人に付き、宮殿内の部屋へ案内される。
客室は同じ区域にまとめられているようだ。
わたしとリオネルもいくつか並んだ部屋の一つに通された。
二人用の部屋らしく、奥に天蓋付きのベッドが二つ並び、室内なのに小さな噴水が部屋の中央にある。左手に模様の入った窓があり、ソファーやテーブルなども置かれ、全体的に広くて明るく、過ごしやすそうだった。
『何かご入用でしたら、テーブルの上のベルでお呼びください。後ほど陛下との謁見がございますので、その際にはお迎えにまいります』
と使用人はラシード王国式の礼を執り、下がっていった。
侍女達が荷物を部屋へ運び入れる。
部屋にはいくつか扉があり、使用人用の部屋とトイレ、浴室がついていた。
「部屋の中に噴水って面白いね」
「ラシード王国では水は貴重だ。それをこうして使えると示して見せるのは財力と権力の証ということだ」
「そっか」
部屋の小さな噴水を眺めていたが、侍女達が荷物を運び入れ終わり、声をかけられた。
「リオネル様、エステル様、旅の汚れを落としてはいかがでしょうか?」
「ああ。エステル、先に入れ。俺は後でいい」
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
汗も掻いて、砂漠を越えたせいか全身が砂っぽい。
浴室へ移動し、侍女に手伝ってもらいながら服を脱ぎ、髪や体を洗ってもらい、湯船に入る。
思わず「うあ〜……」と声が漏れ、侍女がクスッと笑った。
リオネルも入るのであまり長湯はしていられないだろう。
ほどほどで湯船から上がり、体と髪を拭いてもらって、下着とバスローブを身に着けて出る。
「早いな?」
リオネルがソファーから立ち上がる。
「リオネルも入るからね。それにドレスとか身支度の時間を考えると、のんびりしていたら間に合わなくなっちゃうから」
「女性も大変だな」
ぽんとわたしの頭に触れて、リオネルは浴室へ向かった。
その間に青色のドレスへ着替え、髪を整えてもらい、薄く化粧を施す。
そうしているとリオネルが浴室から出てきた。
暑いのかバスローブを軽く羽織っただけで、侍従の用意していた水を一気に飲んでいる。
それからリオネルも着替えを始めた。
……鏡、鏡に映ってるから……!!
確かにわたしは背を向けているけれど、ドレッサーの鏡に後ろの様子が映っているので、バスローブを脱いだリオネルの逞しい背中が見えてしまう。
とりあえず目を伏せて出来るだけ見ないようにしよう。
衣擦れの音がしばらくして、静かになったので視線を上げれば、リオネルは筆頭宮廷魔法士の制服に着替え終わっていた。
席を立ち、振り返れば、リオネルもこちらを向く。
「仕方がないとは言え、暑いな」
「旅行中の軽装が一番過ごしやすかったよね」
揃って小さく息を吐いた。
そんなことを話していると部屋の扉が叩かれ、先ほど部屋へ案内してくれた使用人がやって来る。
国王陛下への謁見の時間が来たようだ。
リオネルにエスコートをしてもらいながら部屋を出る。
使節団と合流し、皆で廊下を歩いて行く。
謁見の間は結構離れていた。
大きな両開きの扉の前には兵士がいて、わたし達が到着すると礼を執り、扉を開けた。
よく通る男性の声で使節団到着が告げられる。
白と金の室内は、床はダークブラウンの大理石みたいな石で、異国の不思議な模様が描かれている。
左右にはこの国の貴族だろう人々がいたが、全員男性なのは、男性優位な社会だからだろうか。
最も奥に玉座があった。
一段高くなったそこは赤い絨毯が敷かれ、ラシード王国の国章が描かれた大きなタペストリーが壁にかけられていた。それを背に大柄な男性が華やかな椅子に腰掛けている。
わたし達は段差から二メートルほど手前で立ち止まり、片膝をついて、ラシード王国の最上級の礼を執る。男性は右手を左肩へ当てるように、女性は両手を体の前で交差させて両肩に触れるようにして、頭を下げる。
『フォルジェット王国の使節団よ、面を上げよ。遠路はるばるよくぞまいってくれた。儂がラシード王国国王アルサラーン・アリー・ジャースィム・イヴン・アル=バンダークである。貴殿らを歓迎しよう』
許可を得て、顔を上げる。
ラシード国王は白銀のやや長めの髪に青と緑の中間のような、きれいなみどり色の瞳をしていた。野生的な雄々しい顔立ちに、四十から五十代にしては筋骨隆々で、頬には大きな傷が斜めに走っている。まだまだ現役の戦士といった風貌だ。
『お招きくださり、感謝申し上げます。フォルジェット王国国王の甥であり、今回の使節団を纏めております、エディウス・バートランドと申します。ラシード王国の気高き獅子と名高いアルサラーン陛下にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます』
『エディウス殿、そう堅くならずとも良い。フォルジェット王国には先の戦にて大きな恩がある。そなた達は大事な国賓だ。気を楽にしてほしい』
『ありがとうございます、陛下』
バートランド様がニコリと微笑む。
それからいくつか話をして、バートランド様が手紙を差し出した。フォルジェット国の国王陛下よりの親書らしい。
その場でラシード王国の国王陛下は手紙を読む。
『ふむ、両国の連絡手段をより密にして、互いに交流を深めることに関しては是非進めたいと考えている。ただ、皆と話し合わねばならぬことも多い。少し時間をもらえるだろうか?』
『はい、我々は一週間ほど滞在させていただきますので、その間にお返事をいただければ幸いです』
『あい分かった。それまで、ゆるりと過ごされよ』
そして、ラシード王国の国王陛下がこちらを見た。
『そなたがリオネル・イベールだな』
リオネルが浅く頭を下げて応じた。
『はい、アルサラーン陛下にご挨拶申し上げます』
『先の戦の武勇は聞き及んでいる。そなたのおかげでヴィエルディナの侵攻を早期に食い止めることが出来た。一国の王として、このラシード王国の者として、礼を言わせてほしい。……ありがとう、英雄よ』
陛下が立ち上がり、浅くだが頭を下げた。
それに合わせて他の貴族達もこちらへ頭を下げる。
一糸乱れぬ動きに少し気圧されてしまった。
『感謝の言葉は受け入れます。しかし、私も自分自身のために出征に参加しました。これ以上はどうかおやめください』
『そなた自身のためとは?』
『私は男爵家の次男と身分が低く、侯爵家の令嬢であった妻との結婚の条件が『筆頭宮廷魔法士となること』でした。国のためではなく、私は妻と結婚するために武勲を立てたのです』
瞬間、周りの視線がわたしに突き刺さる。
あまりに多い視線に体が強張ったが、リオネルの手が励ますようにわたしの背中に触れたことで肩の力が抜けた。
ははは、とラシード王国の国王陛下が明るく笑った。
『なるほど、バタルの夫人はスアードによく似ている。幸運の女神の愛を得るためには、英雄にならねばならぬということか』
『はい、今も私は愛を乞うている立場でございます』
『英雄ほどの男でも愛する女の心を射止めるのに苦心するとは、いつの世もままならぬものよな』
チラリと陛下から視線を向けられて、別の意味でドッドッと心臓が早鐘を打つ。
じっくりと見つめられているのを感じてしまい、伏せた目を上げることが出来ない。
『だからこそ、この世は愉快と言えましょう』
リオネルの言葉にまた国王陛下が小さく笑った。
『英雄だけあり、面白い男だ。時間のある時に酒でも飲みながら語らおうではないか』
『お望みとあらば、喜んでお受けいたします』
その後、またバートランド様と陛下とでいくつか言葉を交わし、謁見は何事もなく無事終了した。
明日の夜に歓迎パーティーが開かれるらしい。
それまではゆっくりと休めそうだ。
謁見の間を出て、元の部屋へ案内される。
ソファーに座り、そのまま横へ倒れ込んだ。
「凄く緊張した……」
まさかあんなに注目されるとは思わなかった。
リオネルがソファーの前に屈み、わたしの顔をつつく。
「皆、お前に注目していたな」
「リオネルがあんな恥ずかしいこと言うからだよ」
「事実を言ったまでだ。お前は堂々としていろ」
頬をつついていた手が離れ、わたしの頭を撫でる。
「英雄の妻はお前だけだ」
ソファーから起き上がるとリオネルが横に腰掛ける。
その手が、乱れていたわたしの髪を指で梳くように直す。
「それにしても、ラシード王国の国王陛下は戦士って感じの方だったね。筋骨隆々でビックリしたよ」
「ああ、アルサラーン陛下は現役の戦士だろう」
「あと個人的な想像だけど、お酒強そう」
わたしの言葉にリオネルが口角を引き上げた。
「ラシード王国の者は酒に強いぞ。水が少ない分、日常的に水の代わりに酒を飲むことが多い。だからラシード王国は酒飲みが多いと言われている」
「そうなんだ。陛下とお酒を飲むのはいいけど、ほどほどにしてね。飲みすぎも体に悪いから」
「分かっている。俺もあまり酒に強いタチではないし、少しに留めるつもりだ」
その後は夕食までゆっくりと過ごすことにした。
夕食は晩餐室に招かれ、そこで両国の使節団と国王陛下とで食事をしたのだが、暑い国だからか味の濃いものや辛いものが多く、あまり食べられなかった。
……でも、雰囲気はとても良かったし、楽しかった。
リオネルは出征でラシード王国に来たことがあるからか、食事に関しては特に気にした様子もなく食べていた。
国王陛下はリオネルのことをとても気に入ったらしい。
陛下に近い席にリオネルとわたしは座り、陛下は頻繁にリオネルやバートランド様に話しかけていて、晩餐は和やかな雰囲気で終わった。
晩餐後、部屋に戻り、入浴を済ませて考える。
……さて、今日は別々に寝るべきか……。
ベッドは二つある。どちらも大きい。
少し考えた後に左手にあるベッドに寝転がった。
疲れのせいか横になるとすぐに眠気がやってくる。
ウトウトしているうちにベッドのそばに人が立つ気配がして、ギシ、とベッドが少し沈んだ。
温かな体温と腰に回る腕の感触はもう慣れてしまった。
「リオネル……」
微睡みながら名前を呼べば「ああ」と返ってくる。
……ベッド、二つあるのに。まあいいけど……。
せっかく大きなベッドなのに、二人で片方を使うのは少し勿体ない気はするが、リオネルが自分からこちらに来るのであれば仕方がない。
「すまない、起こしたか?」
「ううん、だいじょうぶ……」
ふ、とリオネルが小さく笑う気配がした。
「おやすみ、エステル」
ギュッと抱き締められて、腰に回る手に、わたしも手を添える。
「おやすみ、リオネル……」
心地の好い低い声に誘われ、わたしは眠りに落ちた。




